あやかし吉原 ~幽霊花魁~

菱沼あゆ

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第三章 のっぺらぼう

最後の桜

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 そろそろ吉原の桜も終わりだ。

 木は元あった山へと返される。

 その前にもう一度花見に行きたいと桂がねだるので、桧山は彼女らを連れ、最後の花見に繰り出した。

 みなで艶やかな衣裳に身を包み、仲の町を練り歩くのは、吉原を訪れている客たちへのもてなしでもあった。

 吉原の桜は幻の桜だ。

 あれだけ誇るように咲いてた桜の最後は自分たちの遊女としてのそれを思わせ物悲しい気持ちになる。

 生きて年季を明けられたら、私はどうするのだろう。

 このまま見世の使用人として働くか。

 外に店でも出すか。

 それとも、誰かと夫婦めおとにでもなるか。

 ふっと桧山は俯き笑った。

 自分には、そんな平凡で幸せな人生など許されない。

 明野を殺した自分には。

 どんな未来が私に訪れるのか。

 今の私にはもう見えない。

 明野を殺したあのときから――。

 桧山が着物のたもとを少し抑え、落ちていく花びらを掌で受けようとしたとき、誰かが自分にぶつかってきた。

 振り返ると、わざと真横を通って行く一団があった。

 桂が彼女たちを睨んでいる。

 吉田屋の愉楽ゆらく一派だ。

 険のある美貌の女が自分のすぐ側に立っていた。

「あら、桧山」

 周りに聞こえないよう話す愉楽は廓詞くるわことばを使わずに言ってくる。

「最近は、偉く奇麗なお坊さまを囲ってるんですって?」

 随分と話が錯綜してるな、と思ったが、口を挟むと厄介なので、黙っていた。

「あんたがどれだけ権勢を誇っていても、此処は吉原よ。
 そんなものはすぐに失う。

 いつまでも、そのままで許されていると思ったら、大間違いよ。
 此処にだって、此処の掟がある」

 私、知ってるのよ、と顔を近づけ、愉楽は囁く。

 長年の隠していたことを今こそ、とぶつけるように。

「私は、明野と新造出しの日が近かったのよ」

 新造出しとは、禿から新造になるときのお披露目のことだ。

 明野。
 その名前に、桧山は、らしくもなく、ぎくりとしてしまう。

「だから、あの女のことは忘れないわ」

 武家出身ゆえに、最初から教養もあり、美しい明野の存在に、彼女もまた恐怖したのだろう。

「でも、明野の姿を或るときから、ぷっつり見なくなった。
 以前は、渋川屋のご隠居が、今は若旦那が毎夜金を払って買っているから誰も手が出せないと聞いたけど。

 本当に?
 こんなときにも、いつも出て来ない。

 変じゃない。

 ねえ……見たって奴が居るのよ。

 あんたのところから、ひっそりとこもに巻かれて担ぎ出されていく死体を」

 近づいていた身体を離し、声を大きくして、愉楽は言った。

「明野は、あんたが殺したんでありんしょう?」

 その声に、桜やこの一団を眺めていた客たちがざわめく。

 引手茶屋からも、店のものたちが顔を覗けていた。

「囲われてる女なんて居ないのよ。

 明野は死んだ。
 あんたが殺したのよ。

 それを誤摩化すために、渋川屋の若旦那に囲われてるなんて噂を流してるだけ」

 そう愉楽は囁く。

「相変わらず……声の大きいお人だんすな」

 着物の裾をつまみ、桧山は頭を下げて行こうとした。

 だが、愉楽は自分の品のなさを笑われたと更に声を荒げる。

「いつか証拠を掴んでやる。
 今の私になら出来るわ。

 あんたが明野を殺した証拠を必ず掴んでみせるっ」

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