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そんなメニューはありません
雑誌の記事の内容
しおりを挟むこのときは、若林に訳のわからないことを言われて可哀想に、と田中から同情されためぐるだったが。
のちに、この感想は逆転する。
雑誌が発売される前日、三木家から二人にお誘いがあった。
「めぐるんちゃんの記事が載ってる雑誌、明日発売でしょ?
買って、健ちゃんたちのところに行くから、みんなで読まない?」
あの女子大生たちも来ていて、全員で雑誌を読むことになった。
まあ、めぐるはもちろん、あらかじめ読んでいたのだが――。
若林 「めぐるさんの人生を変えたスイーツはなんですか?」
天花 「えっ? 人生を変えたスイーツですか?」
若林 「今、めぐるさんが作っていらっしゃるスイーツの根幹となったようなスイーツです」
「若林、このインタビューは意外とまともだな」
と言う田中に、横から覗いためぐるが、
「いえ、紙読み上げてただけですよ。
若林さんですから」
と答える。
天花「ミルメークですかね」
……ミルメークと全員が雑誌を見ながら呟く。
「あれ、スイーツか?」
と田中が言った。
天花 「ミルメークはスイーツの金字塔です」
「……これはほんとうにお前が言ったのか?
若林の曲解とか暴走ではなく?」
「だって、給食で出るミルメークのココアとか、最初飲んだとき、衝撃的じゃなかったですか?」
と言うめぐるに女子大生たちが、
「わかります~。
それで、スーパーで見つけて買って、家で飲んだら、そうでもないんですよね~」
と笑う。
「ミルメークから派生してってできたの? このお菓子……」
と上から覗き込んでいる健が、インタビューページにある、上品かつ繊細な形のフランボワーズのムースを見て呟く。
若林 「めぐるさんに影響を与えたスイーツ職人さんとかいらっしゃいますか?」
天花 「知育菓子の会社の職人さんですかね?
すごくないですか、知育菓子って。
知育菓子って名前もすごいし」
田中は対局時の長考のあとのように、ふーっと息を吐いて、背を伸ばした。
「……最終的には、天花めぐるさんの独創性はそういったところから来ているのでしょうとか、編集部、上手い具合に話をまとめているが、困ったろうな」
「何故ですか。
訊かれたことを答えたまでですが……」
「もっと違う感じの話を聞きたかったのでは?」
「……なんかそういうの、前、安元さんに言われましたね」
そんな風に若林の方が同情を集めたのだが。
この時点ではまだ、誰もその記事を読んでいなかったので。
大変だったね~、とめぐるはみんなに言われていた。
「どうですっ?
薔薇ですっ」
おおっとみんながどよめく。
女子大生たちが生クリームでケーキをデコレーションするのが上手くできないと言うので、めぐるが皿の上に薔薇を絞り出して見本を見せたのだ。
「すごい天才パティシエ様の薔薇って感じだ」
と覗きに来ていた他のホストたちが言う。
「いや~、別にそんな変わりませんよ……」
とめぐるは言うが。
めぐるが次々に生み出していく繊細な作りの薔薇は、まるでコピーしたようにそっくりだった。
「ここまで来ると、なんか怖い。
おねえさん、機械かなにか?」
とホストのひとりが言い、田中が怯えたように言う。
「お前、いつかの無になる和菓子みたいに狂ったように練習してそうだな」
そのあと、みんなも交代でやってみた。
「あ、上手ですね。
可愛らしい感じです」
とめぐるは女子大生たちを褒め、
「さすが、三木家さん。
ゴージャスな感じですね」
と三木家を褒め、
「さすが器用ですね、みなさん」
とホストたちを褒めた。
「田中さん、開きすぎてハスの花みたいになってますよ。
でも、ありがたい感じですよね」
と大きな背を丸めて前のめりに生クリームを絞っている田中に言うと、
