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雨が降らなくなりました
免許皆伝したくないですっ!
しおりを挟む萌子は最初のキャンドルと最後のキャンドルを、
つまり、花入りの可愛いキャンドルと仏壇用の蝋燭の箱を手に総司の車の助手席に乗っていた。
チラとこちらを見た総司が、
「……俺は、二、三本持ってこいと言ったはずだが」
それだと127本では?
と言われたが、萌子は、
「はは、そうですねー」
と適当なことを言いながら、縋るようにそのキャンドルと箱をぐっとつかんでいた。
課長、突然、なんだろう……?
何処へ行こうとしてるんだろう、と緊張していたからだ。
車の正面に広がる夜の街を見たまま、総司は言ってきた。
「今からキャンプに行かないか?」
「えっ?」
「ちょっとお前とふたりきりで話したいことがあったんだ。
……キャンプ場が一番いいかなと思った。
でも、土日だと、藤崎たちも誘わないと悪い気がするから、今日にしようかと思って」
こんなときにも、みんなへの気遣いを見せる総司の言葉に、萌子はつい、笑っていた。
「なんだ。
おかしいか」
とまたチラとこちらを見て、総司が言ってくる。
「いえ、そんな課長が好きです」
沈黙が流れた。
萌子は初めてもらったキャンドルを見つめる。
総司が迷いつつという感じで訊いてきた。
「それはどういう意味でだ」
「……え、と。
どういう意味もこういう意味もないです。
課長が好きだという意味です」
「どういう意味でだ」
と総司の問いは同じところを回り始める。
「まさか、俺を……
人間としてじゃなく、男として好きだとか言うつもりじゃないだろうなっ?」
と強く言われたので、
「ええっ?
好きじゃいけませんかっ?」
とつい、言ってしまっていた。
恋人になりたいとかじゃなくて。
ただ、好きになるだけでもだめなんですかっ?
私のようなウリもどきはっ、
と萌子は思っていたのだが、そうではなかったようだ。
総司は運転するために前を見ながらも、何度もこちらを向いて言う。
「なんてことしてくれたんだっ」
なにしましたかね、今っ?
とキャンドルと箱を握りしめた萌子に、総司は訴えるように言ってきた。
「俺は今から、お前を初めて二人で行ったキャンプ場に連れていって。
二人でキャンドルに火をつけ。
星とダイダラボッチを見上げながら、周りを駆け回るであろうウリに励まされつつ、勇気を出して、お前に告白しようとしてたんだっ」
「ええっ?」
そんな素敵なシチュエーションッ!
「忘れてくださいっ。
今、言ったことはっ」
と萌子は車内で立ち上がるくらいの勢いで叫んでしまう。
「いや、もう駄目だっ。
俺の頭に焼き付いて、何度も繰り返されてしまってるじゃないかっ。
忘れろと言われても無理だっ。
俺は一生、今日この日のことをっ。
好きじゃいけませんかっ? と叫んでくれたお前のセリフをっ。
墓に入るまで覚えてるしっ。
生まれ変わっても、きっと覚えてるっ!」
そんな私ごときが勢いでした告白をっ、と萌子は申し訳なくなってしまう。
「……あの、どうせなら、もっと違う感じで、覚悟を決めて告白したかったんですけど」
「そ、そうだな。
とりあえず、キャンプ場に行こうっ」
「そ、そうですねっ」
ふたたび、車内に沈黙が訪れた。
「なにか話せ。
そうじゃないと、何度もお前が今した告白が頭をかけめぐるから」
「そ、そうですね」
我々、さっきから、そうだな、そうですねしか繰り返してないような気が……と思ったら、ちょっと可笑しくなってきた。
「そうだ。
この間、思ったんですよ。
見越し入道の話のとき。
見越し入道って、最初は小さいのが段々大きくなってくるんですよね?
