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ゼロどころか、マイナスからの出発
巡り巡って
しおりを挟むちょっとあかりの表情が暗かったのが気になるが。
まあ、動物園には行けることになったし。
そのとき、ゆっくり訊けばいいか、と青葉は思った。
昼間、仕事をしていると、寿々花から電話がかかってきた。
「日向と動物園に行くのですってね。
私も連れて行きなさい」
「誰から訊いたんだ?」
「あかりさんよ」
「あかりがいいって言ったんなら、俺はいいが」
……いいが、この人が行くと、全員に緊張感が走らないだろうか、と不安に思う。
「そうだわ。
今日もあかりさんのところに行くのなら、さっき渡し忘れた日向の好きなシャインマスカット持ってってちょうだい」
知り合いの店からいいのが手に入ったのよ、と言う。
夜、母親に指定された場所に行くと、そこは母親の友人の邸宅だった。
「あら、青葉さん、お久しぶり。
今、みんな集まっててね。
青葉さんの顔を久しぶりに見たいわって言ってたの」
……シャインマスカットは口実で、そのために呼び出されたのかと思ったが。
母親の顔を立てて、しばし、おばさま方のお茶会に付き合う。
帰り際、母の友人から、季節限定の老舗の和菓子を渡されたのだが。
「そうだわ、青葉さん。
青葉さんも結構、海外で暮らしてらしたわよね。
これ、いらないかしら?」
と和菓子の袋と一緒に厳重に梱包された包みを渡された。
店に行くと、あかりはカウンターでスマホを眺めていた。
また禿げたおっさん眺めてんのか、と思いながら、中に入り、日向のシャインマスカットを渡す。
「あ、ありがとうございます。
日向、喜びます。
寿々花さんによろしくお伝えください」
「……よろしくお伝えていいのか?」
「え?」
「よろしくお伝える気が失せる物もやろう」
青葉はあの厳重に梱包されたものをあかりに渡す。
あかりはガサガサと茶色い紙袋を開け、ビニールの梱包を解き、現れたプチプチを開けて、あー……と声にならない声を上げた。
それは、あの香りの強いお茶だった。
「また一周して戻ってきてしまいましたね……」
はは、と苦笑いしたあとで、あかりは言う。
「このお茶に何処を旅してきたのか、訊いてみたいです。
まあ、同じ種類のお茶が何個もぐるぐる回ってるだけかもしれないですけどね」
と笑うあかりに、スツールに腰掛けながら訊いた。
「お前は誰に渡したんだ?」
「いとこに渡したんですけど。
流れ流れて、どっか行って木南さんのところに来たんでしょうね。
大航海してきたみたいですね。
木南さん、あのとき受け取らなかったけど。
やっぱり、木南さんの許に来る運命だったんですよ」
とまたそのお茶を押し付けようとする。
「もう捨ててしまえっ」
と揉めながら、そのお茶ではなく、違う紅茶を淹れてもらった。
動物園の話をすると、
「ああ、寿々花さんも一緒に行く話ですか?
聞きましたよ。
別にいいですよ」
とあかりは軽く言う。
「ほんとうにいいのか?」
はい、と頷くあかりに、
「よくあの親に付き合ってくれてるな」
と言うと、
「だって……なんだかんだで、『青葉さん』を産んでくれた人だから。
それに、結構気が合うんですよ」
と言って笑う。
「……今の俺とより、母親との方が気が合ってそうだ」
「はは、どうでしょうね」
青葉は一度、目を伏せ言った。
「お前が今、言った『青葉さん』は、過去の俺なんだろ?
でも、……俺も青葉なんだが」
そう言い、青葉はあかりを見つめたあと、身を乗り出し、そっと口づけてみる。
あかりは逃げなかった。
ただ、ちょっと困ったような顔をしている。
自分の気持ちが整理できていないような。
そんな感じ。
もうちょっと頑張ったら、あかりの心の扉が開く気がした。
「……そうだ。
お前の青葉と一体化するために、フィンランドの写真とか見せてくれないか」
「えっ。
写真ですか?」
戸惑いながらも、あかりは、うーんと考えてくれる。
「あなたとの写真って、オーロラのやつしかないんですけど」
「俺は写ってなくていいぞ。
なんせ、一週間の男だからな」
と言うと、あかりはちょっと笑ったようだった。
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