昨日、あなたに恋をした

菱沼あゆ

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完璧だったはずの男

部屋片付いたか?

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 エントランスホールまで降りると、東城と仕事帰りらしい誠孝が話していた。

「お疲れ様です~」
と日子は思わず言って、

「職場か」
と誠孝に返される。

 ……沙知見さんが仕事のときの格好のままだからですよ、と思う日子に東城が訊いてくる。

「部屋片付いたか?」

「さっき帰ったのに、今、片付くわけないじゃないですか」

 日子は、どこから手をつけていいのかわからない部屋を見て、今すぐ、このマンションに新しい部屋を借りようか、近くに家を買おうかとまで思ってしまった話をする。

 東城が日子の手にある財布を見た。

「それで今から家を買いに行こうと思ったのか」

 いや、あの、私の財布、一体、いくら入ってるんですかね……?

 しかも、最近、可愛いコンパクト財布に変えたので、ますます入ってない感じに見えるんだが……。

「このマンション、今、空きないぞ」

 冷静に誠孝が言う。

 いや、そうなんですかけどね……。

「いろいろ考えてる間に、片付けた方が早いと思うが」

 沙知見さんならね、と思う日子に、誠孝は更に言ってきた。

「ともかく、片付けはじめなきゃ終わらないだろ」

 うっ。
 今、この仕事で疲れた身体に鞭打つような正論は聞きたくないっ、
と思った日子は、

「はいっ、頑張りますっ」
と言い、財布をぎゅっとつかんで逃走した。

 帰りに、またここを通ることになると知りながら――。



 エントランスホールから出て行った日子を目で追いながら、誠孝は言った。

「どこに行ったんだ、あれは。
 財布つかんで出かけたが、あれで、なにか解決するのか」

 敷地から出ずに左に曲がった日子の姿に東城が笑って言う。

「コンビニじゃないですか?」

「コンビニに、家、売ってないぞ」

「……相変わらずですね、沙知見さん」



 沙知見さん、もう帰ったかな~。

 またあそこを通ると、総攻撃を受けそうだ。

 コンビニでの用はもう終わったのだが。
 少し時間をつぶそうと、日子は雑誌コーナーへと向かった。

 だが、ガラスの向こうの暗がりから、男がこちらを見ているのに気づく。

 ひっ、沙知見さんっ。

 日子のとは違う男性らしいフォルムのトレンチコートを着た誠孝が闇の中から鋭い目つきで日子を見つめていた。

 張り込み中の刑事に見張られているような雰囲気だ。

 だが、その張り込み中の刑事は目が合ったのが合図であったかのように、ズカズカ、コンビニの中に入ってきた。

 に、逃げようっ、と反射的に思い、日子は、きょろきょろと周囲を見回したが。

 大股に近づいてきた誠孝にガッと手首をつかまれた。

「人として、出した言葉には責任をとらねばな」

 うっ、と日子は身構える。

 安易に……いや、安易ではなかったが、部屋に人を呼ぼうとした日子に、約束通り、ちゃんと片付けてもてなせと言っているのかと思ったが、そうではなかった。

「お前に片付けを指南してしまった責任をとろう。
 俺もいっしょに片付けてやる」

「い、嫌です」
「何故だ」

「恥ずかしいからです」

「何故だ。
 俺はもうお前のすべてを見た。
 あのむごたらしい部屋も」

 殺人現場か……。

 だが、酔って正気をなくしていたときならともかく、今、誠孝にあの部屋を見せる勇気はない。

「結構ですっ。
 ありがとうございますっ。

 頑張りますっ」
と誰が聞いても、

 いや、どうせ頑張らないだろ、と突っ込みたくなるような、あまり心の入っていない頑張ります宣言をし、日子はコンビニから逃げた。

 だが、誠孝は追ってくる。

 ひーっ、と何度も振り返りながら、日子は足を速めた。

 やがて、明るいエントランスホールで欠伸をしている東城がガラス越しに見えてくる。

 日子はガラスの自動ドアから中に入ると、東城に向かい叫んだ。

「先輩っ、助けてっ。
 ターミネーターが追ってきますっ」

「……ターミネーター?」

 どこに? と辺りを見回す東城の広い背中の陰に日子は隠れる。

 いや、隠れ切れてはなかったと思うが。

「どこにターミネーターがいるんだ?」
と言う東城に、

 いやあの……、イメージですよ、と思ったとき、東城は誠孝の姿を見つけたようだった。

 日子は東城の後ろで更に身を縮め、

「先輩っ、かくまってくださいっ」

 お掃除の人がやってきますっ、と迫り来る誠孝の迫力に押されるように叫んだが。

「そこは匿わなくてもいいのでは……」
と冷静なことを言われてしまう。

「先輩?
 お前たちは、ここに来る前から知り合いだったのか?」

 今の叫びが聞こえたらしい誠孝が足を止め、訊いてきた。

「そうなんですよ、先輩」
と東城が誠孝に言う。

 隠れていた東城の肩の辺りから顔を出し、日子は二人に訊いた。

「えっ? 先輩?
 沙知見さんと東城先輩は元からお知り合いだったんですか?」

 全員が顔を見合わせ、お互いに向かい、言った。

「今か……」


 
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