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結ばれた縁
#17
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「犯人逮捕しただあ?」
捜査会議のあった部屋で、集められた情報を整理していた警部はこれでもかと声を荒らげた。
「いや、犯人といいますか、どちらかというと重要参考人の連行の方が正しいかと」
「説明しろ」
「はい」
署に戻ってくる最中に綾木から聞いた話をかいつまんで話す。あの時、細身の男に警察手帳を見せて聞き込みと同じように話しかけると、自分が殺してしまったのだと男は言ったという。
「雅人さんは…僕に協力してくれただけなんです。なのに…なのに、」名前を聞けば柊和也と名乗った男は、綾木にそう言った。
「さっき、自分が殺したって言ってけど、その話を詳しく聞かせてもらえる?」
「事実ですよ。僕が殺したんです。刑事さんなんでしょ? 逮捕、しないんですか?」
「うーん、できないことはないんだけどね」
「なら早く連れてってください。殺人犯を野放しにするつもりですか」
「…署に行ったら、きちんと話してくれるよね?」
「連れてくんですか? 連れてかないんですか?」
「柊さん…」
どうも話がかみ合わず、埒が明かない。どうしようもなくて一応高橋のもとに連れてきたのだと、綾木は言った。
「警部、柊は確実に何かを隠してますし、署に来た今も自分が殺したの一点張りで、それをを喋ろうとはしていません」
「…そうか」
「彼はSubで、カラーもつけてます。ここからは俺の勘でしかないのですが…」
「言ってみろ」
「おそらくプレイの最中ではないかと」
「…ではなにか。柊和也はパートナーとのプレイの一環で署に来たとでもいうのか」
机に座りなおした警部は、両肘をつき高橋を睨んだ。突拍子もない物言いだということは高橋が一番わかっている。しかし、道中の会話や綾木の話を聞く限り、その可能性は捨てきれないと思った。
プレイ中のSubは普段と比べ、判断力や自律性が著しく下がる。もちろん、個人差はあるが、おおよそパートナーのDomへの無条件の信頼が増し、時には自分のことさえあやふやで信じられなくなる。
柊との会話が嚙み合わなかったのはそのせいだと、高橋は考えた。
「通常、プレイはパートナーに褒めてもらえるようにSubはコマンドに忠実にあろうと必死になります。ただそれは、パートナーに見守ってもらえているという信頼と事実が必要です」
「…つまり?」
「署内に、パートナーがいるかと」
「なるほどな…」
陽は落ち、蛍光灯の無機質な光が部屋を照らす。周りには誰もいなかった。シーンと静まり返る中、こんこんと戸が鳴った。
「柊ですが…どうしましょうか」頭を掻きながら入ってきた綾木は苦笑いして言う。「一応重要参考人なんで、帰す方がいいとは思うんですが…」
「何か問題でもあるのか」高橋は首を傾げた。
「自分が殺した、逮捕しろというわりにはどうやって殺したのか、なんで殺したのかを話さないんです。殺したと自供しているわけですから殺人容疑で逮捕状を請求してもいいかとは思うんですが、なにぶん物的証拠がないので…」
「…いま連絡があった」警部はスマホを見ながら静かに言う。「柊のアリバイは深夜と夕方とどちらも立証されてる。逮捕はできない」
「ですよね…」綾木はガクリと肩を落とした。無理もない。一時間近く、粘り強く柊と話したにも関わらず、成果は何もなかったのだ。
「柊のパートナーは罪を擦り付けようとしているようですね」
「…おびき出してみるか」
「その手で行きます? まあ、一番簡単ではありますけど…」
警部は人の悪い笑みを浮かべた。
プレイの一環だとしても、自ら警察署に連行され実際あった事件の犯人だと虚偽を言うことは、立派な公務執行妨害になる。それさえも分からなくなってしまうのがプレイ中のSubだ。今も柊は自分のパートナーに褒めてもらおうと必死に言葉を紡いでいるだろう。いわば暗示にかかったのと同じともいえる。
「ちょ、待ってください。パートナー? おびき出す? どういうことです?」
ひとり蚊帳の外だった綾木に高橋は説明する。「…てことだ」
「なるほど。なら、証拠に関する嘘の情報を流しましょうか」
「いいじゃないか」珍しく警部が綾木を褒める。「だが、周知してしまうと確実な証拠として扱わざるを得ないから、噂程度でとどめておけ」
警部は書類の一枚をひっくり返し、ペンを走らせる。
『はえはのをとび、はもをとる。しかくはとるべきだが、監視を怠るな。 読みまほしや♡』
高橋と綾木は互いを見やり、どちらかともなく笑った。
「警部…これはさすがに、ふはっ」たまらず綾木は噴き出した。これ、と差す指の先には不格好なハートがある。
「ええい、うるさい。いいか! 柊は…研究室で保護、お前らは鑑識課の保管室で張っとけ」
「…徹夜、っすか」
