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そんなメニューはありません
にーろくふ
しおりを挟む夜、めぐるが台所に立っていると、誰かが一階のドアを叩いていた。
またチャイム壊れてるのか~と思いながら、はいはい、と下りると、雄嵩だった。
ラップに包まれた、ほこほこチャーハンを持っている。
「ばあちゃんが、姉貴が食べてんのか心配して持ってけって」
「あ~、まかない、食べられなくなったからねえ」
「田中さんを誘えなくて、ひとりでカップ麺でもすすってるんじゃないかってさ」
「いや、いつ、田中さんを誘って食事する話になったの。
っていうか、田中さんいなくても、ひとりでちゃんと食べるよ。
まあ、上がって」
と雄嵩を二階に誘う。
「おー、相変わらず、ここいいねえ。
ちょっと風が冷たくなってきたけど」
雄嵩は喜んで窓から身を乗り出し、川を眺めている。
「網戸開けたら、まだ蚊が入るから」
と言ったが、
「この網戸、穴あるし、ちゃんと閉まってないじゃん。
どうせ意味ないよ」
と反論された。
「なんか飲む~?」
めぐるが狭い台所からそう訊くと、
「おー、さんきゅー。
って、なんか作ってたのか?」
と訊いてくる。
ボウルなどが並んでいるからだろう。
「そうそう。
今日、田中さんと食べたのが美味しくて」
「えっ?
ほんとに田中さんと食べてきたの?」
そうそう、とめぐるは冷蔵庫からコーラを出しながら、繰り返す。
「二人で食べて呑んできたの」
「えっ? 二人で呑んだのっ?
一気に近づいた感じだねっ」
いや、酒を呑んだだけで近づくのなら、最初に会ったとき、近づいてるんだが。
クラス会で会ったんだからな、とめぐるは思う。
「そうだ。
ちょうどグラス冷やしてたから移して飲む?」
と訊いたが、雄嵩は、いや、いい、と言う。
ビンのまま持っていくと、
「これこれ、これがいいんだよ。
やっぱ、缶よりビンの方がなんか美味そうに感じるね」
と言って飲んでいた。
「で?
田中さんは?」
「え?」
「一緒に呑んだんじゃないの?」
「ああ、昼にね」
「昼!?
二人して昼から呑んでたの?」
「そう。
町中華でこう、ビールをガーっと」
「……思ってたのと違うな」
と呟く雄嵩に、どう思ってたんだ、と思いながらめぐるは言う。
「いや~、町中華食べに行こうはよかったんだけど。
迷っちゃってさー」
「姉貴、スマホに歩くとき用のナビ入れてなかったか?」
「でも迷っちゃったんだよね。
あれ、変なところで、ぐるぐる回って方向わからなくなったりするじゃん。
田中さん、地図見るの苦手みたいだし。
あっ、でも、そうだっ。
田中さんのおかげで、『まぼろしの呪いの地蔵』の在処わかったよっ」
「……小学生の探検か」
窓に腰かけている雄嵩はコーラのビンを手に呟く。
「結構、似たものカップルだな」
「それで、疲れてたから、ビール呑んじゃいましょうかって。
ガーっと」
そこで、めぐるは言う。
「……今まで、あんまり好みじゃないなと思ってたんだけど。
やっぱり好きかなって思ったんだよね」
「えっ?」
「雄嵩も好きになるんじゃないかな?」
「今でも好きだよ!」
「それはまずいよ!」
「いや、人間としてだよっ」
と雄嵩が言ったのと、
「どこで呑んだの? ビール」
とめぐるが言ったのは同時だった。
「……ビールの話かよ」
「なんの話だと思ったのよ」
と言いながら、めぐるも冷蔵庫からコーラを出して栓を抜いた。
チャーハンにビールもいいが。
チャーハンに甘いコーラも最高だからだ。
「おいしい。
これぞ、家庭の味ね。
あんたも食べる?」
めぐるは、小さなちゃぶ台でチャーハンを食べながら、雄嵩にそう訊いたが、雄嵩は、
「食べてきたからいい」
と言う。
雄嵩はそこからの眺めが気に入っているようで、カラ瓶を手に、まだ窓際に腰をかけている。
「でも、食堂やってるばあちゃんの作ったチャーハンが家庭の味ってどうなんだよ」
――はあ、まあ、そうですね。
こっち住んでるときから、基本、別世帯だったのに。
近所に住んでたおばあちゃんのチャーハンが一番懐かしい家の味というのはどうなんだろうな、とは思う。
まあ、お母さんもお父さんも忙しかったからな~、
と思いながら、
「おいしいと言えば」
と口を開くと、雄嵩が、
また唐突な感じに話が飛びそうだな、という目でこちらを見る。
「中華食べたあと、甘いものが食べたいですねって話になって。
二人で、七輪で焼くお団子のお店に行ったの。
それから抹茶の冷たいのも飲んで――」
「……食い過ぎじゃないのか、お前たち」
太るぞ、二人とも、と言われる。
「大丈夫だよ。
田中さんが言うには、一回の対局で2~3キロはやせるんだって」
「いや、お前だよっ、問題はっ」
と叫んだ雄嵩は、
「そうだ。
お前、イタリアンのシェフになれよっ」
と言い出す。
何故、唐突にイタリアン……。
「イタリアンのシェフなら、見た目、ふくふくしててもいいじゃないか。
作る料理が美味しそうだっ」
そうだ。
イタリアンのシェフになれっ、と雄嵩は声高に叫ぶ。
「……それはあんたの偏見だよ」
単に今、イタリアンが食べたいのでは?
「あと、私、料理の方は壊滅的だから」
いや、ほぼやったことないからかもしれないが――。
「ところで、お前、田中さんとなんの話したんだ?
二人きりで」
そんな雄嵩の言葉に、いや、二人きりを強調するな、とめぐるは思う。
「何軒も食い歩いたのなら、いろいろ話す時間あったろ」
「えーとね。
あ、そうそう。
そういえば、子どものころ、将棋の真似して遊んでたって話とかしたかな」
「将棋の真似……?」
「ほらよくやってたじゃん。
将棋番組の真似。
『20秒……1……2
にーろくふ』とか」
「それやってみせたのか、あの天才棋士様に……」
「『そうか。
にーろくふか』って言ってたよ」
雄嵩は渋い顔をする。
「『なんで、にーろくふなんだ』って言うから、子どものころたまたま見たのがそうだったんじゃないですかね~って言ったんだけど」
「……せめてもっとわけわかんないこと言えばいいのに。
なんでそこだけまともな手なんだ。
田中さんに、にーろくふが焼きついたらどうすんだっ」
と何故か怒られた。
結果として、田中に『にーろくふ』は焼きついていた。
――今日は、『にーろくふ』から始めるつもりはなかったのにっ。
それも、『2六歩』とかではなく、めぐるのあの、ちょっと抜けたような、それでいて、心地のよい声で、
「にーろくふ」
と脳に響いてくるのだ。
めぐるの呪いだっ、と田中は怯える。
……だが、もし負ければ、めぐるは責任を感じることだろう。
あの呪われた絶望のタヌキが、さらに無な感じの目にならないように。
今日は絶対に勝たなければっ!
そう田中は心に誓った。
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