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そんなメニューはありません
珍しく反省してみた
しおりを挟む「それでねー、僕、最近、町中華にハマってるんですよ~」
どうして、全然違う話ばかりするんだ、若林っ。
こいつの話をしろっ。
何者なのか、まったくヒントがないじゃないかっ。
それとも、まったく違う話題で油断させて、ビックリするような話を引き出すという戦法なのか――っ?
二人まとめて取材したい、と言ったわりには、若林はずっと違う話をしていた。
師匠はいつもそんな感じの彼のことは、特に気にしていないようで、近所のおじいさんに何故か、碁を指南をしている。
……何故、ここで、碁、と田中が思ったとき、若林が言った。
「めぐる先生のおばあさまの食堂のチャーハンも好きなんですよねー」
「ありがとうございます。
ま、うち、中華の店ではないんですけどね」
と苦笑いしながら、めぐるは言う。
そこから、若林の職場近くにある、店全体に油と調味料が染みたような町中華の店の話になった。
めぐるは身を乗り出し、師匠と碁を打ってるおじいさんもその話に聞き入っている。
もう諦めて、お茶を飲んでいると、ふいに若林がこちらを向いて訊いてきた。
「ときに、田中先生、めぐる先生のスランプの原因、なんだと思われます?
めぐる先生にもわからないみたいなんですけど」
いやだから、唐突すぎるしっ。
こいつが何者なのかも知らないしっ。
そんな繊細な問題……
繊細な……
めぐるは、そんな無神経な問いかけを気にすることもなく、今、若林に聞いた町中華の店の名前を師匠にもらった紙にメモしている。
……とりあえず、繊細な理由により、スランプになっているわけではなさそうだ。
だが、それを言うのも失礼なので、
「他人のスランプの原因などわかりませんが。
なにか気分転換でもしてみるとか?」
と自分自身に対して思っていることを言ってみる。
「気分転換?」
とめぐるが顔を上げてこちらを見た。
「気分転換って、なにしたらいいんですかね?」
めぐるはまっすぐに自分を見て訊いてくる。
「……いや、思いついてたら、まず、自分でやってみてるから」
「そうですよね……」
「なにかあったら教えてくれ」
了解です、と言われる。
なんという頼りない答えっ、と我ながら頭を抱えてしまう。
そのとき、めぐるが持っているポールペンを見て、若林が言った。
「あ、めぐる先生、まだそのボールペン使ってるんですね」
ごくごく普通のポールペンなのに、若林は何故かそう言う。
なんでだ?
なにかの思い出のボールペンとか?
と思っていると、若林がこちらを見て言った。
「めぐる先生、このボールペンじゃないと字が書けないらしいんです」
「それはなんの呪いだ?」
「いや、字が汚いので……。
っていうか、これ、何本も変わってるんですけどね。
このボールペンが書きやすいんですよ。
でも、気がついたら、なくなってるんで、何度も買い足してるんです。
弟とかが、ひょいと使っては持ち出しちゃうんで」
「ボールペンなんて、なんでも良くないか?」
うっかり言ったそのセリフにめぐるは身を乗り出して言う。
「それは字が綺麗な人のセリフですよっ。
弘法は筆を選ばないけど、字の汚いやつは選ぶんですよっ」
「キレるとこなのか?
っていうか、俺も下手なんだが……」
「棋士なのに?
色紙とか、いろいろ書く機会があるのでは?」
田中は沈黙した。
「すみません。
触れてはいけない話題でしたか」
「大丈夫だ。
さっき、触れてはいけない話題に、堂々と触れていたやつがいただろ。
それに比べれば全然平気だ」
「へえー、ロクでもないやつがいるもんですね~」
若林っ、と全員が彼を見た。
「姉貴、おかえりー。
遅かったねー」
めぐるが店に戻ると、何故か、すさまじく機嫌のいい弟が出迎えてくれた。
もう充則は帰ったようだった。
「二人でどこか行ってたの?」
「どこに行くのよ。
将棋クラブに送ってっただけよ。
田中さんの師匠がやってる。
あそこ、コンビニできる計画がなくなって、ビルの取り壊しなくなったんだってね」
それで移転してこられたとか、と言ったが、雄嵩は、
「それだけ?
つまんないのー」
と不満げだ。
「ああ、そういえば、あんたの話もしたわ」
「嘘っ。
なんの話してくれたのっ?」
「あんたがボールペン持って逃げる話」
もっといい話してよ~、と雄嵩は文句を言ってくる。
「なにしてんの?」
「田中さんが、心配だから、ついたら電話しろって」
めぐるはスマホから電話をかけながら言う。
「ええっ?
姉貴が心配だからっ?」
「いや、私の運転技術が。
心配しているのは、私の周りを走る車と歩行者のことでは?」
と言いながら、めぐるは、
「もしもしー」
と話す。
「あ、はい。
無事に着きました。
田中さんにもよろしくお伝えください」
「待って。
どこに電話してんの?
田中さんの携帯に田中さんによろしくお伝えくださいって言ってんの?」
「田中さんの携帯の番号なんて知らないわよ。
将棋クラブの番号よ。
あんたが、囲碁将棋部だって言ったら、師匠が今度遊びに来てみませんかって」
番号、送るよ、とスマホを構えると、雄嵩は、
「行く行くっ。
行ってみる~っ。
……じゃないっ。
田中さんの携帯の番号訊いてこいよっ」
と喜びながら、怒ってきた。
「田中さんの携帯の番号なんて訊けないわよ、有名人なのに」
「いや、お前も有名人だろ。
有名人同士、お互いの番号受け渡してなにが悪いっ」
「……なんか、ブツの引き渡しみたいだね。
っていうか、田中さんに比べて、私なんて全然有名じゃないよ。
田中さん、私のこと知らなかったし」
「いや、あの人、将棋以外のこと、なんにも知らないんじゃないの?」
と言う雄嵩は正しかった。
「あっ、それ、この間の出前の子じゃん。
めぐるんちゃんって言うのか、可愛い~」
めぐるが帰ったあと、田中はソファに座り、若林に聞いためぐるの記事をスマホで見ていた。
今、『ん』はどこから湧いてきた……、
と思いながら、ソファの背に手を置いて、こちらを覗き込んでくる岡本健を振り向いた。
っていうか、お前自体が、今、どこから湧いてきた、と思う。
健は小さな頃からの将棋仲間だが、彼は今ではまったく違う職についている。
明るい茶髪に派手な顔立ちではあるが、服装は割合、シンプルだ。
「えっ?
あの子、有名なパティシエなの?
砂糖と塩、間違えちゃったーって素でやりそうな顔してるけど」
どんな顔だよ、と思ったが。
自分など、めぐる本人に、絶望のタヌキなどと言ってしまっている。
スランプ中のパティシエだったとは。
あの色のない瞳は、俺の絶望を映し出していたわけじゃなく。
自前の絶望のタヌキだったようだ。
悪いことを言ってしまった、と田中は珍しく反省する。
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