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田中竜王VS天花めぐる
桂馬みたいに
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めぐるは控え室に戻ろうとする田中たちと廊下で出会った。
黒木田は、めぐるに、
「美味しかった。
今度、ぜひ、タイトル戦の対局で味わいたい」
と言って、熱く手を握って去っていった。
スタッフたちも去り、田中だけがそこに残った。
田中が少し困ったような顔をし、
「美味かった、暗黒で絶望のパフェ」
と言う。
いや、暗黒までは言ってない……と思いながらも、めぐるは、せっかく田中さんが褒めてくれてるんだから、と思って、つっこまなかった。
「よかったです。
お口にあって」
と言うと、田中は少し迷ったあとで、
「……なんでも美味いと言うつもりだった。
口にあわなくても」
と言い出す。
「駄目な判定者ですね」
とめぐるは笑う。
「……俺が負けたら、お前、なんて声をかけてくるつもりだった?」
「負けてもすごいと言うつもりでしたよ」
「お前も駄目な……
友人だな」
あ、とめぐるは微笑み言った。
「友人になれました?
顔を見たこともない同級生ですけど」
だが、田中は頷きかけて、
「いや……
やっぱり、なれてない」
と言う。
ええっ!? とめぐるは衝撃を受け、
「結構親しくなれたと思ったのにっ」
と田中に詰め寄ってしまう。
「いや、だからその……
親しくなりすぎて。
俺の中では――
飛び越えていったんだ。
桂馬みたいに」
「飛び越えてどこに行ってしまったんですか、私は……」
「…………どこにだろうな」
田中さん、将棋指す手、美しかったな、とさっき思い出していたのだが。
その手がそっと頬に触れてきた――。
だが、田中は、すぐに、はっとしたように手を離す。
「そ、そういえば、なんで俺をパフェにしようと思ったんだ?」
「あっ、えっ、えーとっ。
田中さんって奥が深いから。
いろんな田中さんの印象とか、物語が詰め込めるのがいいかなって思って。
あと……パフェの語源って、フランス語で。
完璧なって意味なんですよ。
完璧なスイーツ、という意味らしいです。
だから、完璧な田中さんに相応しいかなって」
「いや、なにも完璧じゃないだろ。
まだまだスランプだし」
「そういえば、私もまだまだスランプ中ですね~」
お互い頑張りましょうねっ、と励まし合ったあとで、めぐるは言う。
「あっ、そうだ。
今度また同窓会やろうって、ルカや清水と言ってたんですよ」
そこで、ちょっと照れたようにめぐるは付け足した。
「……また、隣の席になるといいですね」
「……そうだな」
歩き出した二人の手が触れる。
お互い、ビクッとしたあとで、なぜかペコペコし合いながら、離れて行った。
その日――。
めぐるたちは健の勤めているホストクラブに集まっていた。
「いろいろ書き足したいことがあったので、発売遅くなっちゃって」
と若林が言っていた、以前、インタビューを受けたときの記事を見るためだ。
めぐるがミルメークと知育菓子について熱く語っている記事だ。
「もっと違う感じの話を聞きたかったのでは?」
と田中に言われ、
「……なんかそういうの、前、安元さんに言われましたね」
とめぐるが言ったあと、
「あ、まだ記事続いてるみたいですよ」
と女子大生たちが言い、ページをめくった。
まだ次のページがあったようだ。
そこで、
「こんばんはー」
と若林とルカがやってきた。
「若林さん~っ」
とめぐるが雑誌を手に若林に訴える。
「あの、私と田中竜王が仲いいって記事はともかく。
なんですか、この『田中竜王VS天花めぐる』ってあおりはっ。
なんで戦ってるんですか、我々っ」
そうめぐるが言いつのっても、
「いや、ほら、結婚生活ってバトルですから」
と若林は笑っている。
「……結婚するとか言ってませんけど」
「えー?
もう住まいなくなったんでしょ? 取り壊されて。
田中竜王のところに住めばいいじゃないですか。
実家帰ってないで」
「いや……そんなことより、なぜ、俺の方の写真。
全部コスプレ写真なんだ」
「去年の王将戦のときのコスプレ。
僕は、第二局のときのが一番お気に入りです。
田中竜王が、レッサーパンダの着ぐるみを着て、威嚇するように両手を上げているのが、勝利の雄叫びのように見えて」
「いやっ、もっといい写真あっただろっ」
王将戦は一局ごとに、勝者がコスプレをする決まりになっているのだが。
なぜ、コスプレをすることになったのか。
はじまりが昔すぎて、今となってはわからないらしい。
「じゃあ、二人で撮ったクリスマスとかのロマンティックな写真くださいよーっ」
「あっ、若林さんっ。
それはうちがもらうからっ」
そして、二人で開運散歩だからっ、とルカは叫ぶ。
そうだな。
二人で開運散歩はいいな。
またお地蔵様に縛られてもらおう。
田中さんのために――
と思いながらも、めぐるは言った。
「ロマンティックなクリスマスなんて過ごしてませんよっ。
私が作ったケーキを二人で食べただけです。
取り壊す前の長屋で、川に映る明かりを眺めながら」
「充分ロマンティックでは……?」
と健が言い、
「やだ、素敵っ。
めぐるん様のクリスマスケーキを二人きりでっ」
と女子大生たちも盛り上がる。
「田中竜王、今年の王将戦はパティシエのコスプレなんてどうですか?」
とルカが言い、若林が、
「あ、そうだ。
めぐるん先生がバレンタインチョコを作って、サプライズで、竜王にプロポーズするのはどうですか?」
と言い出す。
いや、なぜ、私の方がプロポーズしてるんですか……。
そして、今、ここで言ったら、なにもサプライズになってませんよ。
「それで二人で花嫁花婿の格好して、写真撮るんですよ」
「待ってください。
コスプレするのは、王将戦の勝者だけでは?」
「じゃあ、田中竜王と黒木田名人が花嫁花婿でコスプレするとか」
「それだと両方勝っちゃってますけど……」
みんなと楽しく揉めながら、夜は更けていった。
同窓会じゃなくても、
ホストクラブでも、
電車でも、
家でも――
いつもなんとなく、隣には田中さんがいる。
たぶん……
ずっと一生。
いつも見惚れてしまう田中の細くて綺麗な手が、ソファの上に置いているめぐるの手をそっと握った。
振り向いても視線は合わない。
……合わないけど。
合わないところが、なんか田中さんらしくて、ホッとする。
めぐるもまた田中の方を見ないまま。
照れながら――
でも、ちょっとだけ、
田中の手を握り返した。
完
※続きにおまけを書きますね~(⌒▽⌒)
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