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何回か孤児院を訪れてはいたが、近くに薔薇園があることを教えてくれたのは今回が初めてであった。今まで孤児院を訪問するときは、いつも義母の同伴だった。これだけ優しく、気の回る夫と共にであれば妻が外出先で足を伸ばすことができる、と院長は考えたのだろうか。
確かに、薔薇園は素晴らしかった。今のような初秋には、春先よりは小ぶりではあるが色の濃い薔薇が綺麗に咲く。薔薇自体は春に比べると花数は少ないが、それでも見るものを楽しませるように丁寧に作り込まれた庭園だったので訪れる価値は間違いなくあった。
今まで花に興味がある素振りなど一度も見せたことのないジェームズだが、エラにちゃんと付き添いながらも彼女の鑑賞の邪魔にならないように大人しくしていた。
薔薇園の管理者が有力者のブラウン家の跡取り夫妻が訪れたと知って、挨拶に飛んできた。今までのジェームズだったら、尊大な態度を取り続けているであろう明らかに格下の相手にでも、夫は感じよく対応を続けた。
「妻は薔薇が大好きなんだ」
突然の来訪だったので歓待が出来ず申し訳ない、と謝罪する管理者にそう言って微笑みを見せた。
「薔薇を愛でる彼女の側にいれるだけで、私は十分満足している。これだけ綺麗な薔薇がたくさん咲いているのだから、他のことは気にしないでくれたまえ」
管理者はジェームズの言葉に至極感激し、帰りがけに丁寧に棘を抜いた美しい赤い薔薇を一輪エラにプレゼントしてくれた。
「まぁ、なんて美しい…。嬉しいわ、ありがとう」
エラが思わず顔をほころばせると、彼女の匂い立つような美しさにあてられて、まだ若い男の管理者は頬を染めた。ジェームズはその様子を黙って見つめていたが、管理者と挨拶を交わして馬車に乗り込むとため息をついた。
「俺は君に花の一輪もプレゼントしたことがなかったな」
エラは未だ薔薇の美しさに魅了されていたが、その言葉を聞いて、目の前に座る夫に視線をうつした。彼は自分の過去を恥じているような顔をしている。これは演技?それとも?
「…どうして、急に…全てが変わったの?」
エラは思わず彼に問うた。
「貴方はずっと私を疎んじていたわ。そうよね?」
彼はさっと顔を強張らせた。
「…ああ」
「では…どうして、こんな風に、突然…」
彼女は問いかけの途中で、はっと我に返った。
今までのジェームズであったら、意に染まぬ意見を言われたら怒鳴るか、顔を真っ赤にして黙り込むかどちらかだった。しかし目の前の彼は、真摯な光を瞳に灯して、エラを見つめていた。
「君も答えを分かっていて、問いかけているんだろう。俺は君とやり直したい。過去は変えられないが、現在、それから未来は変えられる。それから…」
彼は続きを躊躇って、視線を彼女から少しだけ逸した。
「俺はきっと君が一番望んでいるものを与えることが出来る」
その言葉に動揺して、エラは忙しく瞬きをした。
「どういう…意味?」
「そのうち分かるはずだ。いずれ俺が君にそれを与えることが出来るのを確信している。が、そこまでまだ時間がかかる…その間だけでも少しでもお互い居心地良く過ごせたらいいなと思っているだけだ。俺が望むのはそうやって君と過ごす時間だけだ」
(私が…一番望むもの…?)
「そうやって言って貴方はいつか…ルーリアさんのところに戻るのではなくて?」
思わず、愛人の名前がぽろりと零れた。ジェームズはその名を聞くのも嫌だと言わんばかりに、顔をみるみる不愉快そうに顰めた。
「何を言っても信じられないだろうが…これからの俺は君に貞節を誓う」
確かに、薔薇園は素晴らしかった。今のような初秋には、春先よりは小ぶりではあるが色の濃い薔薇が綺麗に咲く。薔薇自体は春に比べると花数は少ないが、それでも見るものを楽しませるように丁寧に作り込まれた庭園だったので訪れる価値は間違いなくあった。
今まで花に興味がある素振りなど一度も見せたことのないジェームズだが、エラにちゃんと付き添いながらも彼女の鑑賞の邪魔にならないように大人しくしていた。
薔薇園の管理者が有力者のブラウン家の跡取り夫妻が訪れたと知って、挨拶に飛んできた。今までのジェームズだったら、尊大な態度を取り続けているであろう明らかに格下の相手にでも、夫は感じよく対応を続けた。
「妻は薔薇が大好きなんだ」
突然の来訪だったので歓待が出来ず申し訳ない、と謝罪する管理者にそう言って微笑みを見せた。
「薔薇を愛でる彼女の側にいれるだけで、私は十分満足している。これだけ綺麗な薔薇がたくさん咲いているのだから、他のことは気にしないでくれたまえ」
管理者はジェームズの言葉に至極感激し、帰りがけに丁寧に棘を抜いた美しい赤い薔薇を一輪エラにプレゼントしてくれた。
「まぁ、なんて美しい…。嬉しいわ、ありがとう」
エラが思わず顔をほころばせると、彼女の匂い立つような美しさにあてられて、まだ若い男の管理者は頬を染めた。ジェームズはその様子を黙って見つめていたが、管理者と挨拶を交わして馬車に乗り込むとため息をついた。
「俺は君に花の一輪もプレゼントしたことがなかったな」
エラは未だ薔薇の美しさに魅了されていたが、その言葉を聞いて、目の前に座る夫に視線をうつした。彼は自分の過去を恥じているような顔をしている。これは演技?それとも?
「…どうして、急に…全てが変わったの?」
エラは思わず彼に問うた。
「貴方はずっと私を疎んじていたわ。そうよね?」
彼はさっと顔を強張らせた。
「…ああ」
「では…どうして、こんな風に、突然…」
彼女は問いかけの途中で、はっと我に返った。
今までのジェームズであったら、意に染まぬ意見を言われたら怒鳴るか、顔を真っ赤にして黙り込むかどちらかだった。しかし目の前の彼は、真摯な光を瞳に灯して、エラを見つめていた。
「君も答えを分かっていて、問いかけているんだろう。俺は君とやり直したい。過去は変えられないが、現在、それから未来は変えられる。それから…」
彼は続きを躊躇って、視線を彼女から少しだけ逸した。
「俺はきっと君が一番望んでいるものを与えることが出来る」
その言葉に動揺して、エラは忙しく瞬きをした。
「どういう…意味?」
「そのうち分かるはずだ。いずれ俺が君にそれを与えることが出来るのを確信している。が、そこまでまだ時間がかかる…その間だけでも少しでもお互い居心地良く過ごせたらいいなと思っているだけだ。俺が望むのはそうやって君と過ごす時間だけだ」
(私が…一番望むもの…?)
「そうやって言って貴方はいつか…ルーリアさんのところに戻るのではなくて?」
思わず、愛人の名前がぽろりと零れた。ジェームズはその名を聞くのも嫌だと言わんばかりに、顔をみるみる不愉快そうに顰めた。
「何を言っても信じられないだろうが…これからの俺は君に貞節を誓う」
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