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田中竜王VS天花めぐる
イベント当日
しおりを挟む「将棋のイベントとか初めてですっ」
その日、ホテルに到着しためぐるはどきどきしていた。
すると、その横でホテルの支配人と担当の人もどきどきしていた。
「私たちもですっ。
竜王戦があるときもどきどきしますが。
こういうイベントは慣れていないので、緊張しますっ」
三人はお互いの心の内をさらし合い。
お互い頑張りましょうっ、とスクラムを組む。
「田中竜王はもういらっしゃってますよ」
と言われ、控え室に行ってみる。
田中はもう着物に着替えていた。
「あ、素敵ですね」
羽織も袴も白っぽいのが、田中の整った顔を引き立てている。
田中に訊いたら、
「いや、あいつは黒系が多いから、今日もかぶらないように、白系にしてみた」
と言う。
そういえば、黒木田さん、黒のイメージだな。
名前のせいもあるかもしれないが、とめぐるは思う。
「和装で指すのって、きつくないですか」
「……ちょっと動きづらい」
と田中は袖をつかみながら、そう本音をもらす。
「でもせっかく見に来てくれている人たちのためには、和装の方がいいかと思って着てきた。
黒木田もそうだろう。
着物での動きになれるために、普段からちょっと着てみたり、着付けの練習もしてみたりしているから、まあ大丈夫だ。
タイトル戦は着物が多いし」
普段から着てみてるんですか。
なぜ見せてくれないんですか、とファン目線で思ってしまう。
「お前の方は大丈夫なのか」
打ち合わせに向かう田中と廊下を歩きながら話す。
「はい。
イベントで出すお菓子はもう作って搬送してありますし。
……あとは、田中さんたちが、
あ、いえ、田中竜王たちが私のスイーツを頼んでくれるかにかかっています」
頼めと脅してるみたいな言い方になってしまったな……、と反省し、めぐるは言った。
「いえいえ。
ご当地メニューも誰か頼んであげなければいけないのはわかってるんですけどね」
「黒木田が頼むんじゃないか?」
「いや、俺もめぐるんのメニューを頼む」
そんな声が後ろからした。
黒木田が立っていた。
二人は衝撃を受ける。
――白い着物だっ!
「……ずっと黒だったから、ひっくり返ってみたんですかね?」
「オセロか」
「いや、あつらえたまま、あまり着てなかったやつなんだが。
お前に負けて、まっさらな気持ちでやり直そうと思って着てきた」
「そうか。
白も似合うと思うぞ」
「ありがとう。
お前もなんでも似合うぞ」
なんか変な友情が芽生えている……。
「それと――
俺はまだ、めぐるんを諦めていない」
田中が衝撃を受けた顔をする。
「めぐるんを手に入れるために、何度でもお前に挑もう」
「……黒木田さん」
「めぐるん」
「今、健さんか、若林さんか久門さんと話されました?」
「なぜ、わかった」
「いえ、めぐるんになっているので、つられたのかなと……」
そうめぐるは言った。
「あいつはあれだな。
勝負をはじめたら、なんでも勝たないと気がすまないやつなんだな」
スタッフに呼び止められた黒木田と別れて歩きながら、田中は言う。
「なぜ、あなた方は勝負をはじめてしまったんですか……」
「はじめたの、俺じゃないぞ、久門だ」
頑張ってください、応援してます、と控え室に入る田中に言う。
遅れて黒木田がやってくるのが見えた。
「めぐるん。
この対局に勝ったら、結婚してくれ」
「あのー、黒木田さん。
棋士の方はみなさん、負けん気が強いのかもしれませんが。
好きでもない女と結婚するのはよくないと思うんですよ」
「好きかどうかはわからないが、お前のことが気になる」
「なぜですか」
「若林さんに聞いて、お前の弟のブログを読んだ」
若林ーっ。
「あれから、お前のことが気になってしょうがない。
俺はお前のファンなんじゃないかと思う」
いや、ファンなのは、雄嵩のブログのではないですかね……?
そのとき、
「あのー、すみません」
と記者の腕章をつけている若い男が声をかけてきた。
「……週間ジャーナル」
と黒木田がぼそりと言う。
「どこかで聞いたような名前ですね」
「お前と久門の記事を書いた週刊誌だ」
あっ、とめぐるが声を上げると、すみませんっ、と記者は苦笑いする。
「いや~、あんなところを二人で楽しげに堂々と歩いてらしたので、オープンな関係なのかなと思って」
書いてしまいました、と悪びれもせず言う。
「二人でいたわけじゃないですよ。
田中さんだっていたじゃないですか」
「そうなんですよ~。
すみませんでした。
あとで聞いて。
なんだ、じゃあ、田中竜王との記事にすればよかったと思って」
いや……懲りてください。
「田中竜王に気づかなかったんですよね~」
「……そんなことって、あります?」
あの長身であれだけのイケメンで。
無骨な感じではあるけど、すごいオーラを放っている田中さんに気づかないとかあるんですか、とめぐるは思う。
私なんて、田中さんが点のようにしかテレビに映ってないときでもわかるし。
「あ」
って遠くから聞こえただけで、田中さんがいるってわかるのに。
「いや~、よく似てるなあ、とは思ったんですが。
あなたに向かって、ありえないくらい優しく笑っていたので。
めぐる先生には、対局中とは全然違う顔を見せるんですね」
「……俺もめぐるんには、対局中とは違う顔を見せるぞ」
黒木田はキリッとしてみせた。
……ふだんより顔つきが厳しくなった。
「ともかく、訂正記事を載せてくれ」
いや、なぜ、黒木田さんが要求するのですか。
助かりますが……と思ったとき――。
「おっとーっ。
訂正記事を載せるなら、訂正記事の訂正記事を載せてもらうことになるよっ。
なぜなら、めぐるんちゃんは、僕がもらうからねっ」
「……久門」
と黒木田が眉をひそめた。
ほんとうに苦手そうだ。
「なんでいる」
「僕もゲストじゃん」
「久門さんが一般の人から勝ち上がってきた人と対局されるんですよ」
となぜかこの中で一番詳しい記者の人が教えてくれる。
「……お前がいるだけで、騒がしい粒子が飛んでくる。
俺たちの対局の間、どこかに隠れてろ」
と黒木田はゲストに無茶を言う。
「めぐるんちゃん、僕が一般人の人に勝ったら、結婚してよ」
「……勝たなかったら、大問題だろ」
と黒木田は言うが、
「なに言ってんだよ、強い人はほんとに強いよ」
と久門は言う。
「そういえば、健さんが抽選に当たって出てます……」
みんなが微妙な顔をした。
ほんとに強かったんだな、健さん……。
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