181 / 228
第4章 苦海の章
第181話 作手奥平氏の従属と浄珠院での和議
しおりを挟む
一向一揆との和睦を見届けたかのように、永禄七年の三河にも春が到来。そんな最中の二月二十七日。家康は思いがけない人物の訪問を受けていた。
「殿、作手亀山城主の奥平監物丞定能殿がお越しです」
「ほう、奥平の当主殿自ら参ったと申すか。よし、わしもすぐに広間へ向かうゆえ、与七郎は監物丞殿を広間へお通しせよ」
「ははっ!然らば、奥平監物丞殿を広間へ案内しておきまする」
奥平監物丞の来訪を取り次いだ家老・石川与七郎数正が礼儀正しく一礼し、家康のいる書院より退出していく。
家康は来客を意識して袴を正すと、榊原小平太や本多平八郎ら荒小姓を引き連れて広間へと向かう。四年前の桶狭間合戦において家康の与力として働いた監物丞の父・定勝は、家康を若造と見くびっているような態度であったが、はたしてその息子の態度たるやいかに。
そう思って家康が広間へ足を踏み入れると、それに気づくなり奥平監物丞は深々と一礼し、その迷いのなさに驚かされることとなった。
「監物丞殿、面を上げられよ」
「はっ、恐れ入りまする!」
顔を上げた奥平監物丞の顔は少年のように若く見えるが、胸を張り堂々としたさまは家康よりも五年早く生を受けた者といった印象を受けた。
「松平蔵人佐家康殿におかれましては、一向一揆との和睦成就、心よりお祝い申し上げまする」
「これはかたじけない。山家三方衆の一角であらせられる奥平監物丞殿よりそのようなお言葉を頂戴できるとは、感慨無量にござる」
「某など蔵人佐殿より過分なるお言葉を頂戴しようとは思いませなんだ」
互いに口上を述べ、持ち上げていく家康と奥平監物丞による腹の探り合いの中で、少しずつ本題へと寄せられていく。
「さて、監物丞殿。此度の用向きについて、伺ってもよろしゅうござるか」
「はっ。此度、某が岡崎へと参りましたのは、当家は蔵人佐殿へ従属したいと考えてのことにございます」
「なにっ、従属と!?同盟ではなく……?」
「はっ。父は対等な同盟を望んでおりましたが、某や一門重臣は従属一択であると評定にて決し、此度参上したのでございます」
奥平監物丞の父とは奥平定勝のことである。桶狭間合戦後に家督を監物丞へと譲り、齢五十三となった老将は出家し、今では道紋と号している。
その父・道紋としては作手奥平家と松平家、国衆同士の対等な同盟関係の締結を望んでいた。そもそも家康が今川家から離反して以来、一貫して今川家に従属してきた作手奥平家中の人々が松平に与するべきとまで方向転換したこと自体、家康として大きな衝撃を受けたところであった。
「うむ、経緯については理解いたした。されど、父君の申されるように同盟を当家と締結するのではなく、従属を申してきたのには何かわけがござろう。差し障りがなければ、教えてくださらぬか」
「ははっ。元来国衆と申すは自領を守る力のある大名へ従うが慣例。それゆえ、これまで今川家へ従属し、忠義を尽くしてまいりました。されど、昨年末に起こった遠州忩劇で父も含めて家中の見方が一変したのです」
「遠州忩劇を受けて、何について一変したのでござろうか」
「それは無論、援軍にございまする。このまま今川方として蔵人佐殿やそれに味方される国衆らと戦う中で援軍を求めたとして、あのように遠江が荒れていたのでは援軍など到底望めませぬ。それならば、敵に攻められた折に援軍を派遣してくださるであろう松平家に従うべきであろうと」
「それゆえ、当家に従属をと申されてきたわけか。されど、当家は守護でも守護代でもない家格。そのような当家に従属となることにはためらいもござろう」
「尾張の織田家と同盟を結んでおられるのが大きいのです。蔵人佐殿のご嫡男へ織田上総介信長殿の姫君が婚約しておられることは遠く奥三河へも伝わっております。尾張守護を支えてきた織田家と対等な同盟関係を築いておられる蔵人佐殿だからこそ、某も一門重臣も従属すべきであると考えるに至ったのでございます」
実質的な尾張国主である織田信長という男と婚姻同盟を締結する約を交わしている国衆となれば、松平家はただの国衆とは違う。
自分たちがどれほど望んでも手の届かない家格の大名と同盟を結んでいる松平家と対等な同盟などおこがましい。それゆえに従属したいのだ、と奥平監物丞は付け足した。
「何より、この書状が届けられたことも大きゅうございます」
「この書状は――」
奥平監物丞が懐より取り出した一通の書状。その書状を開いてみれば、見覚えのある文字で今川方につくよりも松平方についた方が利があることを説く内容であった。
「この書状は苅谷の――」
