昨日、あなたに恋をした

菱沼あゆ

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なんだかんだで、目が覚めたら……

敵に回られると、こんな恐ろしい人はいない

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「は?
 俺じゃねえよ。

 俺、お前のマンションの下までしか送ってねーから」

 日子たちは社食を出たあと、自動販売機の前で、バッタリ星野と出会った。

 日子が語るまでもなく、羽根が全部話して、送ってってゲームやったのはあんたじゃないのかと星野を問い詰めたのだ。

 違うという星野に、何故か羽根が呆れてキレる。

「いや、なんで、そこで部屋まで行かないのよっ、あんたは~っ」

 すると、裕子は、
「じゃあ、楓さんとゲームやったのは、泥棒か幽霊で確定ですね~」
と笑い、

「そんな楓さんが心配なので、私、会議室まで送ります~っ」
と言って、日子についてこようとした。

「待ったっ」
と羽根が裕子の首根っこをつかむ。

「あんたは沙知見さん目当てでしょうがっ。
 じゃあね、日子。
 早く行きなよ」
と裕子を引きずり、羽根は去っていった。

 

 今日も沙知見さんに締め上げられてしまった。

 あの人、敵でなければ、心強い有能な人なんだろうが。
 敵に回られると、こんな恐ろしい人はいないからな……と思いながら、日子はトボトボ、マンションに帰っていた。

 いつかたまたま利害関係が一致し、共闘を組んだときは、こんなに頼りになる人はいないと思ったものだが。

 常日頃は敵なので、その鋭い言葉の矢を全身に浴びるばかり。
 もっとも会いたくない人間のひとりだった。

 ほどほどの高さのマンションの上にちょうど、ぽっかり月が浮かび、前庭の植栽から虫の音が聞こえてくる。

 ……あ、ちょっと和んだ、と日子が思ったとき、

「お帰り」
と下の方から声がした。

 玄関付近に草むしりをしているマンションの警備員がいる。

 日子に気づき、声をかけてきたらしい。

 日子はその長身でガタイのいい、濃い顔のイケメン警備員に笑顔で挨拶する。

東城とうじょう先輩。
 ただいま帰りました。

 ……草むしりも警備員の仕事なんですか?」
と日子が訊くと、東城は、いや、と言い、立ち上がる。

「単に暇だったから」

 すっと東城が立ち上がると、その顔や体格や姿勢のせいか。
 要人警護をしている人のように見えて。

 これから、なにかすごい事件が起こるのでは、とつい、周囲を窺ってしまいそうになる。

 東城は高校のときの先輩なのだが。
 なんだかんだで、今、ここにいる。

「先輩、防犯カメラって見ることできますか?」

「なにかあったのか?
 ストーカーか」

 いや、何故、ストーカー限定、と思いながら、日子は言った。

「……このマンション、泥棒入ることありますかね?」

「立場上、ない、と言いたいところだが、不可能ではないな。
 どうやったら侵入できるか教えようか」
と言われ、いえ、結構です……と日子は答える。

「泥棒が入ったのか?
 なにかなくなってるものでもあるのか?」

「いや~、特にないんですけど。
 誰か知らない人が、酔って帰った私と一緒に部屋でゲームをしてたみたいなんですよ」

「……それは単にお前が男を連れ込んだという話では?」

 いや、女なのか? と問われ、
「わからないです。
 ゲームにはシゲタカって登録してありましたけど。

 女性かもしれませんよね。
 ハゲタカの打ち間違いかもしれませんし」
と言うと、

「……何故、ハゲタカ」
と呟いたあとで、東城が言う。

「なんだかわからんが。
 泥棒かもしれないってことで、訊いてみてやろう」

 東城がすぐに警備会社に連絡してくれ、マンション入り口とロビーの監視カメラの映像を見せてくれたが。

 カメラには普通に帰ってきて、ひとりエレベーターに乗って上がっていく日子しか映っていなかった。



 しばらく映像を見ていると、家族連れがエントランスに現れ、日子と同じエレベーターに乗り、上がっていった。

「この家族連れとゲームをしたとか?」
「一家全員の名前があったのか?」

「……いえ」

 だが、実際のところ、このマンションの中の人間の可能性が高い。

「仲のいいご近所さんとかとやったんじゃないのか?」

「仲がいいのは、お隣の老夫婦くらいです。
 私、まだ引っ越してきて間もないですし。

 ……ありがとうございました」
と頭を下げ、日子は監視カメラに映っていたのと同じエレベーターに乗り、自宅のあるフロアに戻る。

 そう。
 『仲がいい』のは、お隣の老夫婦。

 部屋の鍵を開けようとして、少し迷い、日子は廊下を挟んで向かいの部屋のチャイムを鳴らしてみた。

 いないといいな、と鳴らしておいて思いながら。

 だが、
「はい」
とすぐに返事がある。

「あ、あのー、たいした用事じゃないので、インターフォン越しで結構です。
 沙知見さん。

 下のお名前、なんでしたっけ?」
 
 インターフォン越しで結構ですと言ったのに、沙知見はドアを開け、出てきた。

誠孝しげたかだ。
 書いてあるだろ、いつも書類に」

 裕子たちがクールなイケメンだと騒ぐ端正なその顔を覗け、仕事中と変わらぬ冷徹さで、そう言ってくる。

 ……いや、読み方までわからないじゃないですか。

 ねえ?
と日子は、『沙知見誠孝』を見た。

 腕組みし、自分を見下みくだすように見て誠孝は言う。

「なんだ。
 ぶっちぎりにゲームで負けた腹いせにやって来たのか。

 さっきは素知らぬ顔をしていたくせに」

「……いや、あなたもじゃないですか」
と言いながら、日子は思っていた。

 シゲタカの正体、

 泥棒よりハゲタカより、タチが悪かったようだ……、と。



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