ご先祖さまの証文のせいで、ホテル王と結婚させられ、ドバイに行きました

菱沼あゆ

文字の大きさ
1 / 43
月末までに、お前を払ってもらおう

結婚式以来、会ったことのない夫に呼び出されました

しおりを挟む
 


「僕の大切なお姫様。
 幸せになるんだよ」

 そう言って、父は私を育てた。

 ところが会社が傾き、昔からの知り合いに金を借りようとした父は、

「そういえば、あんたの先祖、証文書いてそのまんまだよ」
と言われ、

『金が返せなかったら、なんでも欲しいものを差し上げます』
という酔った弾みで書いたんじゃないかというような無茶な証文に従って、娘を売り飛ばし。

 自らは相手先の系列の銀行から多額の融資を受けた。

 相手の顔を写真ですら見ないままの結婚式。

 父は微笑み、娘に言った。

「おめでとう、真珠まじゅ

 僕の大切なお姫様。
 幸せになるんだよ」

 ……いや、なれるか~っ!

 

「はーい。今日は素晴らしい感じに盛れましたよー」

 キッチンスタッフの白い制服を着た真珠は大きな海老が二匹ものっている天丼を小洒落た社食のカウンターに出した。

 たまたま、この会社で働いていた大学の先輩、萩原佳苗おぎわら かなえがトレーに丼をとりながら言う。

「何処が綺麗に盛れてんのよ。
 ってか、あんた、なんでうちの社食で働いてんの?

 どっかいい会社に就職してなかった?」

 そんな佳苗の後ろにいた、ちょっと軽そうなイケメン、吉田が真珠に言う。

「君、佳苗ちゃんの大学の後輩なんだってね。
 めっちゃ優秀じゃん。

 なんで会社やめちゃったの?」

 はは……と笑った真珠は、
「ま~、いろいろありましてね」
と流れ流れて、この職場にたどり着いた、すごい過去のある人のようなことを言いながら、次の人の天丼を手際悪く盛り付けた。



 最後の客に料理を出し、片付けが始まったところで、真珠がいる近くのテーブルに座っていた佳苗が豚汁を啜りながら訊いてきた。

「真珠。
 あんた、なにやらかして会社クビになったのよ」

 いや、何故、クビ限定……とザルを洗いながら真珠は思う。

「はあ、まあ、いろいろありまして。

 でも、ここのお仕事、すごく楽しいんですよ。
 私がお出ししたご飯を食べて、みなさんがお仕事頑張ってくださるとかっ。

 とっても、やりがいがありますっ」

 いや、まだまだ慣れないので、言われたものをよそったり、カウンターに出したりしているだけなのだが……。

 OLとして働いていたとき、社食は安らぎの空間だった。
 自分もそんな場所で働けたら、と思い、ちょうど求人があったので、応募してみたのだ。

 いまいち不器用な自分でも、おばちゃんたちは丁寧に教えてくれた。

 真珠がおばちゃんたちに感謝したそのとき、ポケットに入れていたスマホが鳴った。

 ああ、しまった、音切ってなかった、と思いながら、一通り片付けたあとで、スマホを見てみる。

 入っていたのはショートメッセージだった。

「今すぐ来い」

 登録していない番号からのようで、名前も出ていない。

 イタズラメールにしては妙だ。

 もしかして……有坂ありさかさん?

