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竜の恩讐編
それぞれの向き合い方 その3
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多珂倉家は二十八家の中でも一際財力を有しているため、構えている邸宅もかなりの広さを誇っていた。
当然、浴場も銭湯や高級ホテルもかくやという大きさであり、獅子の面や裸婦像の水瓶から、常に温水が注がれているという豪奢な造りとなっている。
しかし、それほどの広大さがありながら、いま大浴場に利用しているのはたったの三人だけである。
一人は現多珂倉家当主である多珂倉稔丸。
稔丸は浴槽の端に背中と両肘を預け、ランニングでもしているかのような規則的な呼吸を続けている。
二人目は浴場の床に敷いたタオルに長身を横たえ、息を切らしているエルフの少女、シトローネ。
仰向けに寝たシトローネは、湯当たりでもしたのか、顔を赤くし、持ち上げた右腕で目元を隠すようにしながら息を荒げている。
そして三人目は、
「ま、待って氷乃! これ以上お湯に浸りながらしてたら、ボクもシトローネみたいに湯当たりしちゃうって!」
「え~、これがイイのに。意識がトんじゃう瞬間とイく瞬間が重なった時が」
澄んだ氷のような青みがかった長髪を湯船に浮かべ、稔丸の上で荒い呼吸を繰り返す細身の少女、氷乃だけだった。
特に明確な決まり事があるわけではないが、稔丸の入浴時は二、三人程度しか入らないという制限と、その際、特別な用向きがなければ大浴場には近付かないというのが、稔丸の邸宅内での暗黙の了解となっていた。
今この時においては、シトローネと氷乃の二名が、稔丸の入浴に同伴しているというだけの話である。
「君って雪女の子孫なのに―――うっ―――何でお風呂に入って―――ぐぁ―――したがるかなぁ」
「『雪女』だからって―――あっ―――熱に弱いなんて誰も―――ふぁ―――言ってないし―――それに―――ひぅ―――この方がより熱くなれるでしょ?」
「ぐあ―――あ……」
「ふわ―――あ―――あぁ……」
二人同時に痙攣のように体を震えさせると、
「あふ―――」
脱力した氷乃が後ろ向きに倒れかかった。
「おっと」
湯船に倒れこむところだった氷乃を、稔丸が間一髪、抱きすくめて止めた。
「ほらまた、言わんこっちゃない」
満ち足りた顔で意識を失っている氷乃を見て、稔丸は呆れ気味に息を吐いた。
「氷乃はいつも最後にそうなル。懲りない女ダ」
「のぼせるまで張り合う君も結構なもんだよ、シトローネ」
シトローネは寝ながら稔丸の顔をしばらく睨んだ後、ふいと逆方向に顔を背けてみせた。
ちょうどその時、大浴場と脱衣所を繋ぐ戸が開き、
「稔丸さん、すみません。ちょっと大事なお電話が―――」
コロポックルの少女、雪花がコードレスフォンを持って中に入ってきた。が、
「きゃあああ! ね、 稔丸さん!? 何してるんですかー!」
「え? 何って見ての通り。雪花だって知ってるでしょ?」
「し、知ってますけど、それならそれで最中だって言ってください!」
「え~~、入ってきたのは雪花の方でしょ? そうだ。シトローネも氷乃もダウンしちゃったし、今度は雪花にお願いしちゃおっかな~。ほらほら、早く服脱い―――あでっ!」
雪花は稔丸の頭にコードレスフォンを投げつけると、
「知りません!」
脱衣所の戸を乱暴に閉めて行ってしまった。
「じょ、冗談だったのに~」
「冗談が過ぎると、本当に愛想を尽かされるゾ。『ホトケノカオモサンドマデ』ダ」
氷乃を床に敷いたタオルに寝かせていた稔丸に、シトローネは雪花が投げたコードレスフォンを差し出した。
「もしもし」
電話を替わった稔丸は、受話器を耳に当て、連絡を取ってきた相手を確認した。
『相変わらずお盛んなようだな、多珂倉家の当主殿』
