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第三章 のっぺらぼう
先見
しおりを挟む私は知っていた。
自分が誰かを殺してしまうこと――。
いい予見も、悪い予見もあるけれど、これ以上、悪い予見もない。
自分がいつか人を殺すと知って、生きていくのは辛い。
逃がれられる術があるのなら試してもみるけれど、私にはそこまでのことはわからない。
そう。
私はずっと――
自分がいつか明野を殺すと知っていた。
店を訪れたその男に、隆次はつい、
「今日は咲夜は居ないぞ」
と言ってしまう。
「別に咲夜に会いに来たわけじゃない」
そう素っ気なく言いながら、ほら、と那津は餅菓子をくれる。
通りすがりの棒手振りに無理やり買わされたのだと言う。
なんのかのと言いながら、人の良い男だと思う。
「お茶でも淹れよう」
と隆次は奥に入った。
熱い番茶を注ぎながら、ちらと入り口に腰掛けた那津の背中を見る。
あそこに明野が張り付いているのかと思えば、多少憎らしくもあるが。
明野のことだ。
別にこの男が気に入って引っついているというわけでもないのだろう。
最初は自分を退治しに来たと思って、憑いたのだろうし。
今は咲夜がこの男を気に入っているようなので。
それで、嫌がらせで離れないだけなのだろう。
隆次は整った那津の横顔を見ながら思う。
うらやましくなんてない。
死んでも、悪霊になっても会いたいなんて嘘。
何が好きだったって、俺は、彼女の美しい顔が好きだったんだから。
明野は俺に対して、本気ではなかった。
今ではそう思っている。
そうでなければ、全然俺の前に現れないなんてことはないだろうから。
まあ、現れていても見えていないのかもしれないが。
咲夜の口振りでは、那津が現れるまで、明野の霊は、ずっと扇花屋を出ずにウロウロしていたようだった。
いつだったか、慰めるように、背中にすがってきた咲夜が言ってきた。
会いに行ったら? と。
明野に会わせてもらいに、那津のところに行けと言うのだ。
いや、結構だ、と思う。
俺は本当に彼女の美しい顔が好きだっただけなのだから。
……顔だけ好きだと言うのなら、咲夜に、ときめかないのはおかしな話なのだが。
少なくとも、明野がこいつの背中に張りついている間は深く考えまい。
いろいろと腹立たしいから、と隆次は思っていた。
ほら、と店先に腰掛ける那津に番茶と菓子を出す。
那津が持ってきた餅菓子の横にある、紅白の美しい細工の菓子を見て、那津は驚いたようだった。
「これは京の老舗の有平糖じゃないか」
「咲夜が持ってきたんだ。
一発で何処の店のかわかるお前が怖いが……」
お前なんなんだ、と言いはしたが、突っ込んで訊くつもりはなかった。
後ろ暗いのはお互い様だ。
有平糖は砂糖をふんだんに使った美しい飴細工で、サクサクとした食感が楽しい。
繊細で美しい細工の有平糖を眺めながら、那津が呟いた。
「なんだかんだで贅沢な暮らしをしているな」
咲夜のことを言っているようだった。
「そりゃあ、吉原でも上級な花魁のようなものだからな、一応。
万が一、身請けできたとしても、養うのは大変だぞ」
「誰が身請けするんだ」
「お前だろう」
「いや、なんでだ」
「好きなんじゃないのか、咲夜が。
なんだかんだで、扇花屋を訪れるたび、覗いてやってるみたいじゃないか」
「あんなところにひとりきりで居て、可哀想だと思っているだけだ。
第一、俺は坊主だ。
遊女を身請けできるか」
「お前が坊主だなんて俺は信じてもいないが……」
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