あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ

文字の大きさ
28 / 114
一夜一夜にヒの一夜が消えました……

とりあえず、お酒は美味しくいただきました

しおりを挟む
 


「なんだかわくわくしますよね、回転寿司って」
と言いながら、のどかはカウンターでメニューを見ていた。

 のどかもお醤油などは用意したのだが、お茶やなにかは、ささっと貴弘が用意してくれていた。

 むむ。
 お坊っちゃまのくせに、回転寿司での手際もよいとか。

 なんとなく、この人がカウンターの席に腰掛けたら、すぐに巻き毛の執事が現れて、すべて整えてくれたあと、足許に跪《ひざまず》いて待機している、というイメージなんだが。

 その光景を想像してしまい、ひとり笑うのどかに、
「……お前はいつも楽しそうでいいな」
と貴弘が少し呆れた口調で言ってくる。

「あ、そういえば、社長。
 まだ離婚届出しに行ってませんが」

 華やかなデザートや果物も回るレーンを見ながらのどかが言うと、
「出す必要あるのか」
と貴弘もレーンを見たまま言ってくる。

 そのとき、皿の上に突き立った可愛らしい柄の野菜ジュースが回ってきた。

「前から思ってたんですけど。
 ジュースって、回ってる間にぬるくなりませんかね?」

「お腹冷えなくていいんじゃないか?」

「そうですね。
 でも、弾みで結婚しただけなのに、いつまでも離婚しないで、いろいろとお世話になっているのが申し訳なくて」

「世話しているというほどのことでもない。
 ちょうど店子が居なかった家を貸しただけだし。

 ……家賃もいいぞ。
 どうせ、一万だし」

 そのとき、目の前の板前のお兄さんがマイクで業務連絡を始めた。

「軍艦入りましたー。
 いくら、レディース。

 それと、サーモン抜きで」

「でも、一万円って、大金ですよ。
 サーモン抜きって、サーモン抜くんですかね?」

「……サーモン抜いてどうすんだ」

 サビ抜きだろう、と言ったあとで、貴弘が、
「っていうか、真面目な話に、ちょいちょい、寿司ネタ挟んでくるなっ」
とキレる。

 ひっ、とのどかが取り落としそうになった皿を見て、貴弘が、
「おい、その海老、サビ入りだぞ。
 お前、わさび苦手だろ」
と言ってくる。

「えっ?
 何故、私がわさびが苦手だと?」

「いや、お前、さっきから、サビ抜きしか取ってないだろうが」

「噂には聞いていましたが、さすがはキレ者ですね」

「……今か。
 俺、確かお前と一緒に仕事したよな」

 ……しましたね、と思うのどかの海老をひょいと貴弘が取る。

 そして、サビ抜きの海老をくれた。

 いい人だ……。

「今、社長が王子様に見えました」
というと、莫迦か、と言いながらも、貴弘は少し赤くなる。

「……呑むか?
 どうせ歩きだし」
と言いながら、貴弘がメニューを取る。

「あ、いいですね~」
とのどかが機嫌よくなると、

「まさか、今のでも王子に見えたとか?」
とちょっと笑って貴弘が訊いてくる。

「はい、王子様度が3上がりました」

「……さっきのは?」

「1ですかね?」

「じゃあ、今は?」

「4王子様ですね」

「じゃ、最初、ゼロじゃねえかっ」

 っていうか、王子様度ってなんだっ?
と自分で訊いておいてキレ始めたが。

 よく冷えた日本酒がすぐに来たので、二人とも機嫌がよくなった。

 しばらく楽しく呑んだあと貴弘が、忘れていた、離婚届を何故出さないのか、の回答らしきことを言ってきた。

「俺は今、お前を観察してるんだ。
 酔った俺がなにを思って、お前と婚姻届を出したのかが気になるから」
と言われ、

 か、観察しないでください、とのどかは皿を手に固まる。

 私、今、玉ねぎのたっぷりのったサーモンを取りましたが、これは貴方の妻としてオッケーな行為なのですか?

 いや、なんのネタを取ったら、オッケーなのかもわからないし。

 別にこの人の妻としてふさわしくなくてもいいような気はしているのだが――。

 雑草カフェをやって生きていくと決めたことだし。

 ああでも、あの家も、この人のだったか、と思って強張りながらも、お寿司とお酒は美味しくいただいた。



しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

侯爵様と私 ~上司とあやかしとソロキャンプはじめました~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 仕事でミスした萌子は落ち込み、カンテラを手に祖母の家の裏山をうろついていた。  ついてないときには、更についてないことが起こるもので、何故かあった落とし穴に落下。  意外と深かった穴から出られないでいると、突然現れた上司の田中総司にロープを投げられ、助けられる。 「あ、ありがとうございます」 と言い終わる前に無言で総司は立ち去ってしまい、月曜も知らんぷり。  あれは夢……?  それとも、現実?  毎週山に行かねばならない呪いにかかった男、田中総司と萌子のソロキャンプとヒュッゲな生活。

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

ほんとうに、そこらで勘弁してくださいっ ~盗聴器が出てきました……~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 盗聴器が出てきました……。 「そこらで勘弁してください」のその後のお話です。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

処理中です...