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不思議なお客さま
雇ってくださいっ
しおりを挟む客が引けたあと、彼、水島彬光は言ってきた。
「実は、僕の好きなサークルの先輩がパクチー好きで。
この間、僕もパクチー好きなんですって言っちゃったんですよねー」
でも、頑張って食べてみたんですけど、駄目でした、と言う。
「大学に入って、なんだか気が抜けたみたいになって、やることもなくて。
先輩と出会って、やっと世界が開けた気がしたのに」
嘘ついちゃいました……としょんぼり語る彬光に、逸人は全然違うことで怒っていた。
「やることないわけないだろ。
大学入ったからには、勉強しろ」
いや、そりゃそうなんですけどねー、と芽以は苦笑いする。
苦手な嫁もパクチーも克服しようとする努力好きの逸人には理解不能な悩みだったようだ。
「勉強が向いてないのなら、なにか探して打ち込め。
今なら、時間が山とあるだろ。
社会人になったら、自由な時間なんて、ほとんどないぞ。
なにかを身につけるなら、今だろ」
いや、貴方、英語教室の勧誘かなにかですか、と問いたくなる口調と説得力だった。
思わず、入会してしまいそうだ……。
「そうなんですよねー。
先に就職した友人たちが、自由なのは今だけだとか言うから、ちょっと考えてはいたんですが」
そこで、厨房をチラと見た彬光が言ってきた。
「そうだ。
店長、此処で雇ってくださいよ」
……はい?
「さっき、店長が厨房で働いてる姿、とても美しかったです。
ルックスだけの話じゃなくて、動きに無駄がなくて美しいというか。
まるで武道でも見ているかのようでした。
僕、貴方のようになりたいですっ。
雇ってくださいっ。
どうしたらいいですかっ。
やはり、三顧の礼ですかっ。
まず、一回帰ってきますっ」
と彬光は訳のわからないことを言い、立ち上がる。
「待て」
と逸人が止めた。
「他所を探せ」
「店長っ。
今、なにか目標を打ち立てて頑張れって言ってくれたじゃないですかっ」
「此処以外でだ」
「お願いしますっ。
雇ってくださいっ」
「待て。
お前、パクチー嫌いなんだろうが。
パクチーが食べられるようになってから来い」
……いや、お前が言うな、と思いながら、芽以は逸人を見上げた。
だがもう、この段階で、雇うことになるんじゃないかなーとは思っていた。
芽以が会社に行っている間にホールをやってくれる人間が必要だし。
第一、と芽以は、
「雇ってくださいーっ」
「知らんっ」
とまだ揉めている二人を見た。
なんだかんだで、逸人さん、人がいいからなー。
ユニフォームの手配しなくちゃな、と思いながら、芽以は二人を置いて、厨房へと戻っていった。
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