 有坂桔平ありさか きっぺいは真珠の戸籍上だけの夫だ。

 あまり会ったこともない相手なので。
 携帯の番号も一応、聞いてはいたのだが、登録まではしていなかった。

「いや、登録くらいしろよっ」
と桔平には怒られるかもしれないが。

 そのくらい接点がなく。
 おそらく、この先もないはずの夫だった。

 とりあえず、警戒しながらも返信してみる。

 食後の珈琲を飲みながら仕事の話をしていた佳苗がこちらを振り返り、言ってきた。

「真珠ー。
 今、中峰なかみねに、あんたがうちの社食にいるってメールしたら。

 今度、駄菓子研のみんなで飲まないかってー」

 爽やか系イケメン、中峰は佳苗と同じ、大学の駄菓子研究会の先輩だ。

「えっ? いつですか?
 私、ちょっと行かねばならないところができまして」

「どこ行くの?」

 再び入ってきたメッセージを見ながら真珠は言った。

「……ドバイです」

 言いながら、自分でも、えっ? ドバイ!? と思う。

 遅くても月末までにドバイまで来い、とそこには書かれていた。

「へー、なにしに行くの?
 旅行?」

「いえ、夫が急に来いと……」

「夫!?
 あんた、いつ、結婚したのよっ」

 はあ、駄菓子研究会で山に登ることになったとき、野暮用があるのでいけないと言った、あのときですかね。

 ……決して、しんどい登山が嫌なので、あの日を結婚式にしたわけではないのですよ、ええ。

「夫とは別々に暮らしているんですが。
 なにかあったときには駆けつけると約束してるので」

「へえ。
 ドラマチックだね」
と感心したように吉田は言うが。

「いえ、なにかあったときには駆けつけるので。
 それまでは、ほっといてくださいと頼んでるんです」

「ご主人、別の場所にいるのかい?」
 奥で休憩していたおばちゃんたちが訊いてくる。

「出稼きかい?」
「はあ、まあ、そんな感じです」

 本社は日本のはずだから、ある意味、出稼ぎだな、と思いながら、真珠は言った。

「急用ってなんだい?
 怪我でもしたのかい?」

「早く行ってやりなよ」
 そうおばちゃんたちは心配して口々に言ってくる。

「でも、行ってみないとどんな感じかわからないので。
 もし、長期滞在にでもなったら……」

 いきなりパート辞めるわけにもいきませんし、と真珠は言ったが、のいいおばちゃんたちは、

「なに言ってんだいっ。
 なんか大変なんだろ? 早く行っておやりっ」
と言ってくれる。

「大丈夫だよ。
 代わりの人ならすぐ見つかるから」

「こういう時はとるものもとりあえず行くもんだよ。
 旦那、建築現場で骨折でもしたのかい?」

「そうなんですかね?」

 建築現場……。

 何故、おばちゃんたちは今、彼の新しいホテルがドバイに建築中なことを知っているのだろう、と思いながら、真珠は、ありがとうございます、と頭を下げた。

 単におばちゃんたちは、出稼ぎから建築現場を連想しただけだったのだが……。

「ところで、旦那が出稼ぎ行ってるの、何処なんだい?」

「ドバイです」

「鳥羽かい。急いで行きな」

 人のいい人たちに背を押されるようにして、真珠は勤めはじめたばかりの職場を辞めた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・ なりませんでした!! 【現代版 シンデレラストーリー】 貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。 はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。 しかしながら、その実態は? 離婚前提の結婚生活。 果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。

課長のケーキは甘い包囲網

花里 美佐
恋愛
田崎すみれ 二十二歳 料亭の娘だが、自分は料理が全くできない負い目がある。            えくぼの見える笑顔が可愛い、ケーキが大好きな女子。 × 沢島 誠司 三十三歳 洋菓子メーカー人事総務課長。笑わない鬼課長だった。             実は四年前まで商品開発担当パティシエだった。 大好きな洋菓子メーカーに就職したすみれ。 面接官だった彼が上司となった。 しかも、彼は面接に来る前からすみれを知っていた。 彼女のいつも買うケーキは、彼にとって重要な意味を持っていたからだ。 心に傷を持つヒーローとコンプレックス持ちのヒロインの恋(。・ω・。)ノ♡

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

【完結】言いつけ通り、夫となる人を自力で見つけました!

まりぃべる
恋愛
エーファ=バルヒェットは、父から十七歳になったからお見合い話を持ってこようかと提案された。 人に決められた人とより、自分が見定めた人と結婚したい! そう思ったエーファは考え抜いた結果、引き籠もっていた侯爵領から人の行き交いが多い王都へと出向く事とした。 そして、思わぬ形で友人が出来、様々な人と出会い結婚相手も無事に見つかって新しい生活をしていくエーファのお話。 ☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ているもの、違うものもあります。 ☆現実世界で似たもしくは同じ人名、地名があるかもしれませんが、全く関係ありません。 ☆現実世界とは似ているようで違う世界です。常識も現実世界と似ているようで違います。それをご理解いただいた上で、楽しんでいただけると幸いです。 ☆この世界でも季節はありますが、現実世界と似ているところと少し違うところもあります。まりぃべるの世界だと思って楽しんでいただけると幸いです。 ☆書き上げています。 その途中間違えて投稿してしまいました…すぐ取り下げたのですがお気に入り入れてくれた方、ありがとうございます。ずいぶんとお待たせいたしました。

解けない魔法を このキスで

葉月 まい
恋愛
『さめない夢が叶う場所』 そこで出逢った二人は、 お互いを認識しないまま 同じ場所で再会する。 『自分の作ったドレスで女の子達をプリンセスに』 その想いでドレスを作る『ソルシエール』(魔法使い) そんな彼女に、彼がかける魔法とは? ═•-⊰❉⊱•登場人物 •⊰❉⊱•-═ 白石 美蘭 Miran Shiraishi(27歳)…ドレスブランド『ソルシエール』代表 新海 高良 Takara Shinkai(32歳)…リゾートホテル運営会社『新海ホテル&リゾート』 副社長

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

処理中です...