「はい。水野下野守信元殿よりいただいた書状にございますれば。某の母は水野右衛門大夫妙茂殿の妹。すなわち、下野守殿とは母を通じての従兄ということになりまする。その縁もあり、父の代より親交がございます」
書状が出された日付から逆算して見れば、水野下野守は家康への援軍を率いて三河へ入っている間のことである。援軍として武で家康を助けながら、智の面でも作手奥平氏の調略まで成功させていたとは、家康としても有り難いことではあった。
「なるほど。伯父上が裏で動いてくだされたわけか。じゃが、監物丞殿」
「はっ、なんでございましょう」
「うむ。監物丞殿は水野右衛門大夫殿の甥であるとなれば、この家康からみれば監物丞殿は従叔父にあたる方じゃ」
「そうなりまするな。蔵人佐殿も某も水野家の血が流れておることになりますれば」
「ならば、我らは親類のようなものじゃ。作手奥平氏が当家に従属することを認めるが、親類じゃと思うて接してくれればよい」
ともに水野家の血を引いている。その一点で通じ合った家康と奥平監物丞の両名は打ち解け、語り合う。
「おお、蔵人佐殿。人質はいかがいたしましょうや。提出せよと仰せならば、すぐにも人質を提出いたしまするが」
「人質については保留としたい。未だ西三河の政情が定まっておりませぬゆえ、鎮定が成せた暁には人質進上をお願いいたしまする」
「承知いたしました。然らば、人質の件は保留といたしましょうぞ」
「うむ。そうじゃ、監物丞殿には美作守の受領名を与えましょうぞ」
「おお、某に受領名をと!然らば、有り難く拝領いたしまする!これよりは奥平美作守定能と改め、一層松平家のために精進して参る所存にございまする!」
家康より受領名を与えられた奥平監物丞は奥平美作守としての一歩を踏み出したのである。作手亀山城の奥平氏が松平宗家に従属するのは、家康の祖父・清康生前の頃以来であるから、実に三十年近い年月が経過していた。
「そうじゃ、設楽郡名倉の奥平喜八郎信光殿からも従属を望む旨の書状を預かっておりまする。未だ、設楽郡では今川方との緊張関係が続いておりますれば、岡崎へ参上することができぬ無礼をお許し願いたいとも言付かっておりまする」
「おお、名倉奥平家の喜八郎殿も当家に従属をとは、当家としても有り難き事。従属の申し出を受け入れたことを示す書状を発給いたしますゆえ、今しばらくお待ちいただけぬか」
「それは無論のこと。それまで城内にて待たせていただけませぬか」
「うむ。然らば、与七郎に案内させますれば、書状を発給する間、長旅の疲れを癒やしていてくだされ」
かくして、家康は作手奥平・名倉奥平両氏からの従属の申し出を受けた家康。山家三方衆の一角である作手奥平氏が松平家に従属したことの影響は大きく、東三河で未だ抵抗を続ける今川方の国衆らの心を揺さぶることになる。
そうして翌二十八日。家康は大久保党が堅守した上和田砦のすぐ北に位置する浄珠院へ入っていた。一向一揆との和睦成立は大久保党の活躍も大きかったが、それに匹敵するほどの影響力を発揮したのは一向一揆勃発まで浄土真宗の信者たちの総代をしていた石川家の人々。
中でも、家康の従兄で家老にあたる石川彦五郎家成の生母、すなわち家康にとっての叔母であり、於大の方の姉妹にあたる妙西尼であった。
こうした領主側と寺院側の間に立ち、様々なことを取り計らってくれる存在が健在であったことは和睦締結に一役も二役も買っていた。
家康と一向宗寺院からの代表者が顔を合わせた緊張感のある空間の中、和睦にまつわる条件について互いに合意したことを示す起請文を記すことになっていたのである。
「松平様、こちら起請文にございます」
「うむ。確かに拝領仕った。某の起請文はこちらになりますれば、どうかお納めいただきたい」
一向宗寺院側からの起請文を家老・石川彦五郎が受け取り、家康が記した起請文を高力与左衛門清長が丁重に渡す。
この瞬間、勃発から四ヵ月、二ヵ月にもわたって戦が継続された三河一向一揆は決着と相成った。何度も条件についてすり合わせを行った条件の過半が要望通り通ったこともあり、寺院側としては戦には勝ちきれなかったものの、満足のいく結果ではあった。
どうして、こうも早くに決着が付いたのか。それは大坂本願寺が一切関与していない蜂起であったことが大きかった。もし関与していたならば、尾張、伊勢、美濃にまで数多の信者を抱える一向一揆との戦いは早期決着はおろか、家康が敗北していた可能性すらある。
何より、実質的な総大将は野寺本證寺の住持・空誓であったが、本来、一向一揆の総大将を務めるべき土呂本宗寺の住持・証専が兼務していた姫路の亀山本徳寺にあり、三河に不在であったことも大きかった。
もし証専がまとめ役であったならば、他の一向宗寺院との伝達が円滑に行われ、こうまで一方的に家康が一向一揆勢を叩きのめすことは難しかったであろうことは、想像に難くない。
