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結ばれた縁
#20
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研究室を抜け出した柊和也が、パートナーである榎本の逮捕を聞いてしまったと連絡があった。Subドロップを再発し、廊下で気を失ったところを刑事のひとりが見つけたという。
「管理はどうなってんだっ!」怒り心頭の警部は鳴宮医師を前に怒鳴りつけていた。
「ふざけんじゃないわよ。研究室は託児所じゃないっての! いい? あたしは研究者! 刑事でなければ保母さんでもないわっ!」
「なんだと? 引き受けたのはそっちだろうが! だったら最後まで責任持つもんじゃねぇのか!!」
「引き受けたぁ? あんたらが押し付けたんじゃないの!!」
白熱するその言い合いは会議室を大いに震わせていた。誰か止めろよ、と気まずそうな男が言う。被疑者相手ならどれだけでも強く出れるくせにと、高橋はため息を大袈裟についた。余計なことには首を突っ込まない主義の高橋にとっては、放っておいた方が楽ではあるが、綾木がまるで雨に濡れた子犬のように見えるものだから仕方ない、と大きく息を吸った。
「いい加減にしてください!!」
「…っ」
ふたりの声量の倍以上の声をあげる。キョトンとした彼らを前に、高橋は言葉を続けた。
「最終連絡があると聞いてここに来たんです。お言葉ですが、言い合いはそのあとにでもやっていただけますか? 捜査以外で残業はごめんです!」
ゴホン、と咳払いした警部は異様な空気の漂う中「まずはご苦労だった!」と落ち着いた声音で言った。
「無事、殺人犯を逮捕、起訴することができた。身柄も明日の朝に検察に引き渡す手筈となっている。気は抜くなよ。…さらに、肝臓を抜き取った人物の特定には至ってない。容疑者は数人。こちらの捜査は続けて行う。この手の犯罪は、第二、第三と続くことが多い。次の被害者を出さないよう、心してかかれ!」
ぎりぎりで、高橋は耳に指を突っ込んだ。
「はいっ!!」
ひと際でかい声に、頭が揺さぶられているような感覚を味わった。
ぞろぞろと荷物をまとめて刑事たちが出て行く中、高橋は肩を叩かれた。
「お前は別件だ」
「はい? もうエスはいりませんよ」
「違う。今週末に少し離れた海辺の町に研修に行ってきて欲しい」
「海辺の…?」
「どうやらきな臭いもんでな。その代わりだが…明日から金曜までの三日間は有給でいいな? よし」
「労基に引っかかりそうな決め方ですね? まあ、いいですけど」
「だろ? 無駄なことはしない主義なんだ」
じゃ、任せたぞ。半ば仕事を投げて寄こして、警部は部屋を出て行った。姿が見えなくなると、一気に疲労が体中に広がる。
「で、結局柊は保護されたんですよね?」綾木は大きなあくびを隠そうともせず、近づいてきた。「担当医は、えっと…」
「皇先生だ。Usualだし、腕も確かだ。もう大丈夫だろう。…時間はかかるだろうがな」
そうですか、と綾木には似合わず肩を落とした。柊を連れてきたのは綾木だ。ほんの少し、責任というものを感じているのかもしれないと、高橋は思った。
「あ、そうだ! あれ、今でも思い出し笑いして眠れないんですけど」
気にすることはない、と口を開きかけた高橋は見事に肩透かしを食らった。
「…あれ?」
「ほら、あの暗号…っていうか怪文ですよ」
「ああ、あれ」
警察署内に犯人がいるとわかり、聞こえるとまずいと考えたのか警部が書いた暗号。実際は容疑者は絞られていたし、その容疑者が話の聞こえる範囲にいないことはその場にいた三人ともわかっていた。つまり、文の最期にハートのついたあの気色悪い怪文は、警部のおふざけに過ぎないのだ。
ハート、はーと、はあと、は後。その前の「読みまほしや」は古語で読んで欲しいなあ、という意味。「は」の後を読めと、あの暗号は指していた。
『はえはのをとび、はもをとる。しかくはとるべきだが、監視を怠るな。 読みまほしや♡』
「は」の後を読めば、「えのもと」になる。わかりきっていることを、ふざけてわざわざ伝え、綾木のツッコミに赤面していたのだから世話はない。
「まあ、疲れれば誰だって正常な判断が難しくなるものだろう」
「それもそうですね…」
「今日はもう帰るのか?」
「いやそれが、夜勤をしなくちゃいけなくなりまして…」
「…相変わらずブラックだな」
「え、高橋さんが代わってくれるって?」
「誰がそんなこと言った」
「冗談ですよ」へらへらと綾木は笑う。
「どうやらお前も疲れてるらしいな。仮眠をとった方がいいぞ。何なら眠らせてやろうか」
高橋はにっこりと笑いながら、拳を握り指の関節を鳴らす。
「結構です! 遠慮します! お疲れ様でした!」
