35 / 44
田中竜王VS天花めぐる
竜王VS名人
しおりを挟むめぐると目が合うと、めぐるは、
田中さん、頑張ってっ、という視線を送ってきた。
いや、お前のスイーツにより、気が散ってしょうがないんだがっ。
というか、黒木田も、なぜ、俺をイメージしたら、こうなるんだっ!?
という目でこっちを見てくる。
いや、知るかっ。
そのとき、
「めぐる先生、どうして、お二人をイメージしたら、こういうスイーツになったんですか?」
と司会が訊いてくれた。
健が参加したアマチュアのトーナメントのときは将棋連盟のスタッフがやっていたが。
今は、地元のアナウンサーがやっている。
訊いてくれて、ありがとうっ、と二人は司会の男性を熱く見つめた。
だが、
「それは――」
とめぐるが言いかけたとき、ステージ下にいたスタッフが司会に合図を送った。
「あっ、そろそろ対局のお時間のようですね。
では、めぐる先生には、お二人がスイーツを召し上がられるときに、解説していただきましょうかっ」
スタッフ~ッ! と黒木田と二人、同時に下を見た。
ひっ、とその若い男性スタッフが固まる。
「両者、気迫に満ち満ちていらっしゃるようです。
さすが竜王戦直後の対局ですねっ」
と司会が盛り上がりそうな気配に笑顔で言った。
いや、竜王戦関係ないっ。
そこの呑気女のせいだっ。
ステージ上の解説では、当たり障りのないことしか言わないだろう。
これは……
焦ることなく、だが迅速に対局に勝利し、早くめぐるに訊かなくてはっ。
なぜ、黒木田の方が愛と光に満ち溢れた湖畔のスワンなのかとっ。
そのころ、黒木田も思っていた。
なぜ、田中の方が漆黒のパフェッ。
黒といえば俺だろうっ。
ちなみに、なぜ、いつも俺が黒系の着物を着ているかと言うとっ。
単に格好いいからだ――っ!
「さすが竜王VS名人。
すごい迫力だな」
芝生の上で、屋台で買ったスイーツを食べながら、健は二人の勝負を見つめていた。
「お祭りなのに、盛り上がってますね~。
やはり、今、田中くんの一番のライバルは黒木田名人ですね。
これは名人戦も楽しみですね」
と師匠がほくそ笑む。
田中はもちろん、名人戦も順調に勝ち上がっていた。
「いよいよ、田中竜王名人の誕生ですかね」
そう笑う師匠の言葉に、
「……あいつ、スランプじゃなかったのか」
と健は呟く。
「めぐるんのスイーツに惑わされて、スランプを忘れたのだろうか……。
……いや、そもそもあいつにとって、スランプとは?」
ぶつぶつと健がそんなことを言っているところに、おじいさんが屋台で売っている方のめぐるスイーツを手にやってきた。
囲碁のおじいさん、明田だ。
「そういえば、さっきのトーナメント、すごい勝ち残ってましたねー」
と健は笑いかける。
いやいや、とカップに入ったスイーツを手に明田が言ったとき、記者の腕章をやっている若い男が駆けてきた。
「あのっ、里村名誉棋聖ですよねっ? 囲碁のっ」
えっ? とみんなが振り返る。
「ははは。
昔の話だよ。
今はね。
趣味で将棋をやってるんだ」
「囲碁を極めたからですかっ」
と身を乗り出し、記者は訊く。
どうもこの明田―― 里村名誉棋聖のファンらしい。
「極められてはいないよ。
囲碁も将棋も、どちらも人が一生かけても極められるものではないからね。
だから、私は生まれ変わってもまた、囲碁を打っているだろうと思うね」
そう明田は言う。
「深い言葉ですね」
と師匠は頷き。
健は、記者が週間ジャーナルの名前の入ったIDカードをさげているのに気づいて言った。
「……ほんとうですね。
おかしな週刊誌の記事など吹き飛ぶほどに、いいお話ですね」
いやあ、と記者は苦笑いして誤魔化そうとする。
まあ、彼もほんとうは、あんなスキャンダルを書くよりも。
囲碁や将棋の対局を普通に記事にしたいのかもしれないが――。
「囲碁にハマりすぎて、離婚されたんだが。
最近、また結婚してね。
妻の家に入婿に入ったんだよ。
そしたら、近くに藤浦九段の将棋クラブか引っ越してこられて。
これはいいと、将棋を習いに通いはじめたんだよ」
「いや~、私も嬉しいんです。
名誉棋聖に囲碁を教われるなんて。
これで、将棋連盟の囲碁部で勝てます」
と言って、師匠は笑う。
「二人とも慎重派に見えて、意外に大胆に攻め込んでいくし。
早指しにしても、今日は特別決断が早いから。
両者、勢いに乗ってるように見えますね」