つまるところ、責任者不在の中、現地の浄土真宗本願寺派の僧や門徒武士が暴発し、大坂本願寺に無断で家康と利権争いをおっぱじめたような形であった。
「松平様、門徒武士らのこともよろしく取り計らってくださいますよう、平にお願い申し上げまする」
「うむ。和議の条項にもあること。ご案じくださいますな。この家康、約定はしかと守る性分にございますれば。加えて、未だ混乱しておるでしょう、一揆参加者へ赦免を伝える使者として、これにおります家老の石川彦五郎を派遣いたしますので、何卒よろしくお願いいたしまする」
「承知いたしました。ご家老の石川様より赦免を伝えていただければ、皆も安心しましょう」
和睦成立によって浮かれながらも、家康は成すべきことを怠るような真似はしなかった。寺側にも家老の石川彦五郎を派遣する旨を伝え、了承を得るなり、家康の命を受けた石川彦五郎は行動を開始する。
石川彦五郎は家康より預かった軍勢を率いて土呂本宗寺の南西に位置する高須の方面より土呂本宗寺へと向かわせた。
石川彦五郎は石川竜胆の旗を先頭に翻らせ、土呂本宗寺の寺内町へ軍勢とともに踏み込んだ。突然の出来事に、一揆勢は当然のことながら狼狽えた。
「彦五郎殿!これはいかなることに!寺内町へ軍勢を率いて踏み入られるとは……!」
「おお、甚兵衛殿ではござらぬか」
一向一揆方に与していた門徒武士・佐橋甚兵衛吉忠は息子らが敵味方に分かれ、佐橋吉信、佐橋吉実、佐橋吉豊、佐橋吉村の四人が戦死する悲劇を味わっていた。そんな家康に背いた老将に呼び止められ、馬上の石川彦五郎は手綱を引いて足を止めた。
だが、石川彦五郎は佐橋甚兵衛吉忠の前で足を止めると、彼一人に対して話すのではなく、周囲に姿を隠している門徒武士たちに向けて、大声で叫んだのである。
「皆の者!今朝がた、殿は上和田の浄珠院にて寺院側と和議を締結なされた!その際の条項に則り、一揆に加わった者らは赦免!命は無論助けるゆえ、これ以上騒ぎを起こしてはならぬ!」
「彦五郎殿!我らは罪に問われぬと申すか!」
「一揆以前のように帰参することも許すが、皆が皆今まで通りの待遇とは参るまい。されど、命までは取らぬこと、殿は起請文に記しておられることゆえ、その点は案ずることはない」
「おお、それはありがたい!皆、聞いたか!殿は我らの命は取らぬ、帰参も許すとの仰せじゃそうな!かような寛大な処分をいただけたとあっては、一揆など続けても致し方無いわ!やめじゃやめじゃ!」
佐橋甚兵衛吉忠がそう叫ぶと、他の門徒武士たちも抵抗することなく武器を収め、土呂本宗寺での混乱は鎮静化の様相を呈した。
「では、我らは残る三ヶ寺にも参らねばならぬゆえ、これにて失礼いたす!」
石川彦五郎はそう言い残すと馬首を返し、率いてきた軍勢とともに次なる目的地・針崎勝鬘寺へと赴いていくのであった。
「殿、作手亀山城主の奥平監物丞定能殿がお越しです」
「ほう、奥平の当主殿自ら参ったと申すか。よし、わしもすぐに広間へ向かうゆえ、与七郎は監物丞殿を広間へお通しせよ」
「ははっ!然らば、奥平監物丞殿を広間へ案内しておきまする」
奥平監物丞の来訪を取り次いだ家老・石川与七郎数正が礼儀正しく一礼し、家康のいる書院より退出していく。
家康は来客を意識して袴を正すと、榊原小平太や本多平八郎ら荒小姓を引き連れて広間へと向かう。四年前の桶狭間合戦において家康の与力として働いた監物丞の父・定勝は、家康を若造と見くびっているような態度であったが、はたしてその息子の態度たるやいかに。
そう思って家康が広間へ足を踏み入れると、それに気づくなり奥平監物丞は深々と一礼し、その迷いのなさに驚かされることとなった。
「監物丞殿、面を上げられよ」
「はっ、恐れ入りまする!」
顔を上げた奥平監物丞の顔は少年のように若く見えるが、胸を張り堂々としたさまは家康よりも五年早く生を受けた者といった印象を受けた。
「松平蔵人佐家康殿におかれましては、一向一揆との和睦成就、心よりお祝い申し上げまする」
「これはかたじけない。山家三方衆の一角であらせられる奥平監物丞殿よりそのようなお言葉を頂戴できるとは、感慨無量にござる」
「某など蔵人佐殿より過分なるお言葉を頂戴しようとは思いませなんだ」
互いに口上を述べ、持ち上げていく家康と奥平監物丞による腹の探り合いの中で、少しずつ本題へと寄せられていく。
「さて、監物丞殿。此度の用向きについて、伺ってもよろしゅうござるか」
「はっ。此度、某が岡崎へと参りましたのは、当家は蔵人佐殿へ従属したいと考えてのことにございます」
「なにっ、従属と!?同盟ではなく……?」
「はっ。父は対等な同盟を望んでおりましたが、某や一門重臣は従属一択であると評定にて決し、此度参上したのでございます」
