同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ

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田中竜王VS天花めぐる

田中竜王をイメージしたスイーツ

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「あれっ?
 機嫌いいね、安元さん」

 遅れてやってきた若林がルカにそんなことを言ってきた。

「え?
 ああ、めぐるがルカって呼んでくれたんで」

 そう言うと、若林は小首をかしげる。

「元から仲いいのに、今?」

「めぐるの中では、私は、ずっと『変な曲かける安元さん』で止まってたんじゃないですか?」

 ようやく友達のルカになれた気がしていた。

「でも、おかしなお菓子出してきたら、遠慮なく記事でぶっ叩きますけどねっ」
と言って、若林に眉をひそめられる。

「おかしなお菓子って。
 ベタするぎるよ、安元さん……」

「いやいやいやっ。
 ギャグで言ったんじゃありませんからっ」
と言い合いながら、二人、記者用に作られたブースに向かう。
 


 対局後になってしまった田中の昼食は、地魚をふんだんに使った寿司だった。

 器も豪華、内容も豪華な寿司に黒木田が、

 こいつ、最初から食事どきには、勝利に酔うつもりで、こんな豪華なのを選んでいたのかっ!?
という顔をしていたが。

 いや、違う、と田中は心の中で言い訳をする。

 最初、メニューを見たとき、近くの養鶏場の卵で作ったオムライスが真っ黄色で美味しそうだな、と思ったのだが。

 自分がオムライスを選んだと中継されたら。

 食堂に行ったとき、百合香に、
「うちのじゃないオムライスは美味しかったかい?」
とか嫌味を言われそうで嫌だな、と思い選ばなかったのだ。

 ラーメンもいいなと思った。

 だが、ラーメンは最近、百合香の食堂のにハマっているので、これも選ばなかった。

 それで、なんとなく寿司にしてしまったのだ。

 量が少なめだったから、めぐるのデザートに集中できるなと思ったのもある。



 ちなみに、黒木田はそのオムライスだった。

 地元で採れたトマトのソースがかかったオムライス。

 黄色く、つるんと綺麗な形をしていて、美味しそうだった。



 食事は休憩も兼ねて、将棋連盟の人たちと話したりしながら、屋内でとったが。

 デザートはステージ上で、めぐるの解説を聞きながら食べるようだった。

 しかも、対局が予定より早く終わったので、急遽、久門と健までステージに上がり、スイーツを食べることになった。

「では、久門先生はどれになさいますか?」
と司会が微笑んで訊く。

「じゃあ、僕は――

 めぐるんちゃんのスイーツ、ふたつとも」

 両方とかありかっ、という顔を黒木田と二人でする。

 健が空気を読んで、
「あ、じゃあ、このフルーツパフェを」
と地元のスイーツを選んだ。

 だが、
「健、フルーツ好きだっけ?」
と久門が空気を読まずに訊く。

「……好きだよ」

「そうかー。
 じゃあ、また今度、対局するときも、フルーツあるといいねー」

「え……」

 久門はなにも考えていないようだった。

 なにも考えずに、これから先、健が将棋の世界に戻ってきて、また対局する未来が当然であるかのように言う。

 健は、
「……そうだな」
と久門に向けるにしては、珍しい笑顔を見せた。

 ……久門、たまにはいいこと言うじゃないか、と田中が思ったとき。

 待て、のきかない久門が、
「ねえこれ、もう食べていい?」
と運ばれてきた暗黒のパフェを指差した。

「えっ?
 いや、待ってくださいっ」

 今から解説しようとステージに上がってくるところだっためぐるが慌てて止める。

「いいじゃん。
 美味しそうなんだもん。

 めぐるんセンセー、一緒に週刊誌に載った仲でしょー」
と久門が言い、どっと会場が笑った。

 ……ちょっといい奴かと思ったのに。
 やはり相変わらずだな、と田中は呆れる。
 


 地元のスイーツの紹介が軽くあったあとで。

 いよいよ、めぐるの解説がはじまった。

 スクリーンに田中の手元にあるのと同じ、黒く艶やかなパフェが映し出される。

「こちらが、田中竜王をイメージして作った『絶望のパフェ』です」

 会場がどよめく。

 ……ほんとうに絶望のパフェだったのかっ。

「田中竜王、強すぎて、『盤上の死神』と呼ばれていると聞いたので。
 死神と対戦すると、絶望するなあと思って、名付けてみました」

 なんだ、そういうことか、と田中がホッとしたとき、めぐるが言った。

「ちなみに、スイーツの中身の方は、田中竜王をイメージした物を詰め込んでいます」

 ――俺をイメージッ!?

