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エルヴィラの思い
しおりを挟むアッサルム王国の西側にある森の中。
ここは鉱山が近くにあり、その採取に来たことがあった魔女は、この場所までブルクハルトの娘を連れて逃げてきた。知り合いの魔女が以前住んでいた家があったので、そこに暮らすことにしたのだ。
この世界では魔法を使える者はごく僅かで、魔法が使えると分かると王城で召し抱えられる事になる。それは名誉であり、どんなに身分が低くともその地位は一気に駆け上がるのだ。
たとえそれが奴隷であっても関係なく、魔法が使える事が分かると生活は一変する。正に夢のような出来事が起こるのだ。
そんな中、魔女とは薬草や鉱石等を駆使し、回復薬や魔道具を作り出せる人物の事を言い、時には魔法を使える者もいることから大変希少であるとされていた。
ブルクハルトの娘と自分の娘を取り換えた魔女エルヴィラは魔法が使えたが、薬草を煎じたり錬金術を使う時に僅かに使う程の事なので、それを公言する事はしなかった。
だがそれが地下に閉じ込められる原因ともなった。
魔法の使えない魔女であれば王城に差し出さなくとも咎められる事はない。各領主が我がモノとして召し抱えて問題ないのだ。
だが、それでも魔女の存在は希少であり、他の領土の者から狙われる事も少なくない。だから存在を隠し、逃げ出さないように囲うのだ。
しかし、ブルクハルトは魔女がそんなに劣悪な環境で過ごしているとは思ってはいなかった。
国境の警備に出ることの多いブルクハルトは、邸の事を古くから仕える家臣に任せていたのだが、その家臣が魔女の存在を穢らわしく思っていた。
その為地下に閉じ込め、慰み者とされても放っておいたのだ。
そんな事とは露知らず、全てはブルクハルトの指示として受け止めていた魔女エルヴィラは、自分がされた事の復讐の気持ちがおさまらないままだった。
森の中でブルクハルトの娘と共に暮らすことにしたエルヴィラは、復讐の心を忘れたくなかった。娘を交換したくらいで、自分の復讐が終わる事などあり得ない。
愛する人と暮らしていたのは遠い昔の出来事で、引き裂かれ愛する人を目の前で殺され、拐われるようにアメルハウザー邸に連れて来られてからは地獄の日々だった。
何人もの男が乱暴に自分の体を弄ぶように凌辱していった。泣いても喚いても、誰も助けに来てはくれなかった。
自分をそんな目に合わせたブルクハルトを許せなかった。だからその娘に仕返しをしようと考えた。
名前など付けてやるものか。この娘を奴隷のようにこき使ってやればいい。自分がされた事をこの娘も味わえば良いのだ。
そう思って赤子を育てた。
動けるようになり、話せるようになった娘は、愛らしい瞳と声で私を求めてくる。その声を聞くだけで心が揺らぐ。全て許してしまいそうになる。
しかしそれではダメなのだ。復讐すると心に誓ったのだ。だから目を合わせないようにさせる。声を出さないように命じる。
それでも娘はエルヴィラを母と信じ慕ってくる。それに何度も心が折れそうになる。その度に娘を殴り蹴り付けた。
娘は魅了する力でもあるのか、娘の声を聞くと誰もが娘に優しく接しようとする。微笑むと全てを差し出してもいいと思う程に皆が従順になる。
だから一切喋らないように言い付けた。誰とも話さず、誰にも笑顔を見せないように命じた。
そうやって共に暮らして7年。最近は体の調子が思わしくないエルヴィラは、街への買い出しを娘にさせる事にしている。
娘にそうさせてから、買ってくる物は同じ金額であっても質の良い物だったり、量が多かったり、他の物がサービスで付いてあったりしたのだ。話さずとも、その存在だけで皆が懐柔されるかの如く。
この娘はなんなのだろうか。
どんなに虐げても、健気に自分に愛を求めてくる。ひと度街へ行けば、誰もが娘に構いたくなる。手を差しのべようとする。何も話さないように言ってもだ。
どれだけ復讐心を持って接しても、その健気な姿に何度も心が折れそうになる。その度に気持ちを奮い立たせて、エルヴィラは娘を殴り付けるのだ。
それでも娘は泣きもしない。怒りもしない。ただ自分の言い付けどおりに動いて、自分に愛されようとするのみなのだ。だが自分はこの娘を愛してやらない。エルヴィラが愛するのは自分がお腹を痛めて産んだ娘だけなのだ。
そう心に決めて、今娘がどうなっているのかを調べる。