奥平監物丞の父とは奥平定勝のことである。桶狭間合戦後に家督を監物丞へと譲り、齢五十三となった老将は出家し、今では道紋と号している。
その父・道紋としては作手奥平家と松平家、国衆同士の対等な同盟関係の締結を望んでいた。そもそも家康が今川家から離反して以来、一貫して今川家に従属してきた作手奥平家中の人々が松平に与するべきとまで方向転換したこと自体、家康として大きな衝撃を受けたところであった。
「うむ、経緯については理解いたした。されど、父君の申されるように同盟を当家と締結するのではなく、従属を申してきたのには何かわけがござろう。差し障りがなければ、教えてくださらぬか」
「ははっ。元来国衆と申すは自領を守る力のある大名へ従うが慣例。それゆえ、これまで今川家へ従属し、忠義を尽くしてまいりました。されど、昨年末に起こった遠州忩劇で父も含めて家中の見方が一変したのです」
「遠州忩劇を受けて、何について一変したのでござろうか」
「それは無論、援軍にございまする。このまま今川方として蔵人佐殿やそれに味方される国衆らと戦う中で援軍を求めたとして、あのように遠江が荒れていたのでは援軍など到底望めませぬ。それならば、敵に攻められた折に援軍を派遣してくださるであろう松平家に従うべきであろうと」
「それゆえ、当家に従属をと申されてきたわけか。されど、当家は守護でも守護代でもない家格。そのような当家に従属となることにはためらいもござろう」
「尾張の織田家と同盟を結んでおられるのが大きいのです。蔵人佐殿のご嫡男へ織田上総介信長殿の姫君が婚約しておられることは遠く奥三河へも伝わっております。尾張守護を支えてきた織田家と対等な同盟関係を築いておられる蔵人佐殿だからこそ、某も一門重臣も従属すべきであると考えるに至ったのでございます」
実質的な尾張国主である織田信長という男と婚姻同盟を締結する約を交わしている国衆となれば、松平家はただの国衆とは違う。
自分たちがどれほど望んでも手の届かない家格の大名と同盟を結んでいる松平家と対等な同盟などおこがましい。それゆえに従属したいのだ、と奥平監物丞は付け足した。
「何より、この書状が届けられたことも大きゅうございます」
「この書状は――」
奥平監物丞が懐より取り出した一通の書状。その書状を開いてみれば、見覚えのある文字で今川方につくよりも松平方についた方が利があることを説く内容であった。
「この書状は苅谷の――」
「はい。水野下野守信元殿よりいただいた書状にございますれば。某の母は水野右衛門大夫妙茂殿の妹。すなわち、下野守殿とは母を通じての従兄ということになりまする。その縁もあり、父の代より親交がございます」
書状が出された日付から逆算して見れば、水野下野守は家康への援軍を率いて三河へ入っている間のことである。援軍として武で家康を助けながら、智の面でも作手奥平氏の調略まで成功させていたとは、家康としても有り難いことではあった。
「なるほど。伯父上が裏で動いてくだされたわけか。じゃが、監物丞殿」
「はっ、なんでございましょう」
「うむ。監物丞殿は水野右衛門大夫殿の甥であるとなれば、この家康からみれば監物丞殿は従叔父にあたる方じゃ」
「そうなりまするな。蔵人佐殿も某も水野家の血が流れておることになりますれば」
「ならば、我らは親類のようなものじゃ。作手奥平氏が当家に従属することを認めるが、親類じゃと思うて接してくれればよい」
ともに水野家の血を引いている。その一点で通じ合った家康と奥平監物丞の両名は打ち解け、語り合う。
「おお、蔵人佐殿。人質はいかがいたしましょうや。提出せよと仰せならば、すぐにも人質を提出いたしまするが」
「人質については保留としたい。未だ西三河の政情が定まっておりませぬゆえ、鎮定が成せた暁には人質進上をお願いいたしまする」
「承知いたしました。然らば、人質の件は保留といたしましょうぞ」
「うむ。そうじゃ、監物丞殿には美作守の受領名を与えましょうぞ」
「おお、某に受領名をと!然らば、有り難く拝領いたしまする!これよりは奥平美作守定能と改め、一層松平家のために精進して参る所存にございまする!」
家康より受領名を与えられた奥平監物丞は奥平美作守としての一歩を踏み出したのである。作手亀山城の奥平氏が松平宗家に従属するのは、家康の祖父・清康生前の頃以来であるから、実に三十年近い年月が経過していた。
「そうじゃ、設楽郡名倉の奥平喜八郎信光殿からも従属を望む旨の書状を預かっておりまする。未だ、設楽郡では今川方との緊張関係が続いておりますれば、岡崎へ参上することができぬ無礼をお許し願いたいとも言付かっておりまする」
「おお、名倉奥平家の喜八郎殿も当家に従属をとは、当家としても有り難き事。従属の申し出を受け入れたことを示す書状を発給いたしますゆえ、今しばらくお待ちいただけぬか」