「さあ、竜王。
 お召し上がりくださいっ」

 めぐると司会が芝居がかった調子で言い、田中は手元を小型カメラで映し出される。

 ……なぜ、俺をイメージして、暗黒で真っ黒なんだ。

 腹黒なのは、俺より、久門とか……。

 いや、あいつはなにも考えてないな。

 少なくとも、黒木田の方が腹黒だぞ。

 めぐるの自分に対するイメージが気になり、将棋を指すときもそんな風にはならないのに、長いガラス製のスプーンを持つ手が震える。

 遠目にはただ黒く見えていたパフェだが。

 近くでライトが当たると、艶やかにきらめく。

 しかも、真上から見ると、濃い紫の大輪の花がグラスいっぱいに花開いていた。

「黒に近い紫のエディブルフラワーです」

 凍える真っ黒な海に沈む大輪の花。

 その美しさに会場がどよめいた。

 つるんとした凍った水面のようなゼリーから紫の花をすくい出す。

「珈琲だ」

 黒い部分は濃い珈琲ゼリーで。

 紫の花は甘く、ちょっと酸っぱく、シャリシャリしていた。

 パフェのグラスに触れている外周部分はすべて、このつるんとした黒いゼリーなのだが。

 深海にもぐるように食べ進むと、中身は違っていた。

 黒には違いないが。

 下の層は少し色が薄い。

 ムースのようだった。

「辿り着きましたね、田中竜王。

 また珈琲かな、と見せかけて。
 そこは、チョコムースですっ。

 これは絶望しない裏切りですけどね。

 実は、私、よく抹茶だと思ったら、ピスタチオで、絶望するんですよ」

 おい、全国のピスタチオファンを敵に回すな。

「でも、ピスタチオもおいしいですよね。

 というわけで、屋台では、りす型のピスタチオの焼き菓子がささったグリーンティーアイスを売ってますっ」

 宣伝も忘れない、か……。

 意外とちゃんとしたパティシエだ。

 しかしまあ、とりあえず、俺の心が暗黒だと思われてなくてよかった、と田中は、ホッとしたが。

「さあ、田中竜王っ。
 どんどん食べ進んでみてくださいっ」
とめぐるは言う。

 この先にまだ、なにかあるのかっ!?

  

 チョコムースの下はキラキラしたクラッシュゼリーだった。

 ほろ苦い珈琲の。

 ライトが当たって綺麗だが。

 なぜ、俺でこれなんだ、と田中は悩む。

 お前に想いを寄せて、砕け散る俺とか……?

 涙を飲んで食べ進むと、いきなり、暗闇のような珈琲ゼリーの中から、コロンと愛らしいハート型のゼリーが出てきた。

 ピンククオーツのような色をしている。

 これは……っ。

 もしや、俺の心の内にひそんでいた、お前への愛っ!?

 俺自身、お前を好きだなんて思っていなかったのに。

 すべて見透かされていたとはっ、と田中は、めぐるを見たが。

 めぐるは、なにも考えてなさそうな顔で、ふふふ、と笑う。

「はい、出てきましたねー。
 ピンクのハート。

 これは、イチゴの錦玉羹きんぎょくかん
 別名、琥珀糖です。

 琥珀糖作り、日本で流行ってるみたいですね。
 透明感があって、キラキラしてるから、SNS映えしますよね~。

 実は私、日本に帰ってきてから、ちょっと和菓子作りにハマってまして。

 今回、これ、田中竜王にピッタリだと思って入れてみました。

 第一印象、怖い感じだな、と思っていたのに。

 話してみると、意外にハートフル。

 珈琲ゼリーの中のピンクのハートで、そんな田中竜王を表現してみました」

 ……なんだ、ハートフルでハートか。

 田中は、ホッとしたが、会場は笑っていた。

 第一印象、怖い感じなのに、意外にハートフルで、こんなにウケるということは、みんな、俺のこと、第一印象は怖い感じ、と思っていたんだな……。

「さあ、めぐる先生のスイーツ、いかがでしたか?」

 そこでいきなり、司会に褒め言葉を要求され、田中は、えっ、と詰まる。

 確かに美味しかった気がするが。

 このパフェで、めぐるが自分をどう思っているのかわかる気がして。

 どきどきして、よくわからなかった。

「……お、美味しかったです」
と無難な答えしか返せなかったが、あとに答えた久門が、お前はグルメ評論家かみたいなことをベラベラしゃべってくれたので助かった。

 そして――

 問題の『湖畔のスワン』だ。

 なぜ、こいつの方が光輝くスワンなんだっ、と田中は、司会にすすめられ、まさに今、スワンに手をつけようとしていた黒木田を、ぎっと睨む。



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