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完璧だったはずの男
いくらお前でも、仕事のときは容赦できない
「東城さん、呑みに行くってことは、今日は早めに仕事上がる日なんですかね~?」
夕暮れどき、まだちょっとだけ明るさの残る時間。
裕子とともに、日子はマンションへの道を歩いていた。
「そうかもねー」
裕子は早くに仕事は終わっていたのだが、日子が終わるまで待っていたのだ。
「あ、東城さん」
広い道の向こう。
マンション前の庭木の更に先に立っている小さな東城が裕子の目には見えたようだった。
「先に行きなよ」
と日子は笑って言った。
「私とマンション下で待ち合わせしてるって言えばいいじゃん」
「ありがとうございますっ、楓さん、神っ」
と裕子は抱きついてくる。
「そういえば、ゆーちゃんって、なんで、ずっと私のこと、楓さんって呼んでるの?」
これだけ親しくしているし、こっちは、ゆーちゃんと呼んでるんだから、名前で呼んで来そうなものなのに。
第一、羽根のことは、羽根さんと呼んでいる。
そう日子が疑問に思っていると、裕子は笑って言ってきた。
「だって、楓さんって呼びたいんです。
美しい楓さんにぴったりのお名前だからです」
照れながらも、ちょっと気になり、日子は訊いてみた。
「えーと、『日子』は?」
名前の印象、どうなんだろう? と思い訊いてみたが、賢い後輩は黙って微笑んでいた。
いや、私、この名前、結構気に入ってるんですけど……と思っている間に、裕子は、
「ではっ、行ってまいりますっ」
と敬礼して、横断歩道を渡って行った。
よしっ、頑張ってっ、と思ったとき、すぐ近くで、
「なんで渡らないんだ?」
と声がした。
反射的に、はっ、敵っ、と思ってしまう。
誠孝の声だったからだ。
「おっ、お疲れ様ですっ」
じりっと逃げながら、日子は言ったが、誠孝は、
どうした? という目で見ている。
やられた方は覚えているのに。
やった方は忘れてるんだな、そんなものだ……。
変な奴だな、という顔をした誠孝は、次に信号が変わった瞬間、行こうとした。
「まっ、待ってくださいっ」
と日子は誠孝の腕をつかんでしまう。
「い、今、向こうへ行ってはいけません~っ」
「なんでだ?」
「なんでって、その……。
えーと。
この間の後輩が、東城先輩と話したいって来てて、その。
二人で、ゆっくり話させてあげようかな、なんて」
そうなのか、と言う誠孝から手を離した。
「そろそろ、うちのベルゼブブが来ると思うんで。
東城先輩、いっしょに出かけるはずだから、それまでお願いします」
日子が頭を下げると、そうか、と言った誠孝は、辺りを見回し、
「じゃあ、その辺でお茶でもして待つか」
と言ってくれた。
二人でマンションが見える、ビルの一階にあるカフェに入る。
あまり目立たない感じのカフェなので、まだ存在に気づいてなくて、来たことがなかった店だったが。
いい雰囲気の店だ。
来てよかったな、と思いながら、日子は、
「私、おごりますね。
私が引き留めたので」
と言った。
「いや、俺がおごってやろう。
今日、ボコボコにしたから」
メニューを見ながらそう言う誠孝に、
ボコボコにした自覚と記憶はあったんですね、と日子は思っていた。
「お前と親しくなったから、手心を加えたと思われたくない。
だから、より言い方が厳しくなっていたかもしれん」
「あ、いえ、そんなことは……」
あったかもなんですが。
ちょっと嬉しいな、と日子は思っていた。
そうか。
手心を加えそうなくらいには、親しくなれてるんですかね? と思ったとき、更に誠孝が言った。
「いくらお前でも、仕事のときは容赦できないからな」
いやいや、いくらお前でもとかっ、
と日子が赤くなったそのとき、よく磨かれた黒い派手な外車がマンションに入っていくのが見えた。
「……新太さんじゃないのか?
