悪役令嬢リティシア

如月フウカ

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思い

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「いえ、護衛騎士が…お護りするべき大切な御主人様をからかうはずないではありませんか。」


「…アーグレン」


 私は顔に集まった熱を冷まそうと額に軽く手を当て、深く息を吐く。


 出来る限り平静を装って彼の名を呟くとアーグレンは申し訳無さそうに表情を歪め、俯いた。


「…申し訳ございません。」


「…別に怒ってないわ。ただ意外だっただけよ」


 これも私がどんな人間かを知る為のものだったのかしら…?

 少しからかわれただけで逆上するような器の小さい人間かどうかを見極めた…そういうことだとしたらまぁ納得出来るけど…。


 だとしても突然過去の出来事を言われると色々痴態を思い出してしまうから切実にやめてほしいわね。


「…アレクが話していた時は半信半疑で聞いていたのですが…その反応を見るとどうやら本当だったようですね。」


 …単純に事実かどうかを確かめたくて私の反応を見たって訳ね…。アーグレン…見かけによらずとんでもない奴だわ。


「申し訳ありませんでした。公女様がどれだけアレクを大切に思っているかを知ってしまったので…ついからかってしまいました。お怒りが収まらなければ護衛騎士を外して頂いて構いません」


 アーグレンが私の瞳を真っ直ぐ見つめて真剣に呟くので私は呆れざるを得ない。


 一体どんな覚悟をしてさっきの発言をしたのよ。そんな危険を冒すくらいなら黙っておいた方が得でしょうに…。まぁそれ程気になったんでしょうけど。


 …私のアレクへの思いが強いと…そう思わせておいた方がこの先得ね。親友に明らかに好意をもってる婚約者を無闇に傷つけようとはしないでしょうから。


 勿論アレクへの思いなら負けない自信があるけど…あまり好意を知られすぎるといざ婚約破棄をした時に彼の中で疑問が生まれてしまうからね。


 まぁ適度に好意をもってると思わせましょう。


「あのねぇ…怒ってないって言ったじゃない。それにさっきの忠誠は一体どこへ行ったのよ…」


「気分を害されたようでしたので…」


「そんなことでクビにするわけないでしょう。私の護衛騎士になろうとしてくれる物好きな人なんて貴方くらいなんだから」


 実際彼をクビにして新しい護衛騎士候補を募ったところでまともに私の瞳を見れる者は何人いるだろうか。


 数々の悪行が余す事なく広まった悪役令嬢を真剣に護ろうとする人間は果たして存在するだろうか。


 私の内面を見てくれる者など数えるほどしかいない。アレクも見てくれているが、王子を護衛騎士にする訳にはいかないし、本当にアーグレンしか適役はいないだろう。


 彼が完全に味方になったかは分からないが、こちらをからかうほど気を許してくれているから出だしは好調と言えるだろう。


 …からかう必要は全く無いと思うけれど。


「…公女様はお優しい方ですから、私でなくとも側でお仕えしたいと願う者は現れるでしょう」


「あらまさか私の噂を知らないとでも言うつもり?見たでしょう、侍女達の慌てた姿を。私は…嫌われてるのよ。」


 彼はそれを即座に否定出来ずにただ悲しそうに視線を逸らす。


 否定出来ないのは無理もない。何を隠そうアーグレン自身もその噂に惑わされていた一人であろうから。


 そして彼は少し目を瞑った後、こちらの瞳を真っ直ぐに見つめてくる。


「…周りがどう噂しようと公女様はお優しい方です。他の人間の言葉に耳を傾けるなと…先程そう仰られましたね。これからより一層心がけようと思います。…アレクが公女様を大切にする理由が…今ようやく分かりました」


 アレクが私に優しくするのは単純に彼が人に対して優しいからというのと、ただ私が婚約者だからだと思うんだけど…


 まぁ大切にしてると思われればアーグレンも私を大切にしてくれるわよね。


 その勘違いはそのまましててくれた方が良いわ。


「…そうね。彼が私を大切にしているかは分からないけど…そうだと嬉しいわ。でもねアーグレン。一つだけ言わせて」


「…はい。」


「私は…誰に対しても無条件で優しさを与えるような…出来た人間ではないわ。アレクとは違うの。それだけは分かって頂戴」


 私が悪役令嬢として振る舞う時に…アーグレンが違和感を感じないように予あらかじめ言っておかなければいけない。


 私はそもそもアレクのように出来た人間ではないし、「優しい」というイメージに当てはまるような人間でもないのだ。


「…分かりました」


 私の発言の意図はよく理解できなかったようだが、どうにか受け入れてくれたようだ。最も、彼の立場上そうせざるを得なかっただけであろうが。


 私はソファの隣に手を置き、ここへ座るよう勧めるが彼はやはり気が進まないといった様子を見せる。


「アーグレン。命令よ。朝からずっと立ち続けていたら足に悪いわ。早く座りなさい」


「…はい。では…失礼します」


 断りきれない事を察した彼は不本意ながら私の隣に腰を下ろす。ソファの柔らかさに相当驚いたのか、彼は興味深そうに生地に触れていた。


 そうか、騎士にはここまで良い物が与えられないのね。


 アレクが騎士団にあげようとしても使用人に止められてしまうだろうし…こっそりあげられるほどの大きさでもないから驚くのも仕方ないわ。


「ねぇ。残りのクッキー、食べていいわよ」


「…いえ、私は業務中ですので…」


「お願いよ。食べ切れないの。ルナがアーグレンの分まで多めに焼いてくれたのよ。…食べてくれない?」


「…畏まりました」


 私が強引に押し切ると彼は渋々手袋に手をかけた。そして彼が手袋を取ったその瞬間を狙って素早く彼の手を取る。


 その手はまるで雪山に数時間放置されたかのように…酷く冷えきっていた。
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