十年越しの恋心、叶えたのは毒でした。

碓氷雅

文字の大きさ
21 / 22
結ばれた縁

#21

しおりを挟む
 繁華街を歩き、その先の入間のバーを目指す。そう言えば、昨日会ったばかりなのにどうしてこうも会いたくなるのか。はやる気持ちを抑えることはできず、胸は高鳴った。

「あ…」

 そういえば、明後日来てと言われていたような気がする。わざわざ明後日と指定したのは何かしらの考えがあったからだろう。ならばそれに従う以外の選択肢はない。すぐさま踵を返し、来た道を戻った。

 ネオンに彩られた通りは、夜だというのに昼にも劣らないほど明るい。容赦ない照明は疲労の滲む目にはきつかった。こんな時、入間なら温かい濡れタオルを用意してくれるだろうか…。いや、もともと体温の高い入間のことだ。その大きな掌で両目を癒してくれるだろうか…。

 会えないとわかってから、入間のことを考えずにはいられなくなった。こうも我慢ができなかっただろうかと不思議に思う。たかが一日、会えていないだけで。

 心ここにあらずなまま歩いて、たどり着いたのは廃れたバーだった。いや、正しくは廃れたように見せているバーだろうか。年季が入っているかのようなペインティングは、ある種の趣を感じさせた。迷う余地なく、高橋はその戸を引いた。

「いらっしゃい。カウンターでいいですかな」
「ああ」

 促された席に座わる。テーブル席は満席で、あちこちで楽しそうな話声がしている。

「何になさいますか?」
「おまかせで。何か…甘くてさっぱりしてるものをお願いします」
「かしこまりました。お作りしますね」

 滑らかな動きで、シロップが入れられたシェイカーは振られる。カシャカシャと耳障りのいい音が、疲労の積もる頭を癒す。

 その音を子守歌に、うとうとしかけていたその時だった。

「隣、いいかな?」

 許可を求める言い方をしているくせに、有無を言わさず隣に男は座った。すらっとして、細すぎるほどの体躯をしている男は、「いつものを」とバーテンダーに頼む。
「僕は森彰拡もりあきひろ。お兄さんは?」
「…高橋だ」
「下の名前は?」
「…必要あるか?」
「それもそうだね」肘をついて頬を支えて、高橋を遠慮なしに覗き込む。「ならさ、パートナーを失ったことある?」
「は?」
「いつもこうなんですよ」バーテンダーはドリンクをサーブしながら苦笑した。「あまり深く考えなくていいと思いますよ」
「どうも」
「ひどくない? 僕はただ、知的好奇心を満たしたかっただけだよ? …ああ、でもま、それを他人のきみに強要するのは筋違いか…。ごめんね」

 申し訳なさそうに眉をさげるその姿は同性とは思えないほど妖艶で、ひどく庇護欲をそそられた。

「で? 失ったことある?」
「…ない」

 さっきは正反対のこと言ってたではないか、そう告げることは容易だが、簡単には離れてくれなさそうな雰囲気に、高橋は潔くあきらめることにした。

「そっか、僕もないよ。…きみは、えっと…、まあいっか」
「高橋だ」
「きみはSubだよね? カラーつけてるし」

 首元のカラーに伸びた森の手を、思わず叩き落とした。「あ、すまない…」

「いいや。こちらこそ。軽率だったよ。…いい色だね。僕がもらったものの方がきれいだけど。彼はね、旅に出ちゃったんだ。気づいたら、いなくなっててね」
「それは逃げ、」「でも、少しずつ帰ってきてくれているんだ」

 食い気味に言われ、聞く以外の選択肢を握りつぶされた気がした。

「それが嬉しくてね…」
「そうですか」
「彼を失ったら生きていけないからね…」

 カクテルを喉に流し、話すことに夢中になっている森に気になったことを聞いてみた。「そのパートナーさんは何て名前なんですか?」
「あっ…」「え?」会話を見守っていたバーテンダーは「まずい」と言わんばかりに、苦虫を嚙み潰したような表情をした。
「聞いてどうするの…。まさか、僕から彼を奪うつもり…? そうか、それで僕に話しかけたんだね?」
「は?」

 話しかけてきたのはお前の方だろうが、と高橋の眉間にしわが寄った。こいつは何を言っているんだ。

「うば…い」
「はい?」
「奪わせないっ! っ、誰にも!!」

 勢いよく伸びてきた森の手は、迷うことなく高橋の首を目指す。かかる直前で、その手はカウンター越しのバーテンダーの手によって止められた。

「なにしてるんだっ! 止めろっ」

 目を血走らせ、森はなおも襲い掛かろうとしている。抑えきれないと思ったのか、バーテンダーは森の首の後ろを手刀で勢いよく叩き、気絶させた。がくりと力を失った森は、カウンターに身を預ける。

「お客さん、申し訳ございません。今宵のカクテルはお代をいただきませんので、それで収めてはいただけませんか」
「…それはできない」そう言った高橋は周りを見回し、誰もカウンターで起きたことに気づいていないことを確認して、はあ、とため息をついた。「だが、彼をどうこうしようという気もない。…次は、ないぞ」
「肝に銘じます」
「ここは警官の巡回路だろう?」
「え、ええ。よくご存じで」
「注意して巡回するように連絡をしておく。…言いたいことはわかるな」高橋は胸元の内ポケットから警察手帳を出し、それを見せた。
「…警察の方でしたか」

 バーテンダーはこめかみを掻き、「気をつけます」と諦めを滲ませながら言った。

 カクテルの残りを飲み干し、金を払って店を出た高橋は軽く伸びをして帰路についた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
ある日ハイランクDomの榊千鶴に告白してきたのは、Subを怖がらせているという噂のあの子でー。 更新がずいぶん遅れてしまいました。全話加筆修正いたしましたので、また読んでいただけると嬉しいです。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

処理中です...