昨日、あなたに恋をした

菱沼あゆ

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なんだかんだで、目が覚めたら……

必ず、送り狼にならねばならないという決まりでもあるのですか

 

 歌ったあとの演歌歌手のように頭を下げていったな、と思いながら、誠孝は閉まった日子の部屋のドアを見ていた。

 ……今日は、ずっと緊張していたようだな。

 何故、今日は酔わなかったんだろうな?

 相当呑んでいたようだが、と思いながら、誠孝はリビングに戻る。

 酔ってはいないが、普段よりはご機嫌な様子の日子とふたりで片付けたキッチンはもう綺麗になっていた。

 ソファに腰を下ろし、テレビをつける。
 別になにかを見たかったわけではないのだが。

『でも、部屋が綺麗すぎて、手が震えちゃって』
という日子の言葉を思い出していた。

 ニュースの音を聞きながら、誠孝は部屋の中を見回してみた。

 手にしていたテレビのリモコンをテーブルに置かずに、真っ白なラグの上に置いてみる。

 別に散らかった感じはしなかった。

 ……ひとつだからいけないのだろうか、と思った誠孝は、ブルーレイ レコーダーのリモコンをとってきて、テレビのリモコンから少し離して置いてみた。

 散らかっただろうか?

 レコーダーのリモコンを斜めに置いてみた。

 散らかっただろうか?

 ……飲みかけのコップとかラグの上に置いてみたら、もっと散らかった感じになるだろうか。

 いや、それは無理だ……。

 ソファに腰を下ろした誠孝は、白いラグの上に、テレビに向かってまっすぐに置かれたテレビのリモコンと、少し離して斜めに置かれたリモコンをしばし眺めていた。



 翌朝、出勤しようとした誠孝は、玄関先で東城とうじょうと出会った。

 東城とは彼が此処で警備員をはじめる前からの知り合いだった。

「おはようございます」
と挨拶してくる東城に、いつものように淡々と、

「おはよう」
と返したあとで、

「東城……、散らかすのって難しいな」
と思わず言って、

「なんの話ですか?」
と訊き返されてしまった。



「あら? 今日はずいぶんと軽めじゃない?
 どうしたの?」

 社食で列に並んでいると、日子より二年先輩で、秘書課の滝田郁美たきた いくみが日子のトレーを覗き込んで言ってきた。

「いや~、朝から親子丼食べたら、なんか胃にもたれちゃって」

 チンすればいいので楽だったから、昨日買った親子丼を朝、食べたのだ。

「朝から、ガッツリねえ」
と笑う郁美に、

「あっ、滝田さ~ん。
 お疲れ様で~す」
と裕子が列の後ろの方から手を振っていた。

 裕子は美人で切れ者の郁美のファンだ。

 日子もだが。

 日子が入社した頃、郁美は人事にいて、新入社員のお世話してくれる郁美の絵に描いたような素敵なOL姿に憧れたものだ。



 日子が郁美とテーブルにつこうとすると、裕子が、
「ご一緒していいですか~?」
とやってくる。

 トレーを日子の横に置きながら、

「ふたりで並ぶとすごい迫力ですね~」
と言って裕子は笑った。

「なんで?
 デカイから?」

 そう日子が訊くと、裕子は笑って言う。

「やだな~。
 デカイのは日子さんだけじゃないですか」

 確かに……。

 郁美も大きく見えるが、それは高いヒールと、本人の放つ迫力のせいだった。

 郁美が言い切ると社長も逆らえないという噂だ。

 もちろん、ただの噂だが、そのくらい有無を言わせぬ迫力がある。

 こうでないと、社長秘書は務まらないんだなと思わせる感じだ。

「おふたりは私の憧れですっ」
といつも裕子は言ってくるが。

 いや……、憧れるのは、郁美さんだけにしてください、と日子は思っていた。

 あ~、味噌汁、弱った胃にしみる~。

 昨日の呑み疲れもあるのかもな、と思った。

 沙知見さんも結構呑んでたけど。

 あの人なら、朝、コンビニ弁当をチン、とかじゃなくて。

 さっとサッパリしたものを作って食べてそうだ。
 あの美しい部屋で、と思う。

 ひとり優雅に食事をする誠孝を思い浮かべている間に、裕子が謎のシゲタカの話をしていたようだ。

「ふーん。
 呑み会のあと、部屋に上がり込んでゲームやるとか、それ、星野じゃないの?」
と郁美は言う。

 どうしても、みんな奴を『星野・シゲタカ・丈太郎』にしたいようだ、と日子は思った。

「だってさ。
 送っておいて、送り狼にもならずに、ゲームだけして帰っちゃうのって、星野っぽくない?」

 言えてます~っ、と裕子が笑っている。

 ……送ったら、必ず、送り狼にならねばならないという決まりでもあるのですか。

 私はそこで、ゲームだけして帰っちゃう人の方が好きですけどね、
と思う日子の前で、郁美は、ふふっと楽しげに笑っていた。

「誰なのかしらね~、シゲタカさん。
 連絡とか、そのあとないの?」

「……ありません」

 沙知見さんでした、とは言い出せずに、日子は俯きがちにそう言った。

 社食でそんな話をしようものなら、周囲のテーブルから総攻撃にあいそうな気がしたからだ。

 滝田はチラとこちらを見たあとで、ふうん、という顔をしている。

 裕子が、
「でも、そのまま連絡なかったら、楓さん、もてあそばれて捨てられたみたいになっちゃいますよね~」
と言って、あはは、と笑う。

 いやだから、もてあそばれたのは、私じゃなくて、私のゲーム機ですよ……。

 っていうか、そこは笑うとこですか……?

 裕子は、
『楓さんを崇拝してるんですっ』
とかいうわりに、結構薄情なことを言う。

 まあ、そんな程度の崇拝だから、付き合いやすいのかも、と思いながら、日子は残りの味噌汁をすすっていた。




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