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結ばれた縁
#21
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繁華街を歩き、その先の入間のバーを目指す。そう言えば、昨日会ったばかりなのにどうしてこうも会いたくなるのか。はやる気持ちを抑えることはできず、胸は高鳴った。
「あ…」
そういえば、明後日来てと言われていたような気がする。わざわざ明後日と指定したのは何かしらの考えがあったからだろう。ならばそれに従う以外の選択肢はない。すぐさま踵を返し、来た道を戻った。
ネオンに彩られた通りは、夜だというのに昼にも劣らないほど明るい。容赦ない照明は疲労の滲む目にはきつかった。こんな時、入間なら温かい濡れタオルを用意してくれるだろうか…。いや、もともと体温の高い入間のことだ。その大きな掌で両目を癒してくれるだろうか…。
会えないとわかってから、入間のことを考えずにはいられなくなった。こうも我慢ができなかっただろうかと不思議に思う。たかが一日、会えていないだけで。
心ここにあらずなまま歩いて、たどり着いたのは廃れたバーだった。いや、正しくは廃れたように見せているバーだろうか。年季が入っているかのようなペインティングは、ある種の趣を感じさせた。迷う余地なく、高橋はその戸を引いた。
「いらっしゃい。カウンターでいいですかな」
「ああ」
促された席に座わる。テーブル席は満席で、あちこちで楽しそうな話声がしている。
「何になさいますか?」
「おまかせで。何か…甘くてさっぱりしてるものをお願いします」
「かしこまりました。お作りしますね」
滑らかな動きで、シロップが入れられたシェイカーは振られる。カシャカシャと耳障りのいい音が、疲労の積もる頭を癒す。
その音を子守歌に、うとうとしかけていたその時だった。
「隣、いいかな?」
許可を求める言い方をしているくせに、有無を言わさず隣に男は座った。すらっとして、細すぎるほどの体躯をしている男は、「いつものを」とバーテンダーに頼む。
「僕は森彰拡。お兄さんは?」
「…高橋だ」
「下の名前は?」
「…必要あるか?」
「それもそうだね」肘をついて頬を支えて、高橋を遠慮なしに覗き込む。「ならさ、パートナーを失ったことある?」
「は?」
「いつもこうなんですよ」バーテンダーはドリンクをサーブしながら苦笑した。「あまり深く考えなくていいと思いますよ」
「どうも」
「ひどくない? 僕はただ、知的好奇心を満たしたかっただけだよ? …ああ、でもま、それを他人のきみに強要するのは筋違いか…。ごめんね」
申し訳なさそうに眉をさげるその姿は同性とは思えないほど妖艶で、ひどく庇護欲をそそられた。
「で? 失ったことある?」
「…ない」
さっきは正反対のこと言ってたではないか、そう告げることは容易だが、簡単には離れてくれなさそうな雰囲気に、高橋は潔くあきらめることにした。
「そっか、僕もないよ。…きみは、えっと…、まあいっか」
「高橋だ」
「きみはSubだよね? カラーつけてるし」
首元のカラーに伸びた森の手を、思わず叩き落とした。「あ、すまない…」
「いいや。こちらこそ。軽率だったよ。…いい色だね。僕がもらったものの方がきれいだけど。彼はね、旅に出ちゃったんだ。気づいたら、いなくなっててね」
「それは逃げ、」「でも、少しずつ帰ってきてくれているんだ」
食い気味に言われ、聞く以外の選択肢を握りつぶされた気がした。
「それが嬉しくてね…」
「そうですか」
「彼を失ったら生きていけないからね…」
カクテルを喉に流し、話すことに夢中になっている森に気になったことを聞いてみた。「そのパートナーさんは何て名前なんですか?」
「あっ…」「え?」会話を見守っていたバーテンダーは「まずい」と言わんばかりに、苦虫を嚙み潰したような表情をした。
「聞いてどうするの…。まさか、僕から彼を奪うつもり…? そうか、それで僕に話しかけたんだね?」
「は?」
話しかけてきたのはお前の方だろうが、と高橋の眉間にしわが寄った。こいつは何を言っているんだ。
「うば…い」
「はい?」
「奪わせないっ! 今度こそっ、誰にも!!」
勢いよく伸びてきた森の手は、迷うことなく高橋の首を目指す。かかる直前で、その手はカウンター越しのバーテンダーの手によって止められた。
「なにしてるんだっ! 止めろっ」
目を血走らせ、森はなおも襲い掛かろうとしている。抑えきれないと思ったのか、バーテンダーは森の首の後ろを手刀で勢いよく叩き、気絶させた。がくりと力を失った森は、カウンターに身を預ける。
「お客さん、申し訳ございません。今宵のカクテルはお代をいただきませんので、それで収めてはいただけませんか」
「…それはできない」そう言った高橋は周りを見回し、誰もカウンターで起きたことに気づいていないことを確認して、はあ、とため息をついた。「だが、彼をどうこうしようという気もない。…次は、ないぞ」
「肝に銘じます」
「ここは警官の巡回路だろう?」
「え、ええ。よくご存じで」
「注意して巡回するように連絡をしておく。…言いたいことはわかるな」高橋は胸元の内ポケットから警察手帳を出し、それを見せた。
