同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ

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この声どこかで……

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 ある日、食堂の休憩中、奥の座敷にあるテレビに田中が映っていた。

 将棋やってる……。

 まあ、棋士だからな。

 これ、録画かな、とめぐるは、なんとなく立ったまま画面を眺める。

 身体大きいから、背中丸めて座ってるな~。

 田中さんに対して、将棋盤が小さいのでは?

 この姿勢、身体に悪そうだ、と思っためぐるの頭の中で、将棋盤がグラウンドサイズになっていた。

 駒の扮装をした人たちが棋士の命令で飛びながら動く。

 これなら健康的だけど、大変そうだな。

 ……そういえば、そんなイベント、ニュースで見たことあるな。

 スマホで調べてみると、めぐるが思っていたような、駒の着ぐるみを着て、人間が飛び跳ねるような代物しろものではなく、もっと華やかな、合戦のようなものだった。

 みんな鎧兜などをまとっている。

 桜の下での豪華なもよおし、綺麗だな。

 でも、私は今、着ぐるみを着て、しょうに命じられるがまま、飛び跳ねたり、突っ込んでいったりしたい気分なんだが……、
と雄嵩に、

「どうしたっ?
 また煮詰まったり、追い詰められたりしてるのかっ?」
と叫ばれそうなことを思っている間に、田中ではない声で、

「負けました」
と言うのが聞こえてきた。

 ……あ、勝った。

 スランプなんじゃなかったのか。

 スーツ姿だが、扇子を持っている田中は渋い顔で、閉じた扇子の先をこめかみに何度もこすりつけ、将棋盤を睨んでいる。

 いや、勝ったんだよね?

 勝ち方が気に入らなかったのかな?
と思っている間に、感想戦とやらがはじまった。

 駒を二人で、ぱぱぱっと戻している。

 えーっ。
 今までの流れ、全部覚えてんのっ?

 すごいなっ、
と思ったその日の夜、珍しく田中がひとりで食堂に食べに来た。



 田中はカウンターで豚肉とナスのピリ辛炒め定食を食べている。

 その後ろを、めぐるはお盆を手にウロウロしていた。

 田中はその落ち着きのない気配に気づいたらしく、

「……なんだ」
と振り返り、訊いてくる。

「いやー、実はですね。
 昼間、テレビで田中さんの対局を見たんですよ」

「見たのか……」
と田中は画面で見たのと同じ、渋い顔をする。

 渋い顔なんだが。

 あとでネットで見たところによると、美しい顔で悩んでいるところが、女子には人気のようだった。

「駒の動きって全部覚えてるんですね。
 すごいですね、と言おうとしたんですが。

 田中さんたちにとっては、きっと当たり前のことなので、なにどうでもいいことで褒めてんだ、と逆に怒られるかな~と思ったり」

「いや、別に怒りはしないが。
 棋士なら、大概の奴はできることだからな。

 確かにわざわざ褒められるほどのことでもないな」

 だが、まあ、ありがとう……と言ったあとで、田中が訊いてくる。

「……ところで、田中と呼ばないのか」

「いや、やっぱり、照れるので。
 あ、でも、私はめぐるでいいです」

 ははは、とお盆を抱いて、後退しながら、めぐるは言う。




 次の日、めぐるは食堂のテーブルを拭きながら、

『……ところで、田中と呼ばないのか』
と言われたことについて考えていた。

 呼びづらい……。

 いや、同級生なのだから、そう呼んでもいいようなものだが。

 みんなが田中竜王とか、田中先生とか呼んでいるのに、その中で、いきなり、

『田中』
と呼ぶのは、非常に呼びづらい。

 中学のときに出会ってたらな~。

 そうだ。
 心だけでも、中学生になってみよう。

 文化祭の仕事をサボった清水が屋上へ上がる階段のところで、下級生女子としゃべってたところを発見したときのことを思い出してみよう。

 みんなで仁王立ちになって、清水の名を呼んだ。

「おい、清水!」

 そうだ、その感じで、呼んでみようっ。

「おい、田中!」

 めぐるの妄想の中。
 田中が、こめかみに扇子の先を当て、ぐりぐりやっていたときの渋い顔のまま、自分を振り返り睨む。

 いやっ、やっぱ、無理っ、と思ったとき、すぐ近くで声がした。

「あ、田中竜王の下手くそなサインがある」

 ひっ、私が思っても言えないことをっ、とめぐるは顔を上げ、振り向いた。

 クリーム色のスーツを粋に着こなした若い男が立っている。

「あ、い、いらっしゃいませっ」
 今風のイケメンのその男は壁にかけられている田中のサインを見上げている。

 誰だか知らないけど、恐ろしい人だ。

 私も常々、私と同程度の字だなと思ってはいるのだが、なにせ、田中竜王様の書かれたものだから、口に出しては言えないのに。

 この店には最近、田中竜王のサインと師匠の藤浦ふじうら九段のサインが飾ってある。

「田中さんにもらったら、あんたにももらわないといけないだろ?」
と百合香は嫌そうに古い知り合いらしい藤浦にもサインを書けと言っていた。

 いや、なんでもらう方が偉そうなんだ……、
と思いながら眺めていると、

「あーはいはい」
とサインを書きながら、藤浦は、めぐるを見上げ、訊いてきた。

「めぐるちゃんのサインは?
 飾らなくていいの?」

「これはいい、別に」
とあっさり百合香は言う。

 そんな回想をしていると、男がこちらを振り向き訊いてきた。

「僕も書いてあげようか?
 今日来ただけだけど」

 ……どちら様ですか、とは聞けないな。

 なんか有名人っぽい。

 そういえば、この声どこかで……と思ったとき、ガラガラとガラス扉が開いた。

 田中たちを見て、男は言う。

「お、田中ー。
 健もいるじゃん。

 藤浦先生、こんにちは」

 あ~、やっぱり。
 この人、この間の『負けました』の人。

 ……そう全部口に出しては言えないので、めぐるは、

「あ~」
のとこだけ小さく言った。
 



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