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王都の呪い
しおりを挟むウルスラがフューリズを名乗っている事を知ったオリビアは、この現状に困惑していた。
オリビアもフューリズに恨みがあった。自分をこんな目に合わせたフューリズを憎く思っていた。
それと同じように、ルーファスはフューリズを恨んでいるのではないだろうか。であれば、ウルスラの置かれた状況は、決して良いものではないとオリビアは考えた。
けれどそれをルーファスに伝える事はできない。
フェルディナンからその事を告げられた時、術師に契約の魔法をかけられたのだ。それは契約内容を他言しようとすると、声が出なくなり毒に侵される魔法だった。手記でもそうだ。禁じられている事項を伝えようとした時点で身体を蝕むように毒素がまわるような契約を結ばされたのだ。
それはフューリズを知る者全てが対象となった。
その代わりと言ってはなんだが、給金は高額となった。しかし、だからと言ってその契約を受けた訳ではなかった。王からの直々の命令を受けるのは誉れであったからだ。とは言え、王命を断る事等できないのだが。
しかし全てを知ってオリビアはどうすれば良いのか悩んだ。
今もルーファスはウルスラを探している。そして、ウルスラを特別な感情で想っているのをオリビアは知っている。そのウルスラがここにいるのだ。それを伝えたくて仕方がないのに、伝えることが出来ない現状にもどかしさを感じている。
ウルスラこそが本当の慈愛の女神の生まれ変わりだった。
そう聞いた時の嬉しさは計り知れなかった。そしてフューリズがそうでなかった事に納得しかしなかった。
ルーファスはフューリズをなるべく外に出さないようにと、侍女や執事等、この部屋に関わる者達全てにそう指示を出していた。
扉には強力な結界を張っているが、予め認識させておいた者の出入りは自由に出来るようになっている。
それであるのに、ウルスラは何事もなく部屋から出てくるのには、ウルスラの力の凄さを見せつけられたような気がした。
しかしどうすれば……と、一人考え込んでいるオリビアを、ウルスラはニッコリ笑って見ている。
「ねぇ、一緒にお出かけ、ダメかな?」
「それ、は……」
「えっとね、すぐに戻ってくるつもりなの。様子を見るだけだから、ね?」
「は、い……分かりました……」
ウルスラに微笑んでねだられると、それを拒否する事は誰にも出来ないのではないか。そうオリビアは思った。オリビアが承諾すると、ウルスラは嬉しそうに笑う。
その笑顔に身悶えてしまって、オリビアは暫く動けなくなってしまった程だった。
「一つお願いがございます。お顔をなるべく隠すようにお願い致します。そう指示が出ております」
「顔を? 誰がそう言ったの?」
「フェルディナン陛下でございます」
「そうなんだ……私をフューリズにしたいから、かな……」
「恐らくそうかと……黒髪黒眼はこの国では珍しく、現在ウルスラ様しかその存在は確認できておりません。以前はフューリズ様のみでしたが……」
「あ、うん……そうみたいだね」
「ですから、黒髪黒眼の方がフューリズ様だと認識されている方が多く、そしてそれが慈愛の女神の生まれ変わりだとの噂も広がっております。迂闊に顔をさらけ出されない方がよろしいかと……」
「うん……分かった……」
「それと……申し訳ございませんが、私はウルスラ様をフューリズ様とお呼びしなくてはなりません」
「うん……分かってる……」
「ですが……他に誰もいない時は……ウルスラ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「オリビアっ! 勿論だよ! あのね、この名前ね、ルーが付けてくれたの! 私ね、名前が無かったの! そんな私にルーが付けてくれた名前なの! だから呼ばれなくなるの、凄く嫌だったの!」
「ウルスラ様……そうだったのですね……」
「初めてだったの……初めて人から貰えたのがこの名前だったの……だから凄く大切なの……」
「お名前が無かっただなんて……!」
そう言うとまたオリビアは泣き出した。
いいなぁー、私も泣きたいなぁー。
ウルスラはそう思いながらオリビアを眺めていた。
「も、申し訳ございません……泣いてしまってばかりで……」
「ううん。私の為に泣いてくれてるんだよね? ありがとう。私、泣いちゃダメだから……」
「え? それは何故……」
「あ、ううん、何でもないよ! じゃあ行こう?」
「お待ちください、護衛の者を……」
「大丈夫だよ!」
ウルスラはそう言うと、オリビアの手を握って部屋を出た。所で、部屋の前にいた騎士に止められ、行き先を尋ねられる。王都に行く事を伝えると、
「それはいけません」
と行く手を阻まれてしまう。
「じゃあ、貴方も一緒についてきて?」
とウルスラがニッコリ微笑んで言うと、騎士も同じように微笑んで頷いてくれた。
ここには良い人達ばっかりだなぁって、ウルスラは思った。
葬送の儀の時と同じように、ベールのついた帽子を深々と被り、顔が分からないようにして王城の外へ出る。
王都を歩いてウルスラは驚いた。
前は何も見えなかったけれど、王都にいる人達は殆どが黒い霧が体に纏わりついていたのだ。
それはルーファスと同じような状態に見えたけれど、ルーファスよりも少なく小さくうっすらとしていた。
もしかしてこれもフューリズの仕業なのだろうか?
そう思いながら、顔をあちらこちらへ向けてそこにいる人々を確認していく。
