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エピローグ
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翌朝、朝食の席に2人で現れると、2人の様子から義母は全てを悟り複雑な表情を浮かべた。それはエラがジェームズと共に生きていき、薄暗い秘密を一生共に抱えていくという意思の表明でもあったからだ。
「本当に…良かったのよね?」
お茶の席で、義母は彼女に尋ねたが、エラは何も答えずにただ微笑んだだけだった。
ジェームズ…ラウルは義母に、この屋敷を出て、新しく家をエラと構えることを宣言し、家督は『長男』が嗣ぐべきだという考えの義母を説得して内密にアンドレイ、もしくはアンドレイが将来持つであろう子供に譲ることを了承してもらった。これは昨夜エラと2人で話し合って決めたことだ。
長子であるジェームズが生きているのに弟であるアンドレイが家を嗣ぐのは世間的にどう思われるかは分かってはいるので、いずれ時期がきたら、ジェームズは大病をして夫婦は彼の療養のために地方に移り住むことになるだろう。それはすなわち、シールズ家からも距離をとることを意味している。エラとラウルは2人きりでひっそり生きていく未来を望んだ。
ラウルが外出の用があると部屋を辞した後、義母は紅茶の入ったカップを見下ろしながら微笑む。
「エラが幸せなら…それでいいわ。貴女の恋人はきっと…貴女を最期まで愛してくれるだろうから」
義母はそれ以上何も言わなかった。彼女はラウルの純粋でひたむきな愛情を知っていたので、それをエラが受け入れるのであれば、彼女が幸せになることを疑っていなかった。義母としては、優秀なラウルと目をかけているエラを自分の近くに置いておきたいところではあるが、2人が家を出たいのであればそれを後押ししてやるのが彼女なりの贖罪の示し方であったのである。
「貴女達はお互いがいればそれでいいのね。そんな恋人に出会えた貴女が…羨ましいわ」
ぽつりと呟かれた、孤独にひび割れた彼女の言葉をエラは聞こえないふりをした。
夜、エラは戦場からラウルが彼女に送ってきた一番最初の手紙を久しぶりに開いていた。
____________________
野営をして月を見上げる度に、君や残してきた家族、故郷を思い出す。
君たちから見上げる月も同じ様に見えるのだと思って、心を奮い立たせる。
____________________
彼女は、ラウルの男らしい筆跡をそっと指でなぞった。
この手紙を読み、心が震えて思わず返事を書いてしまった。彼女が受け取った何がしかの思いは…確かにここに込められていた。エラは無意識にその想いを感じ取り、彼女の心は彼に呼応した。ラウルはこの手紙に、エラへの思慕と、残してきた自分の母親への想いを真っ直ぐに書き記していたのだ。
彼女はそっと手紙を置くと、窓辺に寄っていく。
今夜はとても綺麗な満月が出ている。この手紙を書いたときにラウルが見上げていた月も同じくらい綺麗な満月だったのだろうか。それともーーー
「エラ」
ラウルが部屋に戻ってきて、彼女は夫を振り返った。
「手に入れてきたよ、行こうか」
「ーーーええ」
人気のない夜の庭園を、ラウルに手をとられながらエラは歩いていた。初冬の夜は冷え込み、彼女たちの吐く息は白い。
「寒くないか?」
いつものように夫は優しく気遣ってくれる。その気持の裏に一体何があるのか、これからは疑う必要はないのだ。
「ううん、大丈夫」
エラが微笑むと、ラウルがその綺麗な瞳に彼女への愛情を映して頷き、更に庭園の奥に彼女を誘っていく。満月が庭を青白く照らしていて、ただただ幻想的に美しい。
一番奥まった場所に来ると、ラウルとエラはお互いを向き合って見つめ合う。
彼はエラのジェームズとの結婚指輪をしていない左手を握り、彼女の瞳を見つめながら口を開いた。
「エラ、君を妻とし、今日よりいかなる時も共にあることを誓う。俺は、幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死がふたりを分かつまで愛し、慈しみ、貞節を守ることをここに誓います」
彼は自分の着ていたジャケットのポケットから青いビロードの小箱を出すと、そこから銀の指輪を取り出して彼女の左手の薬指に嵌めた。そしてエラに、揃いの指輪を渡す。この銀の指輪は決して高価なものではなく、以前ラウルが日雇いの仕事をして得たお金で、今日買ってきてくれたものだ。
ラウルとエラとして2人きりで秘密の結婚式をあげ、今夜から夫婦として出発することを2人で決めた。
「ラウル、私も貴方と生涯変わることなく共にいることを誓います…」