「それは無論のこと。それまで城内にて待たせていただけませぬか」
「うむ。然らば、与七郎に案内させますれば、書状を発給する間、長旅の疲れを癒やしていてくだされ」
かくして、家康は作手奥平・名倉奥平両氏からの従属の申し出を受けた家康。山家三方衆の一角である作手奥平氏が松平家に従属したことの影響は大きく、東三河で未だ抵抗を続ける今川方の国衆らの心を揺さぶることになる。
そうして翌二十八日。家康は大久保党が堅守した上和田砦のすぐ北に位置する浄珠院へ入っていた。一向一揆との和睦成立は大久保党の活躍も大きかったが、それに匹敵するほどの影響力を発揮したのは一向一揆勃発まで浄土真宗の信者たちの総代をしていた石川家の人々。
中でも、家康の従兄で家老にあたる石川彦五郎家成の生母、すなわち家康にとっての叔母であり、於大の方の姉妹にあたる妙西尼であった。
こうした領主側と寺院側の間に立ち、様々なことを取り計らってくれる存在が健在であったことは和睦締結に一役も二役も買っていた。
家康と一向宗寺院からの代表者が顔を合わせた緊張感のある空間の中、和睦にまつわる条件について互いに合意したことを示す起請文を記すことになっていたのである。
「松平様、こちら起請文にございます」
「うむ。確かに拝領仕った。某の起請文はこちらになりますれば、どうかお納めいただきたい」
一向宗寺院側からの起請文を家老・石川彦五郎が受け取り、家康が記した起請文を高力与左衛門清長が丁重に渡す。
この瞬間、勃発から四ヵ月、二ヵ月にもわたって戦が継続された三河一向一揆は決着と相成った。何度も条件についてすり合わせを行った条件の過半が要望通り通ったこともあり、寺院側としては戦には勝ちきれなかったものの、満足のいく結果ではあった。
どうして、こうも早くに決着が付いたのか。それは大坂本願寺が一切関与していない蜂起であったことが大きかった。もし関与していたならば、尾張、伊勢、美濃にまで数多の信者を抱える一向一揆との戦いは早期決着はおろか、家康が敗北していた可能性すらある。
何より、実質的な総大将は野寺本證寺の住持・空誓であったが、本来、一向一揆の総大将を務めるべき土呂本宗寺の住持・証専が兼務していた姫路の亀山本徳寺にあり、三河に不在であったことも大きかった。
もし証専がまとめ役であったならば、他の一向宗寺院との伝達が円滑に行われ、こうまで一方的に家康が一向一揆勢を叩きのめすことは難しかったであろうことは、想像に難くない。
つまるところ、責任者不在の中、現地の浄土真宗本願寺派の僧や門徒武士が暴発し、大坂本願寺に無断で家康と利権争いをおっぱじめたような形であった。
「松平様、門徒武士らのこともよろしく取り計らってくださいますよう、平にお願い申し上げまする」
「うむ。和議の条項にもあること。ご案じくださいますな。この家康、約定はしかと守る性分にございますれば。加えて、未だ混乱しておるでしょう、一揆参加者へ赦免を伝える使者として、これにおります家老の石川彦五郎を派遣いたしますので、何卒よろしくお願いいたしまする」
「承知いたしました。ご家老の石川様より赦免を伝えていただければ、皆も安心しましょう」
和睦成立によって浮かれながらも、家康は成すべきことを怠るような真似はしなかった。寺側にも家老の石川彦五郎を派遣する旨を伝え、了承を得るなり、家康の命を受けた石川彦五郎は行動を開始する。
石川彦五郎は家康より預かった軍勢を率いて土呂本宗寺の南西に位置する高須の方面より土呂本宗寺へと向かわせた。
石川彦五郎は石川竜胆の旗を先頭に翻らせ、土呂本宗寺の寺内町へ軍勢とともに踏み込んだ。突然の出来事に、一揆勢は当然のことながら狼狽えた。
「彦五郎殿!これはいかなることに!寺内町へ軍勢を率いて踏み入られるとは……!」
「おお、甚兵衛殿ではござらぬか」
一向一揆方に与していた門徒武士・佐橋甚兵衛吉忠は息子らが敵味方に分かれ、佐橋吉信、佐橋吉実、佐橋吉豊、佐橋吉村の四人が戦死する悲劇を味わっていた。そんな家康に背いた老将に呼び止められ、馬上の石川彦五郎は手綱を引いて足を止めた。
だが、石川彦五郎は佐橋甚兵衛吉忠の前で足を止めると、彼一人に対して話すのではなく、周囲に姿を隠している門徒武士たちに向けて、大声で叫んだのである。
「皆の者!今朝がた、殿は上和田の浄珠院にて寺院側と和議を締結なされた!その際の条項に則り、一揆に加わった者らは赦免!命は無論助けるゆえ、これ以上騒ぎを起こしてはならぬ!」
「彦五郎殿!我らは罪に問われぬと申すか!」
「一揆以前のように帰参することも許すが、皆が皆今まで通りの待遇とは参るまい。されど、命までは取らぬこと、殿は起請文に記しておられることゆえ、その点は案ずることはない」