「めぐるちゃんて、褒め上手だよね」
とカウンターで休憩していた健が笑う。
「もう一回やらせてくれっ」
と言う田中に、健が、
「あ、この負けず嫌い。
言うと思った」
と言う。
「めぐるさんっ、ご指導お願いしますっ」
「めぐるん様っ」
他の客もみんな、めぐるのデコレーション講義に殺到した。
オーナーが、
「本日のナンバーワンはめぐるんちゃんだねえ」
一番指名かかってる、と言って笑う。
「田中、ホスト勝負に負けたんだから、めぐるんちゃんに今度なにかおごってやれよ」
と健が言って、まだ生クリームの絞り袋を手にしたままの田中が振り返る。
「いや、いつ、そんな勝負したっ?」
と叫んでいた。
「また、下手なサインを書いてしまいました」
帰り道、めぐるは、そんなことを呟きながら、おのれの両手を見つめていた。
またつまらぬものを斬ってしまったみたいなことを言っている……と思いながら、田中は一緒に歩いて帰る。
帰り際、めぐるは店の人や客たちにねだられて、サインを書いていた。
もちろん、田中も書かされた。
自分が何者か知っていて、三木家などは黙ってくれていたようなのだが。
他の人たちにサインを書いていると、三木家も、
「じゃあ、私も」
と言ってきた。
女子大生たちも、
「じゃあ、私たちも。
すみません」
と言ってきたので、サインしたが。
彼女らは『田中一郎』という名前を見て、
「誰?」
と言っていた……。
呑み屋の置き看板にぶつかりそうになりながら、めぐるは歩く。
「練習してるんですけどねえ。
私、自分の名前、下手なんですよ。
なんかバランスとりづらくって」
「そうか?」
と言ったが、自分にとっては、どれもこれも書きにくい字なので、なんの字ならバランスとれるのかわからなかった。
「山田って字は比較的上手く書けるので、たまに山田さんて人と結婚したくなるんですよね~」
サインのために!?
どこの山田と!?
っていうか、田中も田の字、一緒だぞ。
いや、どうでもいいんだが、と思いながら、話題を変えるように田中は言った。
「そういや、もう遅いが。
あの店で、まともなもの食べてないな」
「そうですね。
なんかつまみっぽいものばっかり食べてましたもんね」
「……健に、おごれと言われたことだし。
なにかおごってやるよ」
そう。
健に言われたからだ。
俺がお前と食べに行きたいわけじゃない、と思ったとき、めぐるが言った。
「えっ?
別にいいですよー」
――……。
「でも、食べには行きましょうよ」
と微笑まれ、何故かホッとする。
「なにが食べたい?」
飲み屋街を歩きながら、田中はめぐるに訊いてみた。
スナックなどのある通りを抜けると、駅前に出る。
居酒屋や小洒落たイタリアンの店などが並んでいた。
田中がもつ鍋の店を見ると、めぐるは微妙な顔をする。
……あまり好きではないようだ。
入り口の小さな寿司屋を見る。
……高そうだなあ、という顔をする。
棋士同士で腹の内を探り合うときとは違い、めぐるの表情を読むのは簡単だった。
こいつ、ご飯はなににしようかなと思っているときは、絶望のタヌキじゃないな、と思いながら、その瞳を見つめようとしたが。
視線が合いそうになって、慌ててそらした。
そのとき、ふと、木製の板に毛筆で豪快に店名が書いてある焼肉屋が目に入った。
肉がメインだが、いろんなメニューがあるらしく。
ほぼ、居酒屋みたいな感じだ。
店の壁にある黒板には手書きでメニューがたくさん書き殴ってあるようだ。
……男はこういう感じ好きだが、女子的にはどうだ?
こいつも一応、女子だからな、と思いながら、振り返ると、めぐるは同じように目を輝かせて店内を覗いていた。
今度こそ、視線が合う。
めぐるもこちらの感情をすぐに読んだようで、言った。
「ここ、行きましょうかっ」
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