侯爵様と私 ~上司とあやかしとソロキャンプはじめました~

菱沼あゆ

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キャンプ場にやってきました

ひーっ!

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「どうした、花宮」

 社食で渋い顔をしていると、前に座ってきた藤崎が訊いてくる。

「いや~、課長に絶対此処で叱られるって、思うところでし叱られなかったんで、怖くて」

「なんで?
 叱られなかったんならいいじゃん」
とめぐは言ってくるが。

 いや……怒られないことの方が怒られるより怖いんだが、と萌子は思っていた。

「よし。
 叱られなかった花宮の慰労会をやろう」

 呑もう、と藤崎は身を乗り出して言ってきた。

 体育会系の人は呑む理由を常に探しているようだ……。

 


 結局、同期のその日集まれたメンバーだけで、会社から程近い、いつもの居酒屋に行っていた。

 萌子がナッツたっぷりの海鮮サラダを食べていると、前に座る藤崎が言ってくる。

「今日、課長がお前を叱らなかったのはさ。
 きっと、お前がいつも頑張ってるから、見逃してくれたんだよ」

 この男は、田中総司という人間をまだよくわかっていないようだ……、
と箸でナッツをつかんだまま、萌子は藤崎を見た。

 田中侯爵は、講釈たれなだけではなく。

 部下のミスには、まるで使用人を叱る貴族のように手厳しいのだ。

 ……いや、同じミスを繰り返さないよう、いろいろ気をつけるべき点をアドバイスしてくれなから叱ってくれるので、助かってはいるのだが。

 叱られている間の緊張感が半端ないというか、と思ったところで、

 いや、待てよ、
と萌子は気づく。

 部下のためを思っていつも叱ってくれているのなら。

 今日叱られなかったのは、実は課長に見放されたからだったりしてっ。

 そんなとを思って凍りつく萌子の前で、いい感じに酔っているらしい藤崎が、

「大丈夫、大丈夫ー」
とヘラヘラ笑いながら、根拠もなく言ってくる。

「いいなあ、藤崎」
「ん?」

「なんか藤崎って、怖いものなしにみたいに見えるんだよね」

 元自衛隊だし、ピンチのときにも、すさささささっと素早くなにかをしてそうだ。

 そう思いながら、萌子は言ったが、藤崎は、ほぼカラになっているグラスを見つめ、

「怖いものなら、……ある」
とぼそりと小さく言ってきた。

 その大きな背が少し丸まっているように見えて、萌子は、

 あれ?
 思ったより深刻……。

 軽く言って悪かったな、と思ったのだが。

「藤崎はさあ、なんで自衛隊やめたの?
 やっぱキツいから?」
とズバッとめぐが、みんなが気になっていたことを訊いていた。

「それは……」
と言いかけ、藤崎は沈黙する。

 その様子に、
「あ、やっぱいいや」
と、めぐも苦笑いして、話を打ち切った。

 かなり酔ってはいるようだったが、それでも空気を読んだようだ。

 そのくらい、どす黒い気配が藤崎から流れていた。

 ……自衛隊にいたとき、一体、なにがっ!?
とみんな凍りついていたが。

 そこは仲良し同期。
 誰もこれ以上は突っ込まなかった。

「あ、えーと。
 ちょっと足りないかな?

 チーズのセットとか頼む?」
と萌子が言うと、めぐも空気を変えようと、一緒にメニューを覗き込む。

「美味しいよね、此処のチーズのセット。
 盛り付けも小洒落てるし」

「じゃあ、頼もっか」

 すみませーん、と女子たちで話したり頼んだりしていたとき、萌子のスマホが鳴った。

「あ、はいはい」
と見もせずに出る。

 そのとき、ちょうど店員さんが来て、めぐたちが頼んでくれていたのだが。

「あ、萌子も酒ないじゃん。
 なんにするー?」
とめぐが振り向き、訊いてきた。

「あ、えーと……、

 なんにしょうかな。
 じゃあ、カクテルのページの上から二番目のやつ」
と言ったとき、

「何処行ってんだ、お前は」
と耳許で総司の声がした。

 ひっ、課長っ!
と思った瞬間、手が滑り、スマホが飛んで、藤崎の膝に落ちた。

 ひーっ。
 料理の皿に突っ込まなくてよかったーっ、と思ってしまったが。

 実際のところ、なにもよくはなかった。

 総司は飛んでいきながら、まだしゃべっていたからだ。

 いや、総司が飛んでいったわけではないのだが……。

「あれ? 今の声……」
と言いながら、藤崎は何故かスマホに出る。

「もしもし」

「もしもし、お前は誰だ」

「事業部の藤崎です。
 田中課長ですか?」

 ぴたり、とみんながしゃべるのをやめる。

 ふ、藤崎……と思ったとき、誰かが、
「おやおやおや。
 やっぱり、噂通りか~っ?」
と言い、

「なに噂通りって」

「知らないの?
 萌子、田中侯爵と噂になってるのよ」

「えーっ。
 勇気あるーっ。

 一日中、講釈たれられて、叱られるよーっ」
とみんなが騒ぎはじめる。

 ……みなさん、きっと聞こえてますよ。

 向こうの声が聞こえるってことは、スピーカーになってますからね、これ。

 だが、藤崎はそんな話を聞いているのかいないのか。

「よかったな、花宮。
 きっと課長はお前を叱りにかけてくださったんだぞ」
と言いながら、ホラ、と萌子にスマホを突き出してくる。

 いや……、それはそれでなにもよくない、と思いながら、萌子は、スピーカーを切り、

「も、もしもし?」
と電話に出てみた。



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