「…警察の方でしたか」
バーテンダーはこめかみを掻き、「気をつけます」と諦めを滲ませながら言った。
カクテルの残りを飲み干し、金を払って店を出た高橋は軽く伸びをして帰路についた。
「あ…」
そういえば、明後日来てと言われていたような気がする。わざわざ明後日と指定したのは何かしらの考えがあったからだろう。ならばそれに従う以外の選択肢はない。すぐさま踵を返し、来た道を戻った。
ネオンに彩られた通りは、夜だというのに昼にも劣らないほど明るい。容赦ない照明は疲労の滲む目にはきつかった。こんな時、入間なら温かい濡れタオルを用意してくれるだろうか…。いや、もともと体温の高い入間のことだ。その大きな掌で両目を癒してくれるだろうか…。
会えないとわかってから、入間のことを考えずにはいられなくなった。こうも我慢ができなかっただろうかと不思議に思う。たかが一日、会えていないだけで。
心ここにあらずなまま歩いて、たどり着いたのは廃れたバーだった。いや、正しくは廃れたように見せているバーだろうか。年季が入っているかのようなペインティングは、ある種の趣を感じさせた。迷う余地なく、高橋はその戸を引いた。
「いらっしゃい。カウンターでいいですかな」
「ああ」
促された席に座わる。テーブル席は満席で、あちこちで楽しそうな話声がしている。
「何になさいますか?」
「おまかせで。何か…甘くてさっぱりしてるものをお願いします」
「かしこまりました。お作りしますね」
滑らかな動きで、シロップが入れられたシェイカーは振られる。カシャカシャと耳障りのいい音が、疲労の積もる頭を癒す。
その音を子守歌に、うとうとしかけていたその時だった。
「隣、いいかな?」
許可を求める言い方をしているくせに、有無を言わさず隣に男は座った。すらっとして、細すぎるほどの体躯をしている男は、「いつものを」とバーテンダーに頼む。
「僕は森彰拡。お兄さんは?」
「…高橋だ」
「下の名前は?」
「…必要あるか?」
「それもそうだね」肘をついて頬を支えて、高橋を遠慮なしに覗き込む。「ならさ、パートナーを失ったことある?」
「は?」
「いつもこうなんですよ」バーテンダーはドリンクをサーブしながら苦笑した。「あまり深く考えなくていいと思いますよ」
「どうも」
「ひどくない? 僕はただ、知的好奇心を満たしたかっただけだよ? …ああ、でもま、それを他人のきみに強要するのは筋違いか…。ごめんね」
申し訳なさそうに眉をさげるその姿は同性とは思えないほど妖艶で、ひどく庇護欲をそそられた。
「で? 失ったことある?」
「…ない」
さっきは正反対のこと言ってたではないか、そう告げることは容易だが、簡単には離れてくれなさそうな雰囲気に、高橋は潔くあきらめることにした。
「そっか、僕もないよ。…きみは、えっと…、まあいっか」
「高橋だ」
「きみはSubだよね? カラーつけてるし」
首元のカラーに伸びた森の手を、思わず叩き落とした。「あ、すまない…」
「いいや。こちらこそ。軽率だったよ。…いい色だね。僕がもらったものの方がきれいだけど。彼はね、旅に出ちゃったんだ。気づいたら、いなくなっててね」
「それは逃げ、」「でも、少しずつ帰ってきてくれているんだ」
食い気味に言われ、聞く以外の選択肢を握りつぶされた気がした。
「それが嬉しくてね…」
「そうですか」
「彼を失ったら生きていけないからね…」
カクテルを喉に流し、話すことに夢中になっている森に気になったことを聞いてみた。「そのパートナーさんは何て名前なんですか?」
「あっ…」「え?」会話を見守っていたバーテンダーは「まずい」と言わんばかりに、苦虫を嚙み潰したような表情をした。
「聞いてどうするの…。まさか、僕から彼を奪うつもり…? そうか、それで僕に話しかけたんだね?」
「は?」
話しかけてきたのはお前の方だろうが、と高橋の眉間にしわが寄った。こいつは何を言っているんだ。
「うば…い」
「はい?」
「奪わせないっ! 今度こそっ、誰にも!!」
勢いよく伸びてきた森の手は、迷うことなく高橋の首を目指す。かかる直前で、その手はカウンター越しのバーテンダーの手によって止められた。
「なにしてるんだっ! 止めろっ」
目を血走らせ、森はなおも襲い掛かろうとしている。抑えきれないと思ったのか、バーテンダーは森の首の後ろを手刀で勢いよく叩き、気絶させた。がくりと力を失った森は、カウンターに身を預ける。
「お客さん、申し訳ございません。今宵のカクテルはお代をいただきませんので、それで収めてはいただけませんか」
「…それはできない」そう言った高橋は周りを見回し、誰もカウンターで起きたことに気づいていないことを確認して、はあ、とため息をついた。「だが、彼をどうこうしようという気もない。…次は、ないぞ」
「肝に銘じます」
「ここは警官の巡回路だろう?」
「え、ええ。よくご存じで」
「注意して巡回するように連絡をしておく。…言いたいことはわかるな」高橋は胸元の内ポケットから警察手帳を出し、それを見せた。
「…警察の方でしたか」
バーテンダーはこめかみを掻き、「気をつけます」と諦めを滲ませながら言った。
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