じゃあ、最初の見越し入道って、実は、小さいおっさんなんじゃないんですかね?」
「……なんだって?」
「大きくなる前の見越し入道を見た人が、あっ、小さいおっさんがいるって思ったんですよ、きっと」
総司は沈黙したあとで、
「よく今の雰囲気から、そこまで話を切り替えられたな」
と言ってきた。
「はいっ。
ありがとうございますっ」
と褒められてはいないのだろうが、言ってしまう。
だが、それで少しいつもの雰囲気に近づいたらしく、総司もとうとうと蘊蓄を垂れ流し始めた。
「人類最初のバーベキューは150年前の原人だ」
「そうですか」
「豆缶のアルコールストーブはポットとの距離が重要だ」
「そうですか」
「そのとき、ソロモン王は言った。怠惰な人は……」
「そうですか、そうですか」
そんな会話をしているうちに猪目神社が見えたきた。
この横を抜ければ、キャンプ場だ。
着いてすぐ、ふたりでテントを設営する。
「早くなったな、花宮」
「ありがとうございますっ」
平日のキャンプ場は、ところどころにソロキャンパーがいるくらいで、静かなものだった。
「……もう俺がいなくてもひとりでやれるな。
免許皆伝だ」
えっ? と萌子は、つい声を上げてしまう。
「い、嫌ですっ。
免許皆伝しないでくださいっ。
私、ひとりでキャンプなんてやりませんっ。
課長がいないと出来ないですっ。
あっ、物理的な意味じゃなくてっ。
テントは別々でも、夜はテントの外で椅子に座って。
珈琲を飲みながら、ククサを彫ったり、ランタンの灯りで本を読んだり。
時折、視線を交わして、微笑みあったり。
そんな私たちをダイダラボッチが見てくれていたり。
周りをウリが駆け抜けてくれてたりとか……」
そう一気に言いかけた萌子の肩に手を触れ、総司がそっと口づけてきた。
「……やっぱりお前しかいないなと思った、今」
俺と同じ未来を夢見てくれている、と総司は言う。
「俺はお前と生きていきたい。
静かに、ただ淡々と続いていく毎日でいい。
なにもドラマティックなことなんて起こらなくても。
お前となら、何事もなく、ただ過ぎていく日常が、すべて忘れられない記憶となっていくだろうから。
俺は……
この先ずっと、お前と同じ一生を生きていきたい」
と萌子の瞳を見つめて言ったあとで、総司は苦笑する。
「上手くいかないな。
まだ設営も終わってないし、キャンドルもつけてないし。
なにも終わってないのに、キスまでしてしまった。
……お前があんまり可愛いことを言うからだ」
「127本つけるの、時間かかりますしね」
と俯き照れながら、萌子が言うと、
「全部つける気だったのか。
どうやってだ……」
と総司は呆れて言ってくる。
「あれがいりますね。
お寺とかにある参拝者がロウソクつける、いっぱい挿すところがあって、グルグル回る奴」
と言うと、総司は肩に手を置いたまま、笑い出した。
「……ほんとお前といると、なにも計画通りにはいかないな」
「え?」
「なにも予定通りに進みそうにない。
……もう一度、キスしたくなった」
総司は萌子の手にあったロウソクの箱をテーブルに下ろさせると、萌子の両肩に手を置いた。
もう一度、口づけてくる。
さっきよりも、うんと長く――。
「俺はお前と出会うまで、自分がこんな不器用な人間だとは思っていなかった。
俺の計画性も蘊蓄もお前の前ではなんの役にも立たない。
でも……お前といたいと思うんだ。
俺は人類の女の中で、お前が一番好きだ。
自分に近いと思っている」
話が壮大になってきたな。
……人類以外だと誰がいるのでしょう。
あやかし?
宇宙人?
と思いながら、満天の星空をなんとなく見て萌子は気がついた。
「あっ、課長っ。
ダイダラボッチがいませんっ」
えっ?
と総司も空を見上げる。
月がないので、星がくっきり見える夜空からダイダラボッチが消えていた。
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