車知らないが」
「知らないのに、なんでそう思うんですか?」
「いや、黒い車って、地味に見えるときも、派手に見えるときもあると思うんだが。
なんか、今、すごいド派手なオーラを車が放ってるように見えたから」
……ちょっとわかる気がする、と苦笑いしながら、日子は立ち上がった。
「行きましょうか」
誠孝が新太と話したそうに見えたからだ。
それに、イケメンがもうひとり増えたら……
沙知見さんのイケメン度が薄まるというか、と日子は思う。
三人もいたら、裕子の気があまり、誠孝の方を向かない気がしたからだ。
今、沙知見さんをあそこに連れて行きたくなかったのは、ゆーちゃんの邪魔をしたくないだけじゃなかった気がする。
そんな自分を日子は不思議に思っていた。
店を出たところで、誠孝に仕事の電話がかかってきた。
「先行ってろ」
と言って、誠孝はスマホで話し出す。
なんかすごいイケメン様が現れてしまった。
いやいや、私の心は東城さん一筋なんですけどねっ、
と思いながら、裕子はすごい外車で乗りつけてきた彫りの深いイケメン様を見る。
これから東城と昔の仲間で呑みに行くのだと言う彼は、仕事帰りにそのまま来たらしく、仕立ての良いスーツを着ていた。
「え? 楓さんの従兄なんですか?」
楓新太と名乗ったそのイケメンは、楓日子の父方の従兄だと言う。
どうりで。
タイプは違うけど、綺麗な顔だと思った、と裕子は妙に納得してしまう。
スタイル抜群なのも、遺伝なのだろうかな、
と裕子が思ったとき、裕子の言葉に笑った新太が少し顔を近づけ、囁くように言ってきた。
「『楓さん』って、俺も楓だよ」
ひーっ。
その顔で微笑みかけてこないでください。
揺らぎますっ。
禍々しいまでのオーラを新太は放っている。
女は悪い男に魅力を感じやすいというが。
だからだろうか。
目も眩むほどの、いい男に見えた。
いやっ、私は爽やかな東城さんが好きなはずっ、と思ったとき、日子が横断歩道を渡ってくるのが見えた。
「ゆーちゃん」
ああ、女神のようだ、楓さんっ。
八頭身美人どころか、ヒールのせいか、九頭身はありそうに見える日子が、いつもの気取りすぎないファッションで軽やかに現れる。
悪魔に心を奪われそうになっていた裕子は、
楓さんの放つオーラで浄化されたいっ、
と急いで日子の許に駆け寄り、その腕をつかんだ。
いや、新太は、ただ東城より顔が濃く、押しが強いだけなのだが……。
一気に心を持っていかれそうで怯える裕子には、美しい悪魔のように見えていた。
「楓さんっ、助けてくださいっ」
ええっ?
どうしたのっ? といつも頼れるやさしい先輩、日子が慌てる。
ぎゅっと日子の腕を握る裕子は、
私の心が勇者様から魔王様に傾きそうになっていますっ、
と思っていた。
東城が聞いていたら、
「いや、俺は勇者のキャラはあまり選ばないんだが」
といきなりゲームの話をはじめそうだったが。
日子は裕子を守るように抱き、
「新ちゃん、なにか言ったの? ゆーちゃんに」
と新太に訊く。
「この子、日子の後輩なんだってね。
可愛い子だね」
いや、可愛い子とかっ、と魔王様に褒められ、裕子は真っ赤になった。
「ゆーちゃんって言ったっけ?
もしかして、東城が好き?
こいつ、悪い奴だけどいいの?」
「東城さんは悪い人じゃありませんっ」
だが、そうかばわれた東城は、いや、君とは今日入れて、二回しか会ってない気がするんだが……という顔をしていた。
「私は、なんにも知りませんっ。
私は東城さんを信じていますっ」
いや……ゆーちゃん、それ、全部言ったも同然、という顔を日子がしていた。
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