「……もしかして繋鴎さん?」
『ああ、三年ぶりかな、稔丸くん』
電話越しの相手が、播海家の当主、繋鴎だと知った稔丸は、苦々しいとはいかないまでも、少し渋い表情を作った。
「まぁ、そうですね。どうしたんですか? ここ三年ほどは播海家から何もお声がかからなかったから、外交関係で特に問題なかったと思ってたんですけど?」
『ちょっと説得、というか、キャンセル料のことで問題が起こりそうなんで、協力を仰ぎたくってね』
「キャンセル料? いったい何の?」
『『ナラカだ』』
「は?」
繋鴎から聞いた言葉を理解するのに、稔丸は数秒ほど時間を要した。
「『ナラカ』って……あの?」
『そうだ』
「キャンセル料って……あんな物騒な連中に関わったんですか?」
『オレは『繋ぎ』を取っただけさ。ただ、依頼者がちょっと暴走しだしてね。これ以上大事にならないうちに収めたいんだ』
「『ナラカ』に依頼をキャンセルさせたって聞いたことないですよ? そもそもキャンセルさせられるんですか?」
『もし吹っかけられた時のことを頼みたいんだ。金額であろうと物品であろうとな』
「~~~……それって下手したら日本に大きな影響あるってことですよね?」
『そうなる。外交だけでなく内乱クラスのことまで起こるかもしれない』
稔丸はしばらく黙ったままでいたが、繋鴎の口ぶりから只事ではない雰囲気を感じ取り、
「電話だとアレなんで、こっちに来てくれますか? 詳しいこと聞かせてください」
『分かった。恩に着るよ』
それだけ交わすと電話を切った。
「シトローネ、悪いんだけど戦闘能力の高い娘十人くらい見繕っといてくれる?」
「どうするんダ?」
「まだ何とも言えないけど、ヤバいことになりそうなのは間違いないから。雪花にもサポート役の娘たちを揃えといてもらわないとな」
「分かっタ」
シトローネは起き上がって軽く湯をかぶると、足早に浴場を出て行った。
稔丸も氷乃を抱きかかえ、脱衣所に向かおうとしたのだが、
(三年前、か)
腕の中で眠る氷乃の顔を少し見つめ、改めて浴場を後にした。
当然、浴場も銭湯や高級ホテルもかくやという大きさであり、獅子の面や裸婦像の水瓶から、常に温水が注がれているという豪奢な造りとなっている。
しかし、それほどの広大さがありながら、いま大浴場に利用しているのはたったの三人だけである。
一人は現多珂倉家当主である多珂倉稔丸。
稔丸は浴槽の端に背中と両肘を預け、ランニングでもしているかのような規則的な呼吸を続けている。
二人目は浴場の床に敷いたタオルに長身を横たえ、息を切らしているエルフの少女、シトローネ。
仰向けに寝たシトローネは、湯当たりでもしたのか、顔を赤くし、持ち上げた右腕で目元を隠すようにしながら息を荒げている。
そして三人目は、
「ま、待って氷乃! これ以上お湯に浸りながらしてたら、ボクもシトローネみたいに湯当たりしちゃうって!」
「え~、これがイイのに。意識がトんじゃう瞬間とイく瞬間が重なった時が」
澄んだ氷のような青みがかった長髪を湯船に浮かべ、稔丸の上で荒い呼吸を繰り返す細身の少女、氷乃だけだった。
特に明確な決まり事があるわけではないが、稔丸の入浴時は二、三人程度しか入らないという制限と、その際、特別な用向きがなければ大浴場には近付かないというのが、稔丸の邸宅内での暗黙の了解となっていた。
今この時においては、シトローネと氷乃の二名が、稔丸の入浴に同伴しているというだけの話である。
「君って雪女の子孫なのに―――うっ―――何でお風呂に入って―――ぐぁ―――したがるかなぁ」
「『雪女』だからって―――あっ―――熱に弱いなんて誰も―――ふぁ―――言ってないし―――それに―――ひぅ―――この方がより熱くなれるでしょ?」
「ぐあ―――あ……」
「ふわ―――あ―――あぁ……」
二人同時に痙攣のように体を震えさせると、