そうして彼の左手の薬指に指輪を嵌めると、感極まった彼は彼女をぎゅっと抱きしめた。そんな2人の姿を月がいつまでも柔らかく照らし続けていた。
「本当に…良かったのよね?」
お茶の席で、義母は彼女に尋ねたが、エラは何も答えずにただ微笑んだだけだった。
ジェームズ…ラウルは義母に、この屋敷を出て、新しく家をエラと構えることを宣言し、家督は『長男』が嗣ぐべきだという考えの義母を説得して内密にアンドレイ、もしくはアンドレイが将来持つであろう子供に譲ることを了承してもらった。これは昨夜エラと2人で話し合って決めたことだ。
長子であるジェームズが生きているのに弟であるアンドレイが家を嗣ぐのは世間的にどう思われるかは分かってはいるので、いずれ時期がきたら、ジェームズは大病をして夫婦は彼の療養のために地方に移り住むことになるだろう。それはすなわち、シールズ家からも距離をとることを意味している。エラとラウルは2人きりでひっそり生きていく未来を望んだ。
ラウルが外出の用があると部屋を辞した後、義母は紅茶の入ったカップを見下ろしながら微笑む。
「エラが幸せなら…それでいいわ。貴女の恋人はきっと…貴女を最期まで愛してくれるだろうから」
義母はそれ以上何も言わなかった。彼女はラウルの純粋でひたむきな愛情を知っていたので、それをエラが受け入れるのであれば、彼女が幸せになることを疑っていなかった。義母としては、優秀なラウルと目をかけているエラを自分の近くに置いておきたいところではあるが、2人が家を出たいのであればそれを後押ししてやるのが彼女なりの贖罪の示し方であったのである。
「貴女達はお互いがいればそれでいいのね。そんな恋人に出会えた貴女が…羨ましいわ」
ぽつりと呟かれた、孤独にひび割れた彼女の言葉をエラは聞こえないふりをした。
夜、エラは戦場からラウルが彼女に送ってきた一番最初の手紙を久しぶりに開いていた。
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野営をして月を見上げる度に、君や残してきた家族、故郷を思い出す。
君たちから見上げる月も同じ様に見えるのだと思って、心を奮い立たせる。
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彼女は、ラウルの男らしい筆跡をそっと指でなぞった。
この手紙を読み、心が震えて思わず返事を書いてしまった。彼女が受け取った何がしかの思いは…確かにここに込められていた。エラは無意識にその想いを感じ取り、彼女の心は彼に呼応した。ラウルはこの手紙に、エラへの思慕と、残してきた自分の母親への想いを真っ直ぐに書き記していたのだ。
彼女はそっと手紙を置くと、窓辺に寄っていく。
今夜はとても綺麗な満月が出ている。この手紙を書いたときにラウルが見上げていた月も同じくらい綺麗な満月だったのだろうか。それともーーー
「エラ」
ラウルが部屋に戻ってきて、彼女は夫を振り返った。
「手に入れてきたよ、行こうか」
「ーーーええ」
人気のない夜の庭園を、ラウルに手をとられながらエラは歩いていた。初冬の夜は冷え込み、彼女たちの吐く息は白い。
「寒くないか?」
いつものように夫は優しく気遣ってくれる。その気持の裏に一体何があるのか、これからは疑う必要はないのだ。
「ううん、大丈夫」
エラが微笑むと、ラウルがその綺麗な瞳に彼女への愛情を映して頷き、更に庭園の奥に彼女を誘っていく。満月が庭を青白く照らしていて、ただただ幻想的に美しい。
一番奥まった場所に来ると、ラウルとエラはお互いを向き合って見つめ合う。
彼はエラのジェームズとの結婚指輪をしていない左手を握り、彼女の瞳を見つめながら口を開いた。
「エラ、君を妻とし、今日よりいかなる時も共にあることを誓う。俺は、幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死がふたりを分かつまで愛し、慈しみ、貞節を守ることをここに誓います」
彼は自分の着ていたジャケットのポケットから青いビロードの小箱を出すと、そこから銀の指輪を取り出して彼女の左手の薬指に嵌めた。そしてエラに、揃いの指輪を渡す。この銀の指輪は決して高価なものではなく、以前ラウルが日雇いの仕事をして得たお金で、今日買ってきてくれたものだ。
ラウルとエラとして2人きりで秘密の結婚式をあげ、今夜から夫婦として出発することを2人で決めた。
「ラウル、私も貴方と生涯変わることなく共にいることを誓います…」
そうして彼の左手の薬指に指輪を嵌めると、感極まった彼は彼女をぎゅっと抱きしめた。そんな2人の姿を月がいつまでも柔らかく照らし続けていた。
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