同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ

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田中の受難

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「……田中さん、勝った。
 すごい逆転劇だった。

 もうスランプは脱出したんじゃないかって、解説の人も言ってた」

 対局をネットで見たらしい雄嵩が食堂で教えてくれた。

 めぐるは百合香からの電話を受け、結局、こそこそ百合香の食堂にご飯を食べに来ていた。

 百合香は、やはりめぐるのことが気がかりだったようで。

 やっぱり食べに来いと連絡してきたのだが。

 めぐるは自分が旅立ったと思っているファンの人たちが気になって。

 人目を避け、深夜の食堂に現れたのだった。

「頭の中で組み立てていたものが崩れたところから始めたので、自分でもハラハラしましたが。

 なんとか勝ててよかったです的なことを言ってたぞ」

「そ……そうなんだ?」

 田中は予定を覆し、『にーろくふ』から始めてしまったらしい。

 ――私なんかのしょうもない話が脳に焼きつくなんて。

 田中さんって繊細なんだな。

 田中さんのことだから、バッチリ対戦相手のことも調べて対策立てていたのだろうに。

 ……今度から余計なこと言わないようにしよう、とめぐるが反省している間も、田中の受難は続いていた。
 



 調子を崩さないよう、次の対局が終わるまで、めぐるには会わないようにしよう。

 そう田中は思っていた。

 その日頼んだおやつは、菊と栗が透けて見える美しい錦玉羹と冷たい煎茶だった。

 よし。
 今日はよく集中できている。

 どういう風に作ったんだろうとかは気にならないぞ。

 だが、そう思った瞬間、めぐるのあの彼岸花ゼリーを思い出していた。

 透けるような美しさが似ていたからだろう。

 やばい。
 まためぐるに引きづられるっ、と田中は身構えた。

 案の定、本当は彼岸花部分を噛んだとき、もっとシャリッとする感じにしたかった、と熱く語っていためぐるの表情や声が頭を駆け巡る。

 ……なんでこんなにあいつの言動を思い出すんだろうな。

 会わなくなっても、鮮明に絶望のタヌキの目が蘇るんだが。

 しかも、あのタヌキの目を思い出しても、最近、ゾッとしないのだ。

 ゾッとしないどころか、なんていうか……

 なんていうか……。

「田中さん、田中さん」
と声をかけられる。

 しまった。
 時間だ。

 まだめぐるのことが頭をぐるぐる回っているのにっ、と思った瞬間、めぐるが、

「テレビの上に出てる次の番組の文字予告で、『竜を撃退する』とあったので、ファンタジーなアニメとかかな~と思ってたら、将棋だったんですよ~」
と真顔で言っていたのを思い出す。

 ふっと笑ってしまい、周りをどよめかせた。

 小声でひそひそ話しているのが聞こえてくる。

「田中竜王、笑ったぞ。
 余裕のようだな」

「この間は辛くも逆転、みたいな感じだったが、今日は調子いいみたいだな」

 いや、よくないんですがっ。

 あのタヌキが脳裏に焼きついているのでっ、と思っていたが。

 今、めぐるを思い出して笑った瞬間、肩の力が抜けたのも確かだった――。
 


「今日はお前のおかげで勝てた」

 自分で、めぐるに会うことを禁じておいて。

 自分で、勝手に解禁にした田中は食堂に来ていた。

 えっ?
 私のおかげってなにっ?

 最近、全然会ってませんでしたけどっ?