「おお、それはありがたい!皆、聞いたか!殿は我らの命は取らぬ、帰参も許すとの仰せじゃそうな!かような寛大な処分をいただけたとあっては、一揆など続けても致し方無いわ!やめじゃやめじゃ!」
佐橋甚兵衛吉忠がそう叫ぶと、他の門徒武士たちも抵抗することなく武器を収め、土呂本宗寺での混乱は鎮静化の様相を呈した。
「では、我らは残る三ヶ寺にも参らねばならぬゆえ、これにて失礼いたす!」
石川彦五郎はそう言い残すと馬首を返し、率いてきた軍勢とともに次なる目的地・針崎勝鬘寺へと赴いていくのであった。
0
あなたにおすすめの小説
【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助
蔵屋
歴史・時代
わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。
何故、甲斐国なのか?
それは、日本を象徴する富士山があるからだ。
さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。
そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。
なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。
それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。
読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。
【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
また動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
マルチバース豊臣家の人々
かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月
後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。
ーーこんなはずちゃうやろ?
それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。
果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?
そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
【アラウコの叫び 】第2巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
影武者の天下盗り
井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」
百姓の男が“信長”を演じ続けた。
やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。
貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。
戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。
炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。
家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。
偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。
「俺が、信長だ」
虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。
時は戦国。
貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。
そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。
その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。
歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。
(このドラマは史実を基にしたフィクションです)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる