十年越しの恋心、叶えたのは毒でした。

碓氷雅

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結ばれた縁

#22

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「おい、にぃちゃんよ。俺らからの誘いを無視するたぁ、いい度胸じゃねぇか、ええ? …ヒック」

 唐突に肩を叩かれ「俺らと飲まねえか」と誘われた高橋が、酔っぱらいの戯言と無視を決め込めば、よりしつこく彼らは絡んできた。返事はするべきだったかと小指の爪の先ほどに後悔する。今時、そんな言い方をする輩もいるのか。

「急いでいる。どいてくれ」
「急ぐだぁ? にぃちゃん、もう終電は終わってんだぜ? 何を急ぐってんだ。それより、俺らと飲もうぜ?」
「…」

 話が通じない。着ているスーツからどこかのリーマンであることは確かで、その若さから、おそらく新卒だろう。ストレスが爆発しやすい時期ではあるが、それを加味したとしても羽目を外しすぎだ。

 警察手帳を見せれば、先のバーテンダーのようにすべてを理解するだろうが、果たして判断力を欠いた酔っぱらいにわかるだろうか。最悪、近くのどぶ川に投げられかねない。

 なら。

「急いでいると言っただろ。どいてく、」
「僕の連れに何か用かな?」

 クラウチングスタートよろしく、息を整え走る準備をしていた高橋の腰に、するっと腕がまわされる。聞き覚えのありすぎる声に、腰の体温に、ドクドクと心臓は勢いよく拍を打ち、胸は高鳴る。

「ちっ、連れがいたのかよ。やめだやめだ。あっちの店で飲みなおそうぜ」
「そ、そうだな…」酔いの浅い方の男は何かにおびえたように足を引く。終いには入間に頭を下げて脱兎のごとく走っていった。

「今日は…会えないんじゃなかったっけ?」
「うん。でも、調査が思いの外早く終わってね。優斗の姿を見かけた気がしたから追ってきたんだ」
「…」
「帰ろうか。ここからだと私の家の方が近いからね。…行こう」

 腰の手はするりと高橋の左手に重なり、当然のごとく指は絡まる。

「知ってる? 指には脳に次いで血管が集まっているんだ」
「そう、なのか…」
「だから神経も多くてね」入間の親指が、高橋の親指の付け根を撫でる。「指一本一本に通っているんだよ」
「へぇ…」

 暗い夜道を、街頭を頼りに歩く。そんな中で繋がる手に、絡んだ指に、意識が集まる。当然熱は集中して、汗ばんでしまっているのではと高橋は気が気でなくなりつつあった。離して、と言おうとしても「ん?」と顔を覗き込んでくるその表情が、なんとも形容しがたい感情を呼んで、胸をきゅっと苦しくさせて「なんでもない」としか言えない。

 マンションのエントランスを入り、鍵をあけてフロントからエレベーターに乗って部屋まで行き、その部屋に入るまで入間は高橋を離さなかった。

 カチャリと鍵がかけられて静かに見つめられたと思えば、ふっと笑った入間に唇を奪われる。貪ろうとするのではなくて、まるで鳥がついばむようなキスが降り注ぐ。ぴちゃぴちゃと艶めかしい水音はひどく官能的で、自分ばかりがその気にさせられるのが悔しい高橋は繋がったままの手をぐっと握り返した。

 嬉しそうに吐息を漏らした入間は、負けじとキスを深くして高橋の下を吸う。じゅ、じゅ、と吸われるたびに高橋の腰は砕けていった。

「ね、ま…て。もう、立ってられない…」
「ん? なら、ベット行こうか。…まだ靴も脱いでなかったね」
「あれ、ほんとだ…」

 どちらからともなく笑いがこぼれた。これでは抑えのきかない高校男児の性欲のようではないか。逆にあの頃よく我慢できたなと、高橋は過去の自分たちに感心した。

 「Sit座って…」

 何の脈絡もなくコマンドをささやかれ、ピリピリと背筋に何かが走る。玄関と式台はたいして高さに差はないけれど、そこに腰を下ろす。片足ずつ、丁寧に抱えられ靴は脱がされた。

「ありがt、」

 入間は高橋の膝を抱き、スラックスの上からそこにキスを落とした。「よく頑張りました。…疲れた?」

 思わず息をのむ。入間がそのまま高橋を見上げてきたからだ。

 仕事をきちんとこなすのは当然で、まして刑事なのだから被害者がいる限り真摯に取り組むのも当然で。わざわざ褒められることではないと、当然のように思っていたのに。

 こうして入間に態度で、言葉で褒められると、どうしようもなく嬉しくなる。もっと、もっと褒めて欲しくなる。

「少し…」
「そっか!」靴を脱いだ入間はそのまま式台に上がった。「首に手をまわして。抱えるから」

 素直にその言葉に従えば、ひょいッと抱かれ、そのまま連れていかれる。ベットに高橋を寝かせた入間は、思い出したように「ああ、」と頬を愛おしげに撫でた。

「言うの忘れてた。でもま、それはこれが終わってからでもいいか」
「なっ、気になるだろうが。教えてくれ」
「終わって、優斗が起きてからね。向こう三日間、休みでしょう? 時間はたっぷりあるし?」

 耳が早いにもほどがあるだろう。そう言おうとした言葉は見事に入間に吸い取られた。入間の双眸に燃える劣情は高橋をこれ以上ないほどに興奮させて、もう何でもいいかと思わせるほどに思考はその手から離れていった。
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