 こうるさい私に会わない方が調子がいいという話ですかっ?
と戸惑うめぐるに、田中が不思議そうな顔で問うてくる。

「何故、カウンターの後ろに隠れている……」

「いえ。
 私、スランプを脱して、海外に飛び立っていったことになっているので」

「……また戻ってきたと言えばいいだろう」

 そうですね、とめぐるは顔を出す。

「忘れ物して戻ってきたとか」

「しまらないな、この天才パティシエ……」
とカウンターで宿題をやっていた雄嵩が呟くのが聞こえた。

 そこで田中が、
「和菓子を見たとき、今日もお前を思い出したんだ」
と語り出す。

 ――何故、和菓子見ると、私を思い出すんですか。

 私、洋菓子のパティシエなんですけど。

 まあ、田中さんと会ってから、和菓子や和菓子っぽいものしか作ってないから、しょうがないかー。

 などとめぐるは考えていたが。

 百合香と雄嵩は違うところが引っかかったらしく、
「今日も!?」
と訊き返し、身を乗り出してきた。

「お前のことを考えることが、今日はむしろ、いい気分転換になった。

 お前を思い出して笑ったあと、よく冷えた水出しのお茶を飲んだら、すっとしてな」

「それは……単に清涼感のあるお茶で、すっとしたという話では?」

 そして、何故、私を思い出して笑うんです、
とめぐるが思ったとき、田中が言った。

「そういえば、最近、なにをしてもお前のことを思い出すんだが、何故なんだろうな?」

 百合香と雄嵩が身を乗り出し、目でなにかを訴えてくるが、めぐるも田中も二人がなにを言いたいのかわからなかった。

「雄嵩、あんたが言いな。
 私はちょっと小っ恥ずかしいよ」

 そう百合香に言われた雄嵩だったが。

「……いや、俺もちょっと。
 田中さんに姉貴を押しつけるみたいで、申し訳ないし。

 ――あの、そんなことより、お願いがあるんですが」

 そう田中を見つめて言い出す。

「すみません。
 握手してください」

「は?」

 いや、今か、とめぐるは雄嵩に対して思っていたが。

「だって、さっき、ネットで見て、すごい対戦してた人が今、ここにいるとかっ。

 っていうか、そんな人が姉貴……っ」
の先は言わずに、雄嵩は、

 一体、なんなんだ……という顔をしながらも、手を差し出してくれた田中の手をぎゅっと握っていた。

 感涙にむせんでいる……。

 よくわからない。

 めぐるも握られる側の人間だが、こんな扱いは受けていない気がしていた。

 よく、おばあちゃんやおじいちゃんが、近所の子が頑張ってる、みたいな感じで応援してくれる。

 こんなに大きくなって、みたいな感じで。

 いや、初対面なんですが……。

 まあ、田中さんみたいなカリスマ性、ないもんな、
と思いながら、めぐるは二人を眺めていた。

 
 

 のちに、雄嵩はこの日の行いを反省した。

 部活で充則相手に将棋を打ちながら言う。

「いやー、姉貴と田中さんがくっつけばいいなと思ってたんだけど。
 ほんとうに田中さんが姉貴に気があるかもと思ったら、ビビっちゃってさ」

「なんで、本人じゃなくて、お前がビビるんだよ」

「あのような姉ですみませんとか思って。
 特にネットで田中さんの激戦を見たばっかりだったし」

 秋になりはじめの風が吹き渡る教室は心地よく、ぱちん、ぱちん、と将棋の駒を指す音が響いて、のどかだ。

 プロのようにいい音は出せないが。

「でも、めぐるさんも大概すごい人なんで、釣り合ってるんじゃないの?」

「どれだけ世界で有名になろうとも、俺にとっては、ただのマヌケな姉貴だからな。

 そういえば、以前、姉貴が人の顔を覚えないって話が食堂で出て――」
と雄嵩は語り出す。



「いやいや~、よっぽど特徴的な人のことは覚えてますよ~」

 閉店間近。
 もう客も少なかったので、めぐるは師匠や田中たちとそんな話をしていた。

 田中さんみたいなオーラがあるイケメンとかは覚えてるって意味かな、
と思いながら、雄嵩はカウンターで宿題をやっていた。

「特徴のある人ってどんな?」
と訊く健にめぐるが、

「例えば、肩にオウムを乗せてる人とか」
と言って、田中に、

「それは誰でも覚えてるだろ」
と言われる。

 健が、
「でも、一度挨拶したとき、オウムのせてても。
 次ものせてるとは限らないじゃない」
と言い、田中が真剣に、

「そうだな。
 オウム連れて挨拶しようとしても、飛び立ってしまうときもあるだろうしな」
と語る。

 そこで、師匠が笑って、
「わかりました。
 タカにすればいいんですよ」
と言って、みんなが、

「タカかあ」
「飼い慣らされてる感じがしますもんね」
と言って微笑んでいた。

 解決した、という雰囲気を背に感じながら、雄嵩は、

 いやっ。
 今、なにがどう、解決したんだっ?

 自分の顔を覚えないやつに、毎度、タカを肩にのせて挨拶したら、わかってもらえて解決って話?

 ついて行けてないのは、俺だけなのかっ。

 ばあちゃんっ、と雄嵩は正面の厨房にいる百合香を見たが、百合香はもう彼らの話はスルーして、丸椅子に座り、茶を飲んでいた。



「そんな感じにどうしようもないんだよ」

「いや、それ、めぐるさんがどうしようもない話じゃなくない?
 
 あと、着地点、おかしくない?
 そもそも、街中にタカとか連れてくるのどうなんだよ」
と充則は言ったあとで、

「田中竜王とめぐるさん、やっぱり、お似合いじゃない?」
と付け足していた。




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