同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ

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田中竜王VS天花めぐる

竜王VS名人

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 めぐると目が合うと、めぐるは、

 田中さん、頑張ってっ、という視線を送ってきた。

 いや、お前のスイーツにより、気が散ってしょうがないんだがっ。

 というか、黒木田も、なぜ、俺をイメージしたら、こうなるんだっ!?
という目でこっちを見てくる。

 いや、知るかっ。

 そのとき、
「めぐる先生、どうして、お二人をイメージしたら、こういうスイーツになったんですか?」
と司会が訊いてくれた。

 健が参加したアマチュアのトーナメントのときは将棋連盟のスタッフがやっていたが。

 今は、地元のアナウンサーがやっている。

 訊いてくれて、ありがとうっ、と二人は司会の男性を熱く見つめた。

 だが、
「それは――」
とめぐるが言いかけたとき、ステージ下にいたスタッフが司会に合図を送った。

「あっ、そろそろ対局のお時間のようですね。
 では、めぐる先生には、お二人がスイーツを召し上がられるときに、解説していただきましょうかっ」

 スタッフ~ッ! と黒木田と二人、同時に下を見た。

 ひっ、とその若い男性スタッフが固まる。

「両者、気迫に満ち満ちていらっしゃるようです。
 さすが竜王戦直後の対局ですねっ」
と司会が盛り上がりそうな気配に笑顔で言った。

 いや、竜王戦関係ないっ。
 そこの呑気女のせいだっ。

 ステージ上の解説では、当たり障りのないことしか言わないだろう。

 これは……

 焦ることなく、だが迅速に対局に勝利し、早くめぐるに訊かなくてはっ。

 なぜ、黒木田の方が愛と光に満ち溢れた湖畔のスワンなのかとっ。

 

 そのころ、黒木田も思っていた。

 なぜ、田中の方が漆黒のパフェッ。

 黒といえば俺だろうっ。

 ちなみに、なぜ、いつも俺が黒系の着物を着ているかと言うとっ。

 単に格好いいからだ――っ!
 


「さすが竜王VS名人。
 すごい迫力だな」

 芝生の上で、屋台で買ったスイーツを食べながら、健は二人の勝負を見つめていた。

「お祭りなのに、盛り上がってますね~。
 やはり、今、田中くんの一番のライバルは黒木田名人ですね。

 これは名人戦も楽しみですね」
と師匠がほくそ笑む。

 田中はもちろん、名人戦も順調に勝ち上がっていた。

「いよいよ、田中竜王名人の誕生ですかね」

 そう笑う師匠の言葉に、

「……あいつ、スランプじゃなかったのか」
と健は呟く。

「めぐるんのスイーツに惑わされて、スランプを忘れたのだろうか……。

 ……いや、そもそもあいつにとって、スランプとは?」

 ぶつぶつと健がそんなことを言っているところに、おじいさんが屋台で売っている方のめぐるスイーツを手にやってきた。

 囲碁のおじいさん、明田あきただ。

「そういえば、さっきのトーナメント、すごい勝ち残ってましたねー」
と健は笑いかける。

 いやいや、とカップに入ったスイーツを手に明田が言ったとき、記者の腕章をやっている若い男が駆けてきた。

「あのっ、里村名誉棋聖きせいですよねっ? 囲碁のっ」

 えっ? とみんなが振り返る。

「ははは。
 昔の話だよ。

 今はね。
 趣味で将棋をやってるんだ」

「囲碁を極めたからですかっ」
と身を乗り出し、記者は訊く。

 どうもこの明田―― 里村名誉棋聖のファンらしい。

「極められてはいないよ。
 囲碁も将棋も、どちらも人が一生かけても極められるものではないからね。

 だから、私は生まれ変わってもまた、囲碁を打っているだろうと思うね」

 そう明田は言う。

「深い言葉ですね」
と師匠は頷き。

 健は、記者が週間ジャーナルの名前の入ったIDカードをさげているのに気づいて言った。

「……ほんとうですね。
 おかしな週刊誌の記事など吹き飛ぶほどに、いいお話ですね」

 いやあ、と記者は苦笑いして誤魔化そうとする。

 まあ、彼もほんとうは、あんなスキャンダルを書くよりも。
 囲碁や将棋の対局を普通に記事にしたいのかもしれないが――。



「囲碁にハマりすぎて、離婚されたんだが。
 最近、また結婚してね。

 妻の家に入婿に入ったんだよ。

 そしたら、近くに藤浦ふじうら九段の将棋クラブか引っ越してこられて。

 これはいいと、将棋を習いに通いはじめたんだよ」

「いや~、私も嬉しいんです。
 名誉棋聖きせいに囲碁を教われるなんて。

 これで、将棋連盟の囲碁部で勝てます」
と言って、師匠は笑う。



「二人とも慎重派に見えて、意外に大胆に攻め込んでいくし。
 早指しにしても、今日は特別決断が早いから。
 両者、勢いに乗ってるように見えますね」

 健は地域の特産フルーツジュースを飲みながら、スクリーンに映し出されている二人の手元を見ていた。

「今日は特に田中くんが早いね。
 黒木田名人もつられて、テンポが上がってってるようだよ」
と師匠が言う。

 

 ステージ左下のテントから対局を眺めているめぐるのところに、ルカがやってきた。

「どうよ。
 イケメン棋士二人があんたを賭けて戦ってるの」

「……私なんて賭けてないよ。
 っていうか、勝負がはじまったら、二人とも、私のことなんて頭にないと思うよ」
とめぐるは盤上だけを見つめている田中を見る。

「あんたも一旦、お菓子作り出したら、他のこと、頭にないでしょう?」

 そうかもね、とめぐるは認めた。

「この間の城作ってるときとか。
 構想練ってるときは完全に奥深い森の中に住んでたし」

 そんなことを言っている間に、黒木田が投了した。

「あらら。
 勝負めしもスイーツもいらなかったじゃない。

 田中竜王のスランプってなんなのかしらね。

 ――あんたと同じなんじゃないの?」

 ステージを見ながら言うルカを、え? と振り向く。

「正直、私たち一般人には、あんたがスランプだったのかどうかさえわからなかったわ。

 しかし、やっぱり、二人とも格好いいわね。

 着物姿もいいし。
 知的な表情とか。

 将棋指すときの所作の美しさとか。

 田中竜王とか、普段はぼんやりしてるところもある気がするし。
 あんたと話してると、つられるみたいで。

 あれっ?
 この人、実はマヌケなんじゃと思うときもあるけど。

 対局してるときは別人ね」

 格好いい、と言うルカに、
「いや~、田中さんは普段から格好いいよ」
とちょっと笑ってめぐるは言った。

 町中華探して一緒に迷っているときも。

 私の絶望のタヌキの目にゾッとしているときも。

 私の『にーろくふ』に惑わされているときも――。

「なにのろけてんのよ」
とルカに肘で腕をつつかれ、

「いや、のろけてるとかじゃないよ。
 ただ、田中さんが格好いいって言ってるだけじゃん」
と主張する。

 だが、ルカは、
「やめてよ、聞いてる方が恥ずかしいっ」
と騒いで、後ろを通った将棋連盟のおじさんに咳払いされていた。

 慌てて二人とも小声になる。

「そうだ、ルカ。
 今度、同窓会しよ。

 この間のやつ、ルカ来てなかったし」

「……そうだね」

 ルカはこちらを向いて、照れたように笑った。

「なに?」

 いやいや、と言って、そのまま行ってしまう。

 

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