昨日、あなたに恋をした

菱沼あゆ

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なんだかんだで、目が覚めたら……

緊張する原因

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 パリパリでいい感じに焦げ目のある餃子。

 豆腐と卵の中華風スープに回鍋肉。

 それに、ほかほかの白いご飯。

 普段、適当に食べているので、実家に帰ったときのようなメニューに、日子は思わず、お母さんっ、と誠孝に呼びかけたくなってしまった。

 ……美味しい。

 だが、しかしっ。

 チラと日子が誠孝の顔を窺うと、仕事中と変わらぬ顔つきの誠孝が訊いてくる。

「美味くないのか。
 食が進まないようだが」

「い、いえ、すっごく美味しいです。
 でも……」

 でも? という目で誠孝に見られた。

 日子は口に出していいものなのかな、と思いながらも言う。

「でも、部屋が綺麗すぎて、手が震えちゃって。
 この美しい部屋に、タレとかスープとか飛ばしてしまったらと思うと……」

「飛んだら、拭けばいいだろ。
 キッチンとダイニングテーブルの周りには、拭いたら汚れが落ちる素材のものしか置いてない」

 改めて見回してみたが、確かにそうだ。

 絶対汚したくない感じの真っ白なラグはソファの前にあって、ここからは離れている。

 そして、汚れたら、さっと拭けるように、テーブルにもキッチン周りにもほとんど物がない。

 片付け上手な人はこういうところが違うんだな……。

 今日帰ったら、キッチンの物減らそう、と日子は密かに反省していた。

「餃子、早く食べないと次が焼けるぞ」

「は、はいっ」
と慌てて、まだ熱々の餃子をひとつ、口に入れる。

 噛むとスープが出てくる小籠包ほどではないが、旨味成分がじゅわっと出てくる。

「……餃子は好きか?」

 誠孝にそう問われ、
「えっ、はいっ」
と日子は緊張したまま答える。

 そのまま真正面から見つめられ、カタカタとスープのれんげを震わせそうになってしまった。

 あのっ。
 緊張する原因は、もうひとつあるんですけどっ。

 その美しい顔で、まっすぐに見つめないでくださいっ。

 会議室はロの字型に長机が置かれているので、いつも誠孝とは距離があるのだが、今はそれより、ずいぶん近い。

 だが、ダイニングテーブルで向かい合って座り、距離が近いと思ってしまったのは初めてだった。

 友だちと話すときなどは、むしろ遠い感じがして。
 お互い、身を乗り出してしゃべってしまったりするのに。

 新品っぽい硬さの残るスリッパ様含め。
 いろいろと落ち着かないんですけど~、と思ったあとで、日子は、

 でも、こんな整った部屋に生息している沙知見さんにとっては、雑然とした私の部屋こそ落ち着かなかっただろうな~、と思う。

 だが、そこで日子は気づいた。
 今、沈黙がつづいてたっ、と。

「こっ、この中華スープ、絶妙の味ですねっ」

 朝飲んで出かけたら、身も心も温まって、いい感じに仕事ができそうですっ、などと慌てて言って、

「じゃあ、レシピを教えてやろう」
と言われてしまった。

 ……いいえ、教えていただいたところで作れません。

 いや、似たようなものはできるかもしれませんが。

 同じようには作れません、と思った日子は今言った、身も心も温まりますっ、という発言を撤回したくなる。

「あの~、知りたいのはやまやまなんですが。
 どのみち、私の腕では再現できないような気が……」
と苦笑いすると、誠孝は、

「そうか。
 じゃあ、また作ってやろう」
と言ってきた。

「えっ? ありがとうございますっ」
と反射で頭を下げたあとで、

 ……え? また? と日子は顔を上げる。

 だが、誠孝はそれ以上、その発言に触れることなく、テーブルの上にのっていたスダチを手にとった。

「お前が持ってきてくれた、このスダチ、なかなか役に立ったぞ」

 誠孝は餃子のタレを何種類か作ってくれたのだが。

「スダチとかあってもよかったな。
 スーパーまで買い物に行けばよかったんだが、コンビニですませてしまったから」
と言うので、日子がダッシュで実家のご近所さんからもらっていたスダチを何個かとってきたのだ。

 こういうとき、家が近いと楽だな、と思ってしまう。

 まあ、こんな機会、滅多にないだろうけど。

 また後輩さんが大量になにかを買ってこない限りは……。



「本日はどうもごちそうさまでした」

 日子は玄関で深々と頭を下げた。

「いや、こちらこそ、無理に誘って悪かったな。
 ところで、お前、結構呑んだよな?」

 何故か確認するように、誠孝はそう訊いてくる。

「はあ、持ってきた以上に呑んでしまいまして、すみません。
 いや~、近年、こんなに呑んだことはないというくらい呑みました~」

 日子はそう言い、ははは、と笑った。

 緊張で喉が渇いたのと、どうせ、家はすぐそこだという安心感と。

 そして、料理がとびきり美味しく、お酒に合っていたのとで。

 勧められるまま、ぐびぐび呑んでしまったのだ。

「ずいぶん、沙知見さんちのお酒も呑んでしまいましたので。
 今度、お礼に、いいお酒お持ちしますね~」

「いや、そんなことはいいんだが……」

 いいんだが? と日子が見上げると、誠孝はちょっとの沈黙のあと、

「……いいんだが。

 ……おやすみ」
といまいち話のつながらないことを言ってきた。

 だが、猛烈に眠くなってきた日子は、そのまま、

 はい、おやすみなさい。
 ごちそうさまでした、と頭を下げる。

「家入るまで見ておいてやるから、入れ」

 そう誠孝に言われ、ありがとうございます、と言いながら、日子は、とととっと廊下を横切り、自分の部屋の鍵を開ける。

 入る前に、振り返ると、また深々と頭を下げた。

「おやすみなさい」
と部屋に去る。



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