侯爵様と私 ~上司とあやかしとソロキャンプはじめました~

菱沼あゆ

文字の大きさ
35 / 81
ダイダラボッチはなんで課長に憑いてるんでしょうね

お前もか、兄よ

しおりを挟む
 

「別にそう悪い霊じゃないが、気になるのなら、置いていけ。
 氏子さんに消防士の人たちもいるから、相性のいい人がいたら、憑けてやろう」

 仕事がはかどるだろう、と司は言う。

「成仏とかさせなくていいの?」

 いや、神社で成仏というのも変だが、と思いながら萌子は訊いたが、

「大丈夫だ。
 気が済んだら上がるだろう。
 そうお若い方ではないが、お元気そうだから、仕事がしたりなかったんじゃないかな」
と司は言った。

 霊にお元気そうと言うのも妙だが、まだまだパワーがあまっているということなのだろう。

「感心な人だな。
 亡くなっても、まだ働きたいだなんて……」
と呟く総司の視線がなんとなく、こちらを向いたので。

 全然感心な人ではない萌子は、目が合わないよう、視線をよそに向け、子孫繁栄に熱心なブドウを一粒、口に放り込んだ。
 


「なんかすっきりした気がする……」

 拝殿から出たとき、藤崎が胸に手をやり、呟いた。

「ほんと?
 じゃあ、火をつけてみようか」
とすぐさま萌子が言うと、

「放火魔か」
と横に立つ司が言う。

「だがまあ、程よく、そこに落ち葉が集めてある」

 そう言い、司が指差した先には、夏なので、そんなに多くはないが、ユズリハなどの葉が境内の隅に寄せてあった。

 もっともらしく頷いて見せたあとで、司が、
「ちょうどいいから、火をつけてみよう」
と言い出す。

 お前もか、兄よ……。

 総司が着火道具を車にとりに行き、結局、みんなで火をつけた。



「暑いのに、なにやってんのー」
と神社に来た近所のおばちゃんたちに笑われながら、萌子たちは四人で火を囲んでいた。

「やったっ。
 逃げたくならないですよっ」
と藤崎は喜んだが、司が少し離れた場所を見ながら言ってくる。

「それはよかった。
 だが、あそこに火を消したくて、うずうずしてる人がいるんで、早めにやめてあげた方がいいけどな」

 さっきの消防士の人のようだった。

 今、ウリが手水舎の辺りで、吹き飛ばされていたから。
 あの辺にいるのだろうな、と萌子は当たりをつける。

 姿は見えないが、あの飛ばされ方からいって、屈強な消防士の人に違いない。

 そう思いながら、萌子は訊いた。

「藤崎、消防士の人にとり憑かれてる間、筋肉鍛えたくならなかった?」

「……なった。

 えっ?
 あれ、霊現象だったのかっ?

 俺にしては珍しく、楽しく筋トレやれてるなと思ったんだよっ。

 じゃあ、今日からまた地獄の筋トレに逆戻りっ?」

 筋トレをやらないという選択肢はないらしい。

 さすが元自衛隊員、と萌子は思う。

 前で火に当たっている総司が、
「しかし、俺が山に行きたくなることといい、こうして考えてみると、人間の思考とか行動って、結構、自分に憑いてるあやかしや霊の影響があるのかもしれませんね」
と言ってきた。

 司は少し考えたあとで、
「でも、逆もあるかもしれないな」
と言う。

「お前が山に登りたかったから、ちょうど山に行きたがってたあやかしが憑いて、その気持ちが増幅されたとか。

 藤崎で言えば、毎日、筋トレめんどくさいな、と思っていたら、筋トレ頑張る霊がついたとか」

「なるほど。
 ということは、花宮……、

 萌子の中にわずかにある仕事を頑張る気持ちを増幅させるには、仕事を頑張りたいあやかしを憑ければいいということですね」
と総司が言ってきた。

 からかっているとかではなく、上司として本気のようだ。

 いや、仕事を頑張りたいあやかしってなんですか、とか。
 普段なら、なにか言い返すところなのだが。

 いきなり、萌子とか言われたので、どきりとして黙ってしまった。

 だが、動揺した自分を悟られないよう、萌子は慌てて口を開く。

「ウ、ウリだけで、充分ですよ、あやかしっ」

 ふと気づくと、総司は、じっと萌子を見つめていた。

 な、なんなんですかっ、と少し後ずさったが。

「司さんの今のお話で。
 お前の落ち着きのなさは、最初からあったものがウリにより増幅されたということが判明したが。

 ウリの愛らしさの方はお前に影響はないのか」
と総司は真顔でハートをえぐるようなことを言ってくる。

 ほんとうに疑問に思っているらしい。

 相変わらずつれない総司に、萌子は、

 萌子って呼んだのは、やっぱり、花宮だと兄と区別がつかないと気づいたからだけなのですね……。

「……火が消える前に、なにか焼いて食べましょうか」

 えぐられたまま、話を変えるべく、萌子はそう言った。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ほんとうに、そこらで勘弁してくださいっ ~盗聴器が出てきました……~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 盗聴器が出てきました……。 「そこらで勘弁してください」のその後のお話です。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」  クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。  だが、みんなは彼と楽しそうに話している。  いや、この人、誰なんですか――っ!?  スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。 「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」 「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」 「同窓会なのに……?」

子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちだというのに。 入社して配属一日目。 直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。 中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。 彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。 それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。 「俺が、悪いのか」 人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。 けれど。 「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」 あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちなのに。 星谷桐子 22歳 システム開発会社営業事務 中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手 自分の非はちゃんと認める子 頑張り屋さん × 京塚大介 32歳 システム開発会社営業事務 主任 ツンツンあたまで目つき悪い 態度もでかくて人に恐怖を与えがち 5歳の娘にデレデレな愛妻家 いまでも亡くなった妻を愛している 私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

こじらせ女子の恋愛事情

あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26) そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26) いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。 なんて自らまたこじらせる残念な私。 「俺はずっと好きだけど?」 「仁科の返事を待ってるんだよね」 宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。 これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。 ******************* この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...