健は地域の特産フルーツジュースを飲みながら、スクリーンに映し出されている二人の手元を見ていた。
「今日は特に田中くんが早いね。
黒木田名人もつられて、テンポが上がってってるようだよ」
と師匠が言う。
ステージ左下のテントから対局を眺めているめぐるのところに、ルカがやってきた。
「どうよ。
イケメン棋士二人があんたを賭けて戦ってるの」
「……私なんて賭けてないよ。
っていうか、勝負がはじまったら、二人とも、私のことなんて頭にないと思うよ」
とめぐるは盤上だけを見つめている田中を見る。
「あんたも一旦、お菓子作り出したら、他のこと、頭にないでしょう?」
そうかもね、とめぐるは認めた。
「この間の城作ってるときとか。
構想練ってるときは完全に奥深い森の中に住んでたし」
そんなことを言っている間に、黒木田が投了した。
「あらら。
勝負めしもスイーツもいらなかったじゃない。
田中竜王のスランプってなんなのかしらね。
――あんたと同じなんじゃないの?」
ステージを見ながら言うルカを、え? と振り向く。
「正直、私たち一般人には、あんたがスランプだったのかどうかさえわからなかったわ。
しかし、やっぱり、二人とも格好いいわね。
着物姿もいいし。
知的な表情とか。
将棋指すときの所作の美しさとか。
田中竜王とか、普段はぼんやりしてるところもある気がするし。
あんたと話してると、つられるみたいで。
あれっ?
この人、実はマヌケなんじゃと思うときもあるけど。
対局してるときは別人ね」
格好いい、と言うルカに、
「いや~、田中さんは普段から格好いいよ」
とちょっと笑ってめぐるは言った。
町中華探して一緒に迷っているときも。
私の絶望のタヌキの目にゾッとしているときも。
私の『にーろくふ』に惑わされているときも――。
「なにのろけてんのよ」
とルカに肘で腕をつつかれ、
「いや、のろけてるとかじゃないよ。
ただ、田中さんが格好いいって言ってるだけじゃん」
と主張する。
だが、ルカは、
「やめてよ、聞いてる方が恥ずかしいっ」
と騒いで、後ろを通った将棋連盟のおじさんに咳払いされていた。
慌てて二人とも小声になる。
「そうだ、ルカ。
今度、同窓会しよ。
この間のやつ、ルカ来てなかったし」
「……そうだね」
ルカはこちらを向いて、照れたように笑った。
「なに?」
いやいや、と言って、そのまま行ってしまう。
83
あなたにおすすめの小説
OL 万千湖さんのささやかなる野望
菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。
ところが、見合い当日。
息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。
「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」
万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。
部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。
後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~
二位関りをん
キャラ文芸
数多の女達が暮らす暁月国の後宮。その池のほとりにて、美雪は目を覚ました。
彼女は自分に関する記憶の一部を無くしており、彼女を見つけた医師の男・朝日との出会いをきっかけに、陰謀と毒が渦巻く後宮で薬師として働き始める。
毒を使った事件に、たびたび思い起こされていく記憶の断片。
はたして、己は何者なのか――。
これは記憶の断片と毒をめぐる物語。
※年齢制限は保険です
※数日くらいで完結予定
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
溺愛のフリから2年後は。
橘しづき
恋愛
岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。
そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。
でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる