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完璧だったはずの男
えっ、神っ!?
しおりを挟む東城と日子は高校の、誠孝と東城は大学の先輩と後輩だった。
「意外に狭い街だな……」
と誠孝が呟く。
「なんとなく、誰かがどこかでつながってますよね~」
そう日子が苦笑いしたとき、誠孝が日子の手にあるコンビニ弁当の入ったエコバッグを見て言った。
「お前は家を買いに行ったんじゃなかったのか。
コンビニ弁当買って、部屋の片付けの解決になるのか」
いや、これはですね。
我が家のサバンナにシマウマとキリンが現れて。
なんか疲れて。
野菜を切る気も失せたので、お弁当買いに行ったんですよ……。
日子は、そう心の中だけで説明していた。
口に出したら、更に糾弾されそうだったからだ。
だが、日子の行動パターンを熟知している東城が全部しゃべってしまう。
「日子のことだから、いろいろ考えてるうちにご飯作るのさえ、めんどくさくなったんですよ」
案の定、蔑むような目で誠孝は日子を見る。
「弁当のゴミが増えるだけだろうが」
いや、そうなんですけどね……。
でもほら、料理作ってもゴミ出るし、洗い物も出るではないですか。
だが確かに、弁当箱のゴミというのは、バラバラといろんな種類のゴミが出る。
まだ細かく分別しているこの地域では、非常にめんどくさい代物なのは確かだった。
「うちに来たら、晩ご飯くらい食べさせてやらないこともないのに」
えっ、神っ!?
仕事以外でもめんどくさい人だな、と思っていたくせに。
疲れたところに、おいしいご飯をチラつかせられ、思わず、神かと思ってしまう。
だが、あの整った部屋で食べる緊迫感に耐えられそうにないのだが。
代金はお支払いしますから、持ち帰らせてくれないですかね?
と日子が思ったとき、誠孝が溜息をつき、言ってきた。
「まあ、仕事終わりに片付けたくらいで、あの凄惨な部屋が片付くとは思えないよな」
だから、我が家は殺人現場ですか……。
「空き部屋は今ないようだしな。
しょうがない。
うちの部屋をお前の部屋だと言ってもいいぞ。
ちょうど向かいだし」
短時間なら貸してやる、と誠孝は言うが。
いや、バレると思います……と日子は思っていた。
素敵なインテリアだが、明らかに日子の趣味ではないし。
なにより、郁美に気づかれる。
夢見がちな裕子と違い、日子がチリひとつない部屋に住んでいるとは思っていないだろう。
第一、郁美のことだ。
日子の部屋に来たことのある羽根に、その惨状を聞いているに違いない。
すると、東城が日子に、というより、誠孝に向かい、言い出した。
「あ、そういえば、警備員の控室も綺麗ですよ」
いや、私、どこに住んでる設定なんですか……。
ほかほかのお弁当から、美味しそうだが、ちょっと飽きた感じのする匂いが漂ってきている。
この場から逃げ出したい、と思いながら、日子は閉まったままのエレベーターの扉を見つめていた。
「お前と東城が昔からの知り合いだったとはな」
エレベーターで階数ボタンを押しながら、誠孝が言ってくる。
「沙知見さんと東城先輩もですよ」
すると、そこで誠孝は黙り、こちらを見て言った。
「東城は高校のときも人気があったんじゃないのか」
「そうですね」
顔も体格もよく、ちょっと変わってはいるが、さっぱりした性格で、運動神経も抜群。
男子にも女子にも人気があった。
「……そんな東城に、その乱れた生活を見せて平気なのかお前は」
いや、乱れた生活って……。
っていうか、どんな叱られ方ですか、と思いながら、日子は言う。
「東城先輩は最初からご存知ですよ、私の自堕落な生活を。
と言いますか。
今日は私にしては、及第点です」
と日子が言うと、
どの辺がだ?
と本気で驚愕したような顔を誠孝はする。
「いや~、コンビニまで下りただけ、私にしては偉いです」
「……どんな採点基準だ」
「私、大体、一階がコンビニな場所に住まいを定めてるんですよ。
ものぐさなんで。
ぱっとすぐ買いに行けるようにと思って。
でも、実際、暮らしてみたら、着替えて下下りるのもめんどくさいというか」
最早、こいつはどうしようもないな、という顔を誠孝はしていた。
「いやいや~、よく聞きますよ、そんな話~」
「……何処で聞くんだ。
どうせお前の周りの人間だろう。
類は友を呼ぶと言うからな」
そうですね。
では、あなたは私の友ではないですね、と日子は思う。
どこも類なところがないからだ。
「で、まあ、下りるのもめんどくさかったんですけど。
家の中にはオレンジしかなくて。
テレビ見ながらオレンジを何個も食べてたんですけど、満たされなくて」
「……ほぼ水分だからな」
「ああ、寝転がってテレビを見たまま、ピッとボタンを押したら、ウイ~ンって一階のコンビニまで下りないかなといつも思っていたものです」
「俺には寝たまま一階に下りたお前が、通りかかった人に踏まれる未来しか見えないが」
いやまあ、そんな私からしたら、着替えてコンビニに行っただけで、及第点ってことですよ、と日子は話をまとめる。
ちょうどエレベーターが日子たちのフロアについたので、
「失礼します」
と頭を下げた。
いや、どのみち部屋の前まで一緒なのだが。
……呆れているのだろうかな。
フォローを入れようとして、余計ドツボにはまったようだが、と思いながら、部屋の前で、もう一度、日子は頭を下げた。
「では、失礼します。
おやすみなさい」
「日子」
え? 日子?
今、誰が呼びました?
と顔を上げたが、そこには日子の弁当入りエコバッグを見ている誠孝しかいなかった。
「味噌汁くらいなら作ってやらないこともないぞ」
「え、でも」
そんな申し訳ない……
っていうか、それより、
……日子っ!?
「オレンジよりは腹に溜まりそうなものもある。
十分したら来い」
この間より時間短くなってるな、と思っている間に、誠孝は返事も聞かずに部屋に入っていってしまう。
日子はパタンと閉まった扉を見ながら、その向こうに広がる、緊張するが、美しくいい香りのする空間を思う。
それにしても、面倒見のいい人だな。
っていうか、日子って……
え?
日子って?
とひとりになり、改めて日子は驚いた。
そういえば、沙知見さんって今まで、私のこと、なんて呼んでったっけ?
と思い返してみたが。
職場でもこのマンションでも、名前も名字も呼ばれたことはなかった……。
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