「あきらめろ」警部がこう言っているんだから。そう、高橋は綾木の肩を叩いた。
今夜が正念場だ。
捜査会議のあった部屋で、集められた情報を整理していた警部はこれでもかと声を荒らげた。
「いや、犯人といいますか、どちらかというと重要参考人の連行の方が正しいかと」
「説明しろ」
「はい」
署に戻ってくる最中に綾木から聞いた話をかいつまんで話す。あの時、細身の男に警察手帳を見せて聞き込みと同じように話しかけると、自分が殺してしまったのだと男は言ったという。
「雅人さんは…僕に協力してくれただけなんです。なのに…なのに、」名前を聞けば柊和也と名乗った男は、綾木にそう言った。
「さっき、自分が殺したって言ってけど、その話を詳しく聞かせてもらえる?」
「事実ですよ。僕が殺したんです。刑事さんなんでしょ? 逮捕、しないんですか?」
「うーん、できないことはないんだけどね」
「なら早く連れてってください。殺人犯を野放しにするつもりですか」
「…署に行ったら、きちんと話してくれるよね?」
「連れてくんですか? 連れてかないんですか?」
「柊さん…」
どうも話がかみ合わず、埒が明かない。どうしようもなくて一応高橋のもとに連れてきたのだと、綾木は言った。
「警部、柊は確実に何かを隠してますし、署に来た今も自分が殺したの一点張りで、それをを喋ろうとはしていません」
「…そうか」
「彼はSubで、カラーもつけてます。ここからは俺の勘でしかないのですが…」
「言ってみろ」
「おそらくプレイの最中ではないかと」
「…ではなにか。柊和也はパートナーとのプレイの一環で署に来たとでもいうのか」
机に座りなおした警部は、両肘をつき高橋を睨んだ。突拍子もない物言いだということは高橋が一番わかっている。しかし、道中の会話や綾木の話を聞く限り、その可能性は捨てきれないと思った。
プレイ中のSubは普段と比べ、判断力や自律性が著しく下がる。もちろん、個人差はあるが、おおよそパートナーのDomへの無条件の信頼が増し、時には自分のことさえあやふやで信じられなくなる。
柊との会話が嚙み合わなかったのはそのせいだと、高橋は考えた。
「通常、プレイはパートナーに褒めてもらえるようにSubはコマンドに忠実にあろうと必死になります。ただそれは、パートナーに見守ってもらえているという信頼と事実が必要です」
「…つまり?」
「署内に、パートナーがいるかと」
「なるほどな…」
陽は落ち、蛍光灯の無機質な光が部屋を照らす。周りには誰もいなかった。シーンと静まり返る中、こんこんと戸が鳴った。
「柊ですが…どうしましょうか」頭を掻きながら入ってきた綾木は苦笑いして言う。「一応重要参考人なんで、帰す方がいいとは思うんですが…」
「何か問題でもあるのか」高橋は首を傾げた。
「自分が殺した、逮捕しろというわりにはどうやって殺したのか、なんで殺したのかを話さないんです。殺したと自供しているわけですから殺人容疑で逮捕状を請求してもいいかとは思うんですが、なにぶん物的証拠がないので…」
「…いま連絡があった」警部はスマホを見ながら静かに言う。「柊のアリバイは深夜と夕方とどちらも立証されてる。逮捕はできない」
「ですよね…」綾木はガクリと肩を落とした。無理もない。一時間近く、粘り強く柊と話したにも関わらず、成果は何もなかったのだ。
「柊のパートナーは罪を擦り付けようとしているようですね」
「…おびき出してみるか」
「その手で行きます? まあ、一番簡単ではありますけど…」
警部は人の悪い笑みを浮かべた。
プレイの一環だとしても、自ら警察署に連行され実際あった事件の犯人だと虚偽を言うことは、立派な公務執行妨害になる。それさえも分からなくなってしまうのがプレイ中のSubだ。今も柊は自分のパートナーに褒めてもらおうと必死に言葉を紡いでいるだろう。いわば暗示にかかったのと同じともいえる。
「ちょ、待ってください。パートナー? おびき出す? どういうことです?」
ひとり蚊帳の外だった綾木に高橋は説明する。「…てことだ」
「なるほど。なら、証拠に関する嘘の情報を流しましょうか」
「いいじゃないか」珍しく警部が綾木を褒める。「だが、周知してしまうと確実な証拠として扱わざるを得ないから、噂程度でとどめておけ」
警部は書類の一枚をひっくり返し、ペンを走らせる。
『はえはのをとび、はもをとる。しかくはとるべきだが、監視を怠るな。 読みまほしや♡』
高橋と綾木は互いを見やり、どちらかともなく笑った。
「警部…これはさすがに、ふはっ」たまらず綾木は噴き出した。これ、と差す指の先には不格好なハートがある。
「ええい、うるさい。いいか! 柊は…研究室で保護、お前らは鑑識課の保管室で張っとけ」
「…徹夜、っすか」
「あきらめろ」警部がこう言っているんだから。そう、高橋は綾木の肩を叩いた。
今夜が正念場だ。
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