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第二章 覗き女
目
しおりを挟む真夜中過ぎ、扇花屋の二階で一人、布団に入っていた男は、背後で灯りが揺れるのを感じて、振り向いた。
不寝者がぎしりと床を軋ませ、通り過ぎていったようだった。
「さすがにこの時間は静かだな」
そう呟いたとき、今度は女の影が映った。
他の客の相手をしていた遊女がようやくやってきてくれたようだった。
寝たふりでもしていた方が意気なのだろうが、もう気心の知れている女なので、布団の中で頬杖をつき、
「不寝者の足音にお前が来たのかと思ったぜ」
と遅い遊女に厭味のひとつも言ってやる。
あら、と女は笑う。
幼く愛らしい顔立ちだが、吉原に長く居るせいか、その笑みには厭世的な雰囲気が漂っていた。
「不寝者でよかっただんすね。
此処では足音が聞こえても、それが生きた人間のものとは限らないだんすよ」
ちょうどそのとき、また、ぎしり、と誰かが床を軋ませる音が聞こえた。
なんとなく、顔を見合わせ、笑う。
だが、音のする廊下を振り向いた二人は息を止めた。
そこに見えた影が、灯りを手にした不寝者のものでも、客の許へ駆けつける遊女のものでもなかったからだ。
月の光で輝いた障子にぺたりと、女の影が張り付いていた。
障子越しにこちらを窺うように。
ひっ……、と遊女は声を上げ、後ずさる。
その影は、確かに女のようだったが。
着物と髪の形が遊女のものとは違っていた。
男は気づいた。
穴が空いている。
障子にひとつ。
ぷつりと穴が空いている。
目が覗いていた。
そこだけ影ではない、リアルな目。
血走ったそれに、きゃああああああっ、と女が先に悲鳴を上げた。
朝こそが夜のような吉原の気怠い夜明け。
居続けの客が帰り、三々五々、自分の用事をしている時刻に、そっと回転扉を押して、咲夜は外に出た。
だが、びくり、と足を止める。
桧山がそこに立っていたからだ。
咲夜は、ぺこり、と頭を下げる。
「あまりこちら側には出てこないことね。
お前の居るべき場所じゃないわよ、此処は」
はい、と咲夜が俯き小さく答えたとき、桧山が言った。
「私はね、自分が吉原一の花魁になると知ってたのよ」
顔を上げたとき、桧山は咲夜ではなく、外を見ていた。
自分たちには眩しすぎる、通りの朝の光を追うように。
「どうして、そうなるのかも知っていたのよ。
お前を拾ったのは罪滅ぼしね、きっと」
そんなことを言う。
朝、那津が隆次を訪ねていくと、野菜の棒手振りと話していた彼は那津を見、
「桧山には会えたか」
と訊いてきた。
「知ってるんじゃないのか」
「どうして?」
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「幽霊花魁か」
と笑った隆次は後ろを振り返り、
「咲夜」
と呼ぶ。
からりと奥の障子を開け、町娘姿の咲夜が顔を出した。
「来ると思ってたわ」
那津はあの霊の方の幽霊花魁の顔を思い出しながら、二人に言う。
「夕べ、『明野』がハッキリ姿を見せてきたぞ」
「……まあ、入れ」
隆次が顎で店の奥を示し、入るよう促した。
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