ご先祖さまの証文のせいで、ホテル王と結婚させられ、ドバイに行きました

菱沼あゆ

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スークと砂漠に行きました

あなたが私を呼ぶのなら――

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 ルーフトップラウンジに移動し、砂漠に沈みゆく太陽を眺めながら、また少し呑んだ。

 夕日を楽しむためにか、洒落たランプがあちこちにあるだけで、他の灯りはないので、ラウンジの中を歩く人々が黒い影のように見えて雰囲気がある。

「そういえば、明日の朝、後輩がドバイに着くんだ」

 そんなことを桔平が言ってきた。

「ああ、例の後輩の方」

「ドバイは不慣れなようだから、さすがに早朝は無理だが、早めに迎えに行ってやろうかと思って」

 空港のラウンジで寝て待ってると言っていた、と言う。

「大丈夫ですか?
 今日、もう帰っておいた方がいいんじゃないですか?」

 真珠はそう言ったが、桔平は夕日を見ながら、いや、と笑い、言ってくる。

「ここの方がお前と、まったりできるからいい。

 旅はいいな。

 ……いやまあ、俺は職場と行ったり来たりではあるんだが。

 真珠、こんな場所だと、非現実的な雰囲気があるから、俺と恋に落ちてもいいかなとか思うだろ」

 そう笑ったあとで、桔平は侑李もここにいたことを思い出したらしく、

「侑李と恋に落ちてないだろうな」
と真珠の長い髪を指先でつまみ、引っ張ってきた。

 小学生か、と思いながら、真珠は、
「そんなはずないじゃないですか~」
と訴える。

 まず、夫と恋に落ちれていないのに、他の人と落ちる余裕なんてありませんよ、と思う真珠を見つめ、桔平は言ってくる。

「ちゃんと今日もお前が好きだぞ」

「え?」

「言ったじゃないか。

 毎日、今日もお前のことが好きだし。
 明日もきっとお前が好きだろうって思ってるって。

 昨日も好きだったし、今日も好きだ。

 明日もきっと好きだろう」

「……天気予報ですか」

 ちょっと照れながらもそう言い、真珠は細長いグラスに口をつけた。

 ライムの香りが鼻に、つんと来る。

「……なんでそんなこと言ってくださるんですか?」

「ん?」

「なんで結婚式で一度会っただけの私に、そんな風に言ってくださるんですか?」

「言っただろう。
 式でお前に惚れたんだって。

 ……隠れてフグ食ってたからじゃないぞ」

 じゃあ、なんでなんですかね~? と思いながら、真珠は眠くなる。

 昼間、長くプールに浸かっていたせいかもしれない。

「あっ。
 こらっ、なに寝そうになってるんだ。
 俺が愛を語ってるのにっ」

 幼児かっ、と言われる。

「しょうがないな。
 よし、ちょっと寝ろ」
と桔平が上着をかけてくれた。

 真珠がソファに寄り掛かるようにして目を閉じていると、桔平が呟くのが聞こえてきた。

「……今すぐ来いと言ったら、ほんとに来てくれたからな。

 ゆっくり旅を楽しめ、ご褒美だ」

 遠ざかる意識の中、真珠は思っていた。

 だって、言いましたもんね、あなたにあの日。

『困ったことがあったら呼んでください。

 いつでも何処でも、あなたが呼ぶのなら……』

 

「……『あなたが呼ぶのなら、砂漠でも、宇宙でも』」

 いつか真珠が言ったその言葉を桔平は口の中で呟いた。

 横で眠る真珠を見たあと、果てしなく広がる砂漠に目を向ける。

「あのとき、何故だか思ったんだ。
 こいつ、ほんとに来そうだなって。

 無理やり結婚させられただけなのに。
 俺が普段は自由にしてていいと言ったことに感謝して」

 いつでも何処でも。

 砂漠でも、宇宙でも。

 例え俺がすべてを失って、一文なしになって彷徨さまよっていたとしても――。

 寝返りを打った真珠の手が桔平の脚に触れた。

 日が落ち、冷たい風が吹き付けてくるが、真珠のその細い指先が触れている部分だけ温かかった。

「……ずっと離れていたのは、本当は。

 例え、どんなに時も空間も隔てていても。

 駆けつけてきてくれるお前を見たかったからかもな」

 そう言い桔平は笑ってみせた。

 

 うつらうつらしている真珠は、夢の中、何故か宇宙服を着て、宇宙空間に浮いていた。

 桔平がいる宇宙ステーションに行こうとするのだが、上手く進まない。

 ああ……昼間、平泳ぎの練習でもしておけばよかったな、と思ったところで目が覚めた。


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