ここぞとばかりに自慢の脚で綾木は逃げていった。ふう、とため息をつく。わずかに会議室に反響した。
静かになった部屋でひとり、高橋はどうしようもなく入間に会いたくてたまらなかった。
「管理はどうなってんだっ!」怒り心頭の警部は鳴宮医師を前に怒鳴りつけていた。
「ふざけんじゃないわよ。研究室は託児所じゃないっての! いい? あたしは研究者! 刑事でなければ保母さんでもないわっ!」
「なんだと? 引き受けたのはそっちだろうが! だったら最後まで責任持つもんじゃねぇのか!!」
「引き受けたぁ? あんたらが押し付けたんじゃないの!!」
白熱するその言い合いは会議室を大いに震わせていた。誰か止めろよ、と気まずそうな男が言う。被疑者相手ならどれだけでも強く出れるくせにと、高橋はため息を大袈裟についた。余計なことには首を突っ込まない主義の高橋にとっては、放っておいた方が楽ではあるが、綾木がまるで雨に濡れた子犬のように見えるものだから仕方ない、と大きく息を吸った。
「いい加減にしてください!!」
「…っ」
ふたりの声量の倍以上の声をあげる。キョトンとした彼らを前に、高橋は言葉を続けた。
「最終連絡があると聞いてここに来たんです。お言葉ですが、言い合いはそのあとにでもやっていただけますか? 捜査以外で残業はごめんです!」
ゴホン、と咳払いした警部は異様な空気の漂う中「まずはご苦労だった!」と落ち着いた声音で言った。
「無事、殺人犯を逮捕、起訴することができた。身柄も明日の朝に検察に引き渡す手筈となっている。気は抜くなよ。…さらに、肝臓を抜き取った人物の特定には至ってない。容疑者は数人。こちらの捜査は続けて行う。この手の犯罪は、第二、第三と続くことが多い。次の被害者を出さないよう、心してかかれ!」
ぎりぎりで、高橋は耳に指を突っ込んだ。
「はいっ!!」
ひと際でかい声に、頭が揺さぶられているような感覚を味わった。
ぞろぞろと荷物をまとめて刑事たちが出て行く中、高橋は肩を叩かれた。
「お前は別件だ」
「はい? もうエスはいりませんよ」
「違う。今週末に少し離れた海辺の町に研修に行ってきて欲しい」
「海辺の…?」
「どうやらきな臭いもんでな。その代わりだが…明日から金曜までの三日間は有給でいいな? よし」
「労基に引っかかりそうな決め方ですね? まあ、いいですけど」
「だろ? 無駄なことはしない主義なんだ」
じゃ、任せたぞ。半ば仕事を投げて寄こして、警部は部屋を出て行った。姿が見えなくなると、一気に疲労が体中に広がる。
「で、結局柊は保護されたんですよね?」綾木は大きなあくびを隠そうともせず、近づいてきた。「担当医は、えっと…」
「皇先生だ。Usualだし、腕も確かだ。もう大丈夫だろう。…時間はかかるだろうがな」
そうですか、と綾木には似合わず肩を落とした。柊を連れてきたのは綾木だ。ほんの少し、責任というものを感じているのかもしれないと、高橋は思った。
「あ、そうだ! あれ、今でも思い出し笑いして眠れないんですけど」
気にすることはない、と口を開きかけた高橋は見事に肩透かしを食らった。
「…あれ?」
「ほら、あの暗号…っていうか怪文ですよ」
「ああ、あれ」
警察署内に犯人がいるとわかり、聞こえるとまずいと考えたのか警部が書いた暗号。実際は容疑者は絞られていたし、その容疑者が話の聞こえる範囲にいないことはその場にいた三人ともわかっていた。つまり、文の最期にハートのついたあの気色悪い怪文は、警部のおふざけに過ぎないのだ。
ハート、はーと、はあと、は後。その前の「読みまほしや」は古語で読んで欲しいなあ、という意味。「は」の後を読めと、あの暗号は指していた。
『はえはのをとび、はもをとる。しかくはとるべきだが、監視を怠るな。 読みまほしや♡』
「は」の後を読めば、「えのもと」になる。わかりきっていることを、ふざけてわざわざ伝え、綾木のツッコミに赤面していたのだから世話はない。
「まあ、疲れれば誰だって正常な判断が難しくなるものだろう」
「それもそうですね…」
「今日はもう帰るのか?」
「いやそれが、夜勤をしなくちゃいけなくなりまして…」
「…相変わらずブラックだな」
「え、高橋さんが代わってくれるって?」
「誰がそんなこと言った」
「冗談ですよ」へらへらと綾木は笑う。
「どうやらお前も疲れてるらしいな。仮眠をとった方がいいぞ。何なら眠らせてやろうか」
高橋はにっこりと笑いながら、拳を握り指の関節を鳴らす。
「結構です! 遠慮します! お疲れ様でした!」
ここぞとばかりに自慢の脚で綾木は逃げていった。ふう、とため息をつく。わずかに会議室に反響した。
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