侯爵様と私 ~上司とあやかしとソロキャンプはじめました~

菱沼あゆ

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キャンプ場にやってきました

新しいあやかしだろうか

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 だんだん夜が更けてきて、総司は酒を飲みながら、夕食の支度をはじめた。

 テントは別々の区画に立てたが、結局、食事も調理も一緒だった。

 その方が効率が良いから、と総司は言っていた。

 萌子もせっせと料理の下ごしらえをし、皿を並べるのを手伝う。

「お前、テーブルのセッティング速いな」

 他に褒めるところがなかったのか、総司はそんなことを言ってくる。

「あ、ありがとうございます。
 直会なおらいのお手伝いとか子どもの頃からしてたので」

「そうか。
 神社だもんな」

 直会とは神事のあとに、神前に捧げていた供物をみんなで食べて、日常に戻るという行事だ。

「神と人とが共に食する場なんですけど。
 此処ではあやかしと人が共にありますよね」

 夜になった方がはっきり見えるダイダラボッチを見上げ、萌子は言った。

 ……ウリの方は相変わらず素早いので、何処にいるのかよくわからないのだが。

 総司は萌子に、
「ちょっと味見しながら、呑んでみろ。
 うまいぞ」
と萌子の皿にまだ調理中の炒め物を入れてくる。

「あっ、このししとう、肉とニンニクの味と匂いを吸ってて、めちゃくちゃ美味しいですっ」

 しかも、あちこちのテントから、いい匂いがしてくるので、他の料理も食べている気分になって。

 自分のところの料理とで、二度美味しい。

 そのニンニク風味の肉汁を吸ったししとうをさかなに一杯やりながら、萌子は満天の星空とダイダラボッチを見上げた。

 幻想的な光景だ。

 わかりやすく星座が表示されているプラネタリウムみたいに、ダイダラボッチが空にいる。

 いや、ダイダラボッチ座はないのだが……。

「なんかいい夜ですね。
 更にあやかしとか現れそうな、いい夜ですね」

 萌子は幻想的な雰囲気が増しそうな、という意味で言ったのだが、総司は眉をひそめ、

「いや、あやかしはもうお腹いっぱいだ」
と言う。

 ははは、と萌子は笑ったが。

 そのとき、気配もなく、背後になにかが立っていたことに気がついた。

 前からやってきたウリが急ブレーキをかけて立ち止まり、萌子の後ろを見たからだ。

 総司と同時に振り向くと、迷彩服を来て刃物を持った男が立っていた。

 ひーっ!
と萌子は悲鳴を上げたが、総司は上げなかった。

「藤崎。
 来たのか」

 そう総司は迷彩服の男に向かい言う。




 あやかし『藤崎』が現れた――。

 と萌子は思ってしまった。

 スーツ姿の藤崎しか知らない萌子にとって、迷彩服を着た藤崎は、

 誰っ!?
という感じの人だった。

 しかも、刃物……

 いや、よく見たら、先端がペンチみたいになっている、ナイフなどもジャラジャラついたキャンプグッズだったのだが、

 そんなものまで持っている迷彩服の男が、

「更にあやかしとか現れそうな、いい夜ですね~」

 などと言ったあとに、ひょい、と現れたので。

 なにかのあやかしか、都市伝説の人が現れたかと思ってしまった。

 『キャンプ場に現れる自衛隊員の怪』と勝手に藤崎の都市伝説を頭の中で作る萌子に、総司が言ってくる。

「俺がお呼びしたんだ」

 何故、敬語……。

「この間、お前の電話に藤崎が出た縁で、ちょっと話してな。
 もし、都合が合えば覗いてみるか? と言っておいたんだ」

 いや、私にも言っておいてください。
 心の準備が……と萌子は思う。

 まあ、別に普通の格好で、普通に藤崎が現れてもなんとも思わないのだが。

 ちょっと今、怖かった……と思う萌子の中では、あの穴の中に自分とクマとフル装備の藤崎とジェイソンが落ちていて。

 以前より狭く感じながら上を見ると、出口はダイダラボッチの白い大きな足で蓋をされていた。

 いや……藤崎は味方だからいいのか。

 元自衛隊員がフル装備で一緒に落ちてくれてるんだから、頼りになるかも。

 と萌子がおのれの勝手な妄想に決着をつけている間、総司と藤崎が話していた。

 蘊蓄うんちくは多いが、キャンプ初心者な総司は、野営なども得意そうな藤崎からいろいろと学びたいようだった。

「ぜひ、藤崎の話を聞きたいと思ってな。
 我々の参考になるだろう。

 藤崎。
 ぜひ、このサバイバルな状況を生き抜くすべを教えてくれ」

 課長。
 盛り上がっているところ、申し訳ないですが。

 此処は手入れされた最新のオートキャンプ場です。

 これ以上ないくらい設備も充実していて、綺麗です。

 っていうか、そんなことよりっ。

 こんなに課長に信頼されている藤崎に嫉妬です~っ!
と萌子は藤崎を見つめる。

 藤崎は、
「いえいえ、ちょっと覗いて帰ろうかと思っただけで……」

 課長になにかをお教えするなんて、とんでもない、と言ったが。

 総司は、
「まあ、いいじゃないか。
 ゆっくりしてけ。

 もうひとり増えるかもとキャンプ場には言ってある」
と藤崎に言う。

「あ、でも、テントも持ってきてませんし」
「俺と一緒に寝ればいいじゃないか」

「あっ、ひどいっ」
と思わず、萌子は声を上げていた。

 なんだ? と男ふたりが萌子を見る。

「課長、藤崎にだけそんなこと言ってっ。
 私の方が先にキャンプご一緒させていただいてるのにっ。

 私、課長に、そんなこと言われたことないですっ」

 藤崎に嫉妬ですーっ、と叫んだが。

「お前に言ったら、違う意味になるだろうがっ」
と叫び返されてしまった。


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