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王の資質
しおりを挟む王城にある執務室でフェルディナンは日頃忙しく書類の精査をしている。
そこに扉がノックされて侍従のルドルフがやって来た。
「フェルディナン陛下、ご報告がございます。今よろしいでしょうか」
「うむ。申せ」
「預言者、ナギラス様が見つかりました」
「何?! そうか! で、今どこにいる?!」
「はい、ナギラス様は隣国のシアレパス国におられまして、現在此方に向かっているところでございます」
「そうか。しかし、こんなに所在が分からぬものとはのぅ……探してから6年もかかってしまったではないか……」
「えぇ。じつはナギラス様は隠居されていたようでして、山奥にある村で名を変えひっそり暮らされていたのでございます」
「隠居?! それは何故か?!」
「どうやら家庭を持ち、気が変わったと言うか、落ち着いて暮らしたいと考えられたようですね……」
「そう……なのだな……では何故此方に向かっているのか? 何か思う事でもあるのか?」
「実はナギラス様のご子息のリシャルト様が王都へ行く事をナギラス様に進めたのだとかで……」
「ナギラスの息子がか? どういう事だ?」
「ナギラス様が仰るには、リシャルト様にも不思議な力があるようでして……真実を見極める眼をお持ちなのだとか……」
「それは誠か?!」
「ナギラス様の仰る事によると、でございます。その不思議な力を守る為にも山奥に籠られていたのだと、ナギラス様は言われておいででした。そして預言の力の大半を失ったとも……」
「そうなのか?!」
「奥方様にご子息が宿り、そしてこの世に誕生した時に、ナギラス様の能力はご子息に移ってしまっのではないかと……そのように言われておられました。ですから、隠居なさる事にされたとも言われておりました」
「なんと……そうであったのか……」
「そんな事情があったのですが、今回はそのご子息のリシャルト様の申し出により我が国までご足労頂けるのでございます」
「そうか……して、此方に到着するのはいつ頃になるのか」
「はい、一週間程はかかるかと……」
「一週間……ヴァイスの婚姻の儀が行われる頃になるか……」
「そうなりますが、急いで来られるとの事でした」
「なぜそのように急ぐ?」
「それは分かりかねますが……」
「そうか……いや、それでも良き事だ。やっと慈愛の女神の事を再確認できようぞ」
「はい。慈愛の女神の加護が確かなものであれば、ヴァイス殿下の力は……いえ、我が国の力は絶大なものとなる筈でございます」
「そう、だな……」
「まだルーファス殿下の事を気に病んでいらっしゃるのですか?」
「あれも預言を受けた者であったのでな。王としての才覚は充分だったのだ……」
「えぇ……しかし、それでもルーファス殿下は頑張っておいでです。目も見えず話す事も出来ない状態で、それでも情勢を知り、適切な指示をし、結果を出されておられます」
「我が息子ながらよくやってくれているとは思うのだが、な……」
「はい。本当にそう思います。ルーファス殿下は立派でございます」
「そうだな……」
フェルディナンはルーファスが生まれた時を思い出す。預言者ナギラスが、ルーファスを見てこう告げたのだ。
『この子の選ぶ道により、世界は大きく変化する。間違った道を選ばぬよう、導いてあげなければなりませぬ。赤に導かれ、赤に救われ、赤の真実を知る事となりましょう。どうかその真実を見誤らせぬように』
赤はアッサルム王国を象徴する色。フェルディナンはこの子がこの国の国王となり、より良く導くのだとその時確信し、赤を意味する『ルーファス』と名付けたのだ。
ルーファスは王としての資質を持ち合わせており、聡く勤勉であり、フェルディナンはアッサルム王国の未来が安泰する事を疑わなかった。あの時までは。
なぜそうなったのか、ルーファスは光を失い、発言する事が出来なくなった。
そうなればもう、王にはなれない。王としての責務は果たせない。フェルディナンは悩んだ末に苦渋の決断を下し、王位継承権を弟のヴァイスに移したのだ。
今でもその決断に間違いはないか、これで良かったのかが悩まれるところではあった。しかし慈愛の女神の加護を得る為に早急にヴァイスとフューリズの婚姻を結ばせる必要があった為、次期国王をヴァイスとする事は揺るぎない事となってしまった。
ヴァイスも王としての資質はある。けれど人が好く、疑う事を知らないヴァイスが、他国と渡り合ってゆけるのかどうかが心配でならなかったのだ。
ルーファスはああなっても、初めこそ腐ってはいたが今は前向きに行動しており、それはフェルディナンが目を見張る程となっている。
しかし、それでもあの状態では王に据える事が出来ず、ルーファスにはヴァイスの補佐として支える存在であって欲しいと願うようになっていったのだった。
それはフェルディナンだけでなく、ルーファスも同じように思っていた。
ルーファスはウルスラと会えなくなってから、自分の境遇を悲観するばかりの日々を悔い改めた。皆が心配し、手を差しのべてくれているのに、それを無視して殻に閉じ籠るようになっていた自分を恥じた。
そしてこうなって改めて、人の心理を理解するようになったのだ。
こうなって良かったとは思わない。だけど、こうならなければ気づかなかった事は多かった。これは神が自分に下した宿命なのではないかと思うようにもなってきた。
そう思えるようにまでなれたのは、全てウルスラのお陰だとも思っていた。
次にウルスラに会える時は、恥ずかしい所は見せられない。立派になっていなければならない。その考えから、自分で出来ることを日々増やしていった。
今ルーファスは、王城の何処にでも一人で出歩く事は可能となった。目は見えずとも、歩幅や気配で難なく歩けるようになったのだ。
そして声色一つで、その者がどういう心境でいるのかその言葉に嘘偽りは無いのか等、把握できるようになった。
ウルスラからの贈り物である薬草の花は今もなお咲き続けている。そのお陰か、手の震えはなくなり、少しずつだが発声出来るようになってきている。
しかしまだ言葉になるには程遠く、日々練習を行っているところだった。
それから、僅かにだが光を感じる事も出来るようにもなってきた。それまでただ暗闇だけだったのが、少しだけ明るく見えだしたのだ。それでもまだ暗い灰色の中にいるような状態であり、人やの物の影は黒く濃く見えている程度のものだった。
それでも、何も見えなかった頃よりは比べ物にならない程の事であり、ルーファスはこれも薬草の花のお陰ではないかと思っていた。
手の震えは全く無くなり、食事をする事も文字を書くことも程なく出来るまでに回復していた。
そうなってからも、ルーファスはこの状態になったのはフューリズがした事だとは誰にも伝えなかった。その確信はある。しかし確証はない。だから誰に告げる事もせず、ただフューリズを警戒し、その存在を疑い、そして暴くべく密かに調べていたのだ。
今の王都の状態をヴァイスは特に気にしてはいない。けれど、ルーファスはこの異常さこそがフューリズの異常さなのだと気づいていた。
それこそが王の資質たるものだったのだ。
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