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そんなメニューはありません
ラジオから流れてきた
しおりを挟むその日、出勤途中の健は田中に会った。
なんとなく、話しながら歩く。
最近、なにをしても、めぐるのことを思い出すという話をされる。
「何故なんだろうな?」
と問われ、
「なんでだろうな」
と返す。
こいつ、ほんとに将棋以外のことは賢くねえな、と健は思っていた。
答えを教えてやってもいいが、自分で悩むのも、またよかろう。
でもまあ、考えすぎて、一度将棋から離れたこともあるやつだし。
ほどほどのところで止めてやらねば……
と思ったところで気がついた。
そういえば、こいつ、人生蛇行してるわりに、もう竜王とかなってるし。
スランプとか言って、人間らしくなってきたと思ってたのに。
あっという間に、可愛いめぐるんちゃんとお近づきになってるし。
こいつ恵まれすぎだよな。
人生修行にちょっと悩んだ方がいいよな、うん。
そう思いながら、田中と別れ、店の前に行ったとき、早くから来ていた女の子たちと出会った。
「あっ、健さん、こんにちは~っ」
「今度英検受けるんで、英語教えてください~」
「いいよ……」
って、なにしに来てるの、君ら、と健は常連の女子大生たちを見る。
将棋クラブで知り合いになったおじさんに頼まれて働いているのだが。
アットホームで明朗会系なホストクラブだった。
女の子のひとりが、去りかけていた田中の方を見ながら訊いてくる。
「健さん、あのイケメンさん、もしかして、新人さんですかっ?」
彼女らは将棋の番組やニュースは見ていないらしい。
健は、帰ろうとしていた田中の腕を後ろからむんずとつかんだ。
「田中さん、指名入りました~」
と言いながら、なんだっ!? と振り返る田中を引きずって店に連れていく。
「なんのお仕事されてるんですか~?」
「健さんとお友だちなんですか?
同じ大学だったとか?」
「健さんも頭いいけど、田中さんもよさそうですもんね~」
田中は気がついたら、健の勤めるホストクラブに連れ込まれていた。
ほんとうはまだ開店前らしく、他のホストの人は来ておらず。
健はというと、何故か、カウンターに座り、スマホゲームをしている。
おい、それがやりたくて、俺を引っ張り込んだんじゃないだろうなっ?
と思いながら、女子大生二人に両脇を固められ、田中は身動きできずに、じっとしていた。
完全にホスト失格だ。
いや、ホストではないのだが……。
まるで雇われている従業員のように店内を掃除しているのが、ここのオーナーだ。
最初会ったとき、フライドチキンを売る仕事の人かと思った。
あの店の前に立っているおじさんそっくりの外見だからだ。
「あ、オーナー。
そこ、あとで俺がやりますから」
と言いながら、まだ健はスマホの画面の上で忙しく指をすべらせている。
「今、大事なとこなんで」
おい、ホスト。
大事なの、そっちか、と思った気配を感じ、健は顔も上げずに、
「これで俺の運命が決まるんだ。
時間が勝負なんだよ」
と真顔で言う。
格好いいキメ顔だったが、使うところが違うと思うぞ、ホスト……。
オーナーは、
あ~、田中さん、こんなところに引っ張り込まれちゃって~という顔をしていたが、助けてはくれなかった。
なんか面白いから見とこう、と思っているようだった。
「新人さんじゃないのなら、臨時のアルバイトの方ですか?」
「ふだん、なにされてるんですか?」
……なにをしているかは知られたくない。
週刊誌やネットニュースのネタになりたくない。
『田中竜王、深夜のアルバイト』
という記事が頭を駆け巡っていた。
いや、まだ全然深夜でもないのだが……。
その記事の載った週刊誌を嬉しそうに持ってくる、めんどくさい雑誌の編集者、若林の姿がリアルに思い浮かんだ。
誰か……
助けてくれ。
……めぐるんっ。
思わず、スランプから助け上げてくれたり、叩き落としてくれたりするめぐるんに助けを求めていた。
「おい、健っ。
いいのか、仕事しなくてっ」
しびれを切らして立ち上がると、スマホから目を離さないまま、健は言う。
「まだ開店時間じゃないから。
あ、ごめん。
田中が相手してるんじゃヒマだよね」
と言いながら、健は手を伸ばし、ラジオのスイッチを入れた。
夕方の情報番組が流れはじめる。
いや、ラジオでお茶濁すホストクラブどうなんだっ?
と思ったが、いつものことなのか、彼女たちはスルーだった。
「そうだ。
今度、就活のために英検受けるんですけど。
田中さん、ちょっと見てもらえますか?」
どんなホストクラブだっ、と思ったとき、ラジオから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「はじめまして。
天花めぐるです」
……めぐるんっ!
何故、ラジオにっ。
めぐるはラジオで紹介され、いろいろ質問とかされていた。
動揺のあまり、口から全部出てしまう。
「……めぐるんに助けてもらおうと思っていたのに。
何故、お前はラジオに出てるんだ」
「えっ?
天花めぐるさんとお知り合いなんですか?
私、めぐるさんのスイーツ大好きなんです。
夢があって」
「私もっ。
すごく繊細な甘さっていうか。
ご本人も繊細な方なんでしょうね。
透明感がある綺麗な顔してらっしゃるし」
……透明感?
ああ、顔とスタイルだけは。
あと、なにか考えてんのかわかんない浮世離れしてる感じがあるから。
ほんとうにこの世にいるのかいないのかわからない、という意味の透明感だろうか。
っていうか、この人たちは本当に今のラジオを聴いていたのか。
こいつ、どうしようもない話しかしてないぞ。
秘めておける恥をわざわざラジオにさらしに来たのだろうかと思うくらいだ。
「今、てを育ててるんですよ~」
とめぐるは言って、
「えっ? 『て』ですか?」
と訊き返されていた。
「手の中に『て』の字みたいな手相があるといいと聞きまして。
だから、てを握ったり閉じたりして、育ててるんです~」
「……そうなんですか~」
ラジオの人を困らせるな……。
「――というわけで、めぐるさんへの質問はまだまだ受け付けております。
質問してくださった方の中から、抽選で、めぐるさんが持ってきてくださった、めぐるさんの著書「天花めぐるのらくらくスイーツ」を五名様にプレゼント」
「はい、どすどすご応募ください」
「噛んだ……」
「噛んだね」
と健もついにスマホから顔を上げて言う。
しかも、本人気づいてなさそうだ、と思ったとき、健が言った。
「ねえ、めぐるんに連絡してみたら?
これ、生放送じゃない?
このラジオ局、すぐ近くだし。
帰りに寄りなよって言ってみるとか。
くそっ。
肩に激痛がっ」
いや、もうゲームやめろよ。
そして、どこまでが俺へのアドバイスなんだよ……、
と思いながら、田中は聞いていた。
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