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一夜一夜にヒの一夜が消えました……
とりあえず、お酒は美味しくいただきました
しおりを挟む「なんだかわくわくしますよね、回転寿司って」
と言いながら、のどかはカウンターでメニューを見ていた。
のどかもお醤油などは用意したのだが、お茶やなにかは、ささっと貴弘が用意してくれていた。
むむ。
お坊っちゃまのくせに、回転寿司での手際もよいとか。
なんとなく、この人がカウンターの席に腰掛けたら、すぐに巻き毛の執事が現れて、すべて整えてくれたあと、足許に跪《ひざまず》いて待機している、というイメージなんだが。
その光景を想像してしまい、ひとり笑うのどかに、
「……お前はいつも楽しそうでいいな」
と貴弘が少し呆れた口調で言ってくる。
「あ、そういえば、社長。
まだ離婚届出しに行ってませんが」
華やかなデザートや果物も回るレーンを見ながらのどかが言うと、
「出す必要あるのか」
と貴弘もレーンを見たまま言ってくる。
そのとき、皿の上に突き立った可愛らしい柄の野菜ジュースが回ってきた。
「前から思ってたんですけど。
ジュースって、回ってる間にぬるくなりませんかね?」
「お腹冷えなくていいんじゃないか?」
「そうですね。
でも、弾みで結婚しただけなのに、いつまでも離婚しないで、いろいろとお世話になっているのが申し訳なくて」
「世話しているというほどのことでもない。
ちょうど店子が居なかった家を貸しただけだし。
……家賃もいいぞ。
どうせ、一万だし」
そのとき、目の前の板前のお兄さんがマイクで業務連絡を始めた。
「軍艦入りましたー。
いくら、レディース。
それと、サーモン抜きで」
「でも、一万円って、大金ですよ。
サーモン抜きって、サーモン抜くんですかね?」
「……サーモン抜いてどうすんだ」
サビ抜きだろう、と言ったあとで、貴弘が、
「っていうか、真面目な話に、ちょいちょい、寿司ネタ挟んでくるなっ」
とキレる。
ひっ、とのどかが取り落としそうになった皿を見て、貴弘が、
「おい、その海老、サビ入りだぞ。
お前、わさび苦手だろ」
と言ってくる。
「えっ?
何故、私がわさびが苦手だと?」
「いや、お前、さっきから、サビ抜きしか取ってないだろうが」
「噂には聞いていましたが、さすがはキレ者ですね」
「……今か。
俺、確かお前と一緒に仕事したよな」
……しましたね、と思うのどかの海老をひょいと貴弘が取る。
そして、サビ抜きの海老をくれた。
いい人だ……。
「今、社長が王子様に見えました」
というと、莫迦か、と言いながらも、貴弘は少し赤くなる。
「……呑むか?
どうせ歩きだし」
と言いながら、貴弘がメニューを取る。
「あ、いいですね~」
とのどかが機嫌よくなると、
「まさか、今のでも王子に見えたとか?」
とちょっと笑って貴弘が訊いてくる。
「はい、王子様度が3上がりました」
「……さっきのは?」
「1ですかね?」
「じゃあ、今は?」
「4王子様ですね」
「じゃ、最初、ゼロじゃねえかっ」
っていうか、王子様度ってなんだっ?
と自分で訊いておいてキレ始めたが。
よく冷えた日本酒がすぐに来たので、二人とも機嫌がよくなった。
しばらく楽しく呑んだあと貴弘が、忘れていた、離婚届を何故出さないのか、の回答らしきことを言ってきた。
「俺は今、お前を観察してるんだ。
酔った俺がなにを思って、お前と婚姻届を出したのかが気になるから」
と言われ、
か、観察しないでください、とのどかは皿を手に固まる。
私、今、玉ねぎのたっぷりのったサーモンを取りましたが、これは貴方の妻としてオッケーな行為なのですか?
いや、なんのネタを取ったら、オッケーなのかもわからないし。
別にこの人の妻としてふさわしくなくてもいいような気はしているのだが――。
雑草カフェをやって生きていくと決めたことだし。
ああでも、あの家も、この人のだったか、と思って強張りながらも、お寿司とお酒は美味しくいただいた。
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