「あふ―――」
脱力した氷乃が後ろ向きに倒れかかった。
「おっと」
湯船に倒れこむところだった氷乃を、稔丸が間一髪、抱きすくめて止めた。
「ほらまた、言わんこっちゃない」
満ち足りた顔で意識を失っている氷乃を見て、稔丸は呆れ気味に息を吐いた。
「氷乃はいつも最後にそうなル。懲りない女ダ」
「のぼせるまで張り合う君も結構なもんだよ、シトローネ」
シトローネは寝ながら稔丸の顔をしばらく睨んだ後、ふいと逆方向に顔を背けてみせた。
ちょうどその時、大浴場と脱衣所を繋ぐ戸が開き、
「稔丸さん、すみません。ちょっと大事なお電話が―――」
コロポックルの少女、雪花がコードレスフォンを持って中に入ってきた。が、
「きゃあああ! ね、 稔丸さん!? 何してるんですかー!」
「え? 何って見ての通り。雪花だって知ってるでしょ?」
「し、知ってますけど、それならそれで最中だって言ってください!」
「え~~、入ってきたのは雪花の方でしょ? そうだ。シトローネも氷乃もダウンしちゃったし、今度は雪花にお願いしちゃおっかな~。ほらほら、早く服脱い―――あでっ!」
雪花は稔丸の頭にコードレスフォンを投げつけると、
「知りません!」
脱衣所の戸を乱暴に閉めて行ってしまった。
「じょ、冗談だったのに~」
「冗談が過ぎると、本当に愛想を尽かされるゾ。『ホトケノカオモサンドマデ』ダ」
氷乃を床に敷いたタオルに寝かせていた稔丸に、シトローネは雪花が投げたコードレスフォンを差し出した。
「もしもし」
電話を替わった稔丸は、受話器を耳に当て、連絡を取ってきた相手を確認した。
『相変わらずお盛んなようだな、多珂倉家の当主殿』
「……もしかして繋鴎さん?」
『ああ、三年ぶりかな、稔丸くん』
電話越しの相手が、播海家の当主、繋鴎だと知った稔丸は、苦々しいとはいかないまでも、少し渋い表情を作った。
「まぁ、そうですね。どうしたんですか? ここ三年ほどは播海家から何もお声がかからなかったから、外交関係で特に問題なかったと思ってたんですけど?」
『ちょっと説得、というか、キャンセル料のことで問題が起こりそうなんで、協力を仰ぎたくってね』
「キャンセル料? いったい何の?」
『『ナラカだ』』
「は?」
繋鴎から聞いた言葉を理解するのに、稔丸は数秒ほど時間を要した。
「『ナラカ』って……あの?」
『そうだ』
「キャンセル料って……あんな物騒な連中に関わったんですか?」
『オレは『繋ぎ』を取っただけさ。ただ、依頼者がちょっと暴走しだしてね。これ以上大事にならないうちに収めたいんだ』
「『ナラカ』に依頼をキャンセルさせたって聞いたことないですよ? そもそもキャンセルさせられるんですか?」
『もし吹っかけられた時のことを頼みたいんだ。金額であろうと物品であろうとな』
「~~~……それって下手したら日本に大きな影響あるってことですよね?」
『そうなる。外交だけでなく内乱クラスのことまで起こるかもしれない』
稔丸はしばらく黙ったままでいたが、繋鴎の口ぶりから只事ではない雰囲気を感じ取り、
「電話だとアレなんで、こっちに来てくれますか? 詳しいこと聞かせてください」
『分かった。恩に着るよ』
それだけ交わすと電話を切った。
「シトローネ、悪いんだけど戦闘能力の高い娘十人くらい見繕っといてくれる?」
「どうするんダ?」
「まだ何とも言えないけど、ヤバいことになりそうなのは間違いないから。雪花にもサポート役の娘たちを揃えといてもらわないとな」
「分かっタ」
シトローネは起き上がって軽く湯をかぶると、足早に浴場を出て行った。
稔丸も氷乃を抱きかかえ、脱衣所に向かおうとしたのだが、
(三年前、か)
腕の中で眠る氷乃の顔を少し見つめ、改めて浴場を後にした。
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