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完璧だったはずの男
俺を見るな
しおりを挟む誠孝は一度部屋に戻り、スープを作り、持参して、日子の部屋に行った。
コンビニ弁当だけでは味気ないかな、と思ったからだ。
「あ、ありがとうございますっ」
と鍋を受け取り、日子は笑う。
「コンビニ行く前に部屋見てみてくださいよ~」
戻ってきたら、もう魔法が解けて部屋が汚くなっているのではと心配でもしているのか。
今すぐ見ろと日子は急かす。
当たり前だが、まだ部屋はピカピカだった。
いや、日子にとっては、当たり前ではないのかも、と誠孝は思う。
なにせ、一瞬にして、部屋を荒涼としたサバンナにしたり、雑然としたジャングルにしたりする女だ。
日子は満足げにおのれの部屋を眺めながら、
「ずっと、このままなら、いつでも誰でも部屋に呼べますねー」
と言った。
いつでも誰でも……?
誠孝の頭の中で、部屋に東城が現れ、ベルゼブブ新太が現れた。
いや、駄目だ。
今すぐ散らかせ、と思ってしまう。
「手間のかかる分別もすぐにその場でやるようになったので、前よりさっと片付くようになりました。
物を捨てて片付けるのが、ちょっと快感になってきたっていうか」
……こいつ、極端から極端に走りそうだな。
誠孝は部屋の中を見回した。
俺が片付けたときより、物減ってないか?
とりあえず、テレビとゲーム機とゲームソフトはあるようだが……と思ったとき、日子がこちらを見上げ、にこ、と笑った。
「とりあえず目についたものを捨てればいいんですよね」
「……俺を見るな」
思わず、そう言ったが、
「やだなあ、沙知見さんはこの家のものじゃないじゃないですか。
私のものでもないですしね」
ははは、と笑って、日子は鍋を持ってキッチンに行った。
その後ろ姿を見ながら、
なんだろう。
今、すごく寂しかったんだが。
この家のものじゃなく、お前のものでもないと言われたからか。
いや、お前のものになって、捨てられたいわけではないのだが……と機嫌のいい日子を見ながら誠孝は思っていた。
「驚いたぞ。
片付けが進化してて」
コンビニに行くのに廊下を歩きながら、誠孝が言うと、日子は、
「ありがとうございます」
と照れたように笑う。
……可愛いじゃないか、と思う誠孝の頭の中で、日子はまた、彼女が飼っている、もふもふ犬と同じポジションに入ってしまった。
なので、日子が、
「ずっと沙知見さんちみたいに片付いてる部屋になるといいんですけどね。
すぐに元に戻っちゃいそうな気がします」
と言ったとき、うっかり、
「じゃあ、そうなったら、もう俺の部屋に住んだらいいじゃないか」
と言ってしまった。
……しまった。
こいつは、もふもふ犬ではなかったっ、と内心慌てていたが。
日子はもちろん、冗談だと受け取ったらしく、笑って訊いてきた。
「その場合、沙知見さんはどこに住むんですか?」
「……いや、なんで俺が出て行く設定だ?」
お向かいさんの沙知見さんはいい人だ。
お片付けを手伝ってくれたり、美味しいものを食べさせてくれたり。
一緒にゲームやってくれたり。
でも、
……代理店の沙知見さんは大っ嫌いだ~っ!
「沙知見さん、クール過ぎですよね~。
沙知見さんが担当になってから、もうずいぶん経つのに。
まったく容赦ないですよね。
誰とも馴れ合わないっていうか」
後輩の道中という男性社員が会議室からトボトボ帰りながら言ってくる。
まったくだよ~。
いや、わかりにくいデータ送ってきた、そっちにも非はありますよね? と思うのに、なんか言いくるめられそうになってしまった。
自分の会社にマイナスにならないようにするのは当たり前なのだが。
たまたま、そのデータの作成者が女性名だったので。
誠孝がここに来ていないその女性社員をかばっているように見えて、日子は違う意味でも悲しくなってしまった。
誠孝はあまり目を合わせることもなく、さっさと帰ってしまったので、日子は、よろよろと社食に行く。
すると、食べている最中、裕子が言ってきた。
「マンションは大丈夫ですか」
……大丈夫でない理由はなんですか?
と思いながら、食欲がないので、なんとなく選んだビーフカレーから顔を上げる。
返答に困り、裕子の顔を見ていると、裕子は、
「東城さんは大丈夫ですか」
と言いかえてきた。
遠回しに訊こうとして失敗したようだ。
「元気だよ」
「そうですか。
でも、悲しみにくれているかもしれませんね」
癒してさしあげたいです、と裕子は言う。
「……オンラインゲームは快調らしいよ」
「でも、悲しみにくれているかもしれませんね。
癒してさしあげたいです」
どうしても、癒してさしあげたいようだ……。
恐らく裕子は、東城が会社をやめる切っ掛けとなった事件のことを言っているのだろう。
確かに気になってはいるのだが。
突っ込んで訊くのも悪いかと思い、その話には触れないようにしてきたのだ。
だがそこで、裕子はいきなり箸を握り締め、語り出した。
「私、東城さんのあの素敵な笑顔が忘れられなくてっ。
あんな素敵な人が犯罪者とか信じられませんっ」
ひいっ。
声、大きいですよっ?
「でも、例え、彼が極悪人だったとしてもっ。
私は彼が忘れられないんですっ」
いきなり叫んだ裕子に、周りの人たちは、
一体、どんな悪い男に引っかかったんだ……という目で裕子を見ている。
「お、落ち着いて~。
落ち着いて~。
騒ぎが大きくなりそうだったから、会社辞めただけで。
捕まってもないし~」
「私などではなんの力にもなれないでしょうがっ。
せめて、そんな東城さんにお会いして、楽しい話題など提供したいですっ」
「楽しい話題ってなに?」
「この間、楓さんが印刷してたお礼状見たら、一番上に大きい字で、『俺以上』って印刷されてたとか」
やーめーてーっ。
「楓さんが今のマンションに引っ越す前、乾きにくい靴を三年干してるって言ってたこととか」
「……あの、私じゃなくて、ゆーちゃんの楽しい話をしたら?」
「ないです、私のは」
楓さん、と裕子は祈るように手を合わせ、自分を見上げてくる。
「く、来れば? 今日……。
うちは最近片付いてるから、いつでもおいでよ。
……いや、うちまでは上がってこないかもしれないけど」
と東城のいる玄関ホールか警備員室から動きそうにない裕子に向かって言ったそのとき、スマホに連絡が入った。
ベルゼブブ新太だった。
「今日、バスケの連中と呑みに行くことになったんで、東城迎えに行く。
下でバッタリ会えるようだったら、会おう」
……相変わらず不思議なメッセージだ、新ちゃん。
バッタリ会えるようだったら、会おうってなんだ、と思いながら、日子はスマホをしまった。
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