あの日、エルヴィラがアメルハウザー邸から逃げ出した時に来ていた高位の貴族。そう思っていたが、それは実は王族だったのだ。そして、その王族が何をしに来たのかと言うと、あろうことか生まれたばかりの赤子を差し出せと言ってきたのだそうだ。
その事実を知ったエルヴィラは、何が起こっているのかを調べる事にした。
街へ行き調べ、昔の知り合いのつてをたどり、それから王城の噂話にも耳を傾けた。そうして知ったのは、慈愛の女神の生まれ変わりが辺境伯の元に生まれたという事だった。
その娘は程なく王都メイヴァインにある王城へと連れていかれ、幸せに暮らしているのだと言う。
その娘が生まれたからには、この国の繁栄は揺るがないものとなり、安泰するのだそうだ。
それを聞いてエルヴィラは、自分の娘が慈愛の女神の生まれ変わりとして王城へ連れていかれた事を知る。幸せに暮らせているのならそれで良い。自分が産んだ娘がまさか慈愛の女神の生まれ変わりだなんて……
それを知った時は喜びに身悶えた程だった。誇らしくもあり、自分が称えられたようにも感じた。
今自分はこんな生活をしているが、そんな事はどうでも良い。娘さえ幸せであればそれで良い。皆に愛されて称えられて幸せに暮らせているのなら、こんなに嬉しい事はない。
たとえ母と名乗れなくとも、エルヴィラはそんな事は気にならなかったのだ。
ところ変わって、ここはアッサルム王国の王都メイヴァイン。その北西に位置する王城は、大きな城の他に広大な土地を有し、騎士舎や訓練所の他に闘技場や庭園等もあり、その全ては一日で巡る事は出来ない程と言われている。
その一角に、美しい花々に囲まれ凛々しい樹木が更にその周りを囲み、自然の中に佇むように建てられた邸がある。
そこは全てが芸術品と言われる程の物で溢れ、建物自体もそうだが、柱一本、天井一枚にしても、素晴らしい装飾が成されてあった。
そんな邸には多くの使用人が働いており、侍女、執事、侍従、従者、料理人、給仕、護衛、家庭教師、庭師等、様々な職種の使用人達はたった一人の主人を支え守る為だけに存在していた。
「フューリズ様、申し訳ございません! フューリズ様! どうか……どうかお許しください! お願いでございます……っ!」
「私に逆らうつもりなの?」
「いいえ! 決してそのような事は……!」
「あなたは私のドレスにお茶を溢したのよ? それがどれ程の事か分かるのかしら?」
「そう、ですが……っ!」
「もしドレスではなくて私の顔にかかっていたとしたら? 私は大火傷を負っていたのかも知れないのよ? それでも構わないと?」
「い、いえ……!」
「では貴女の腕を切り落とす位、訳ない事よね? 私に危険を与えようとした者には罰が必要でしょ? ねぇ、そうでしょ?」
「ま、待って……」
「お茶も満足に入れられない給仕係の腕等、必要ないわ。ほら、早く切り落としなさい。私の言うことが聞けないの? ローラン?」
そう言われてローランと呼ばれた護衛の男は、ゆっくりと一歩前に出た。
その足元には他の護衛の者達に取り押さえられた給仕係の若い女性がいて、涙を流して恐怖に震えていた。
「フューリズ様、この者はクビに致します。それで問題はないのでは?」
「いやよ。そんな事では気が済まないわ。私は誰なの? 言ってごらんなさい?」
「……偉大なる慈愛の女神様の生まれ変わり……フューリズ・アメルハウザー様でございます」
「私の機嫌を損ねるとどうなるのかしら? 私が幸せを感じないと、この国は繁栄せず衰退していってしまうかも知れないのよ? それでも良いのかしら?」
「…………」
「さぁ、早くしてちょうだい。この者の腕を切り落とすのよ」
「お、お願い致します……っ! フューリズ様! ローラン様っ!!」
護衛達に腕を押さえられ、給仕係の女性は泣き叫び何度も止めて欲しいと乞うたが、その願いは虚しく、フューリズに届く事はなかった。
ローランに一太刀剣を振るわれ、呆気なく右腕は肘から先が体から離れたのだ。
大きな叫び声が轟き、血飛沫が上がる。
「この女の血で更にドレスが汚れちゃったわ。着替えます。このドレスはもう必要ないわ」
「は、い……」
侍女はフューリズの後を追うようについていく。その時、フューリズはまだ7歳だった。それでもこの邸の中での事なら、全ての決定権はフューリズにあった。
ここでは誰もが慈愛の女神の生まれ変わりとされるフューリズに逆らえず、従う他なかったのだ。
そうやって今日もこの邸から叫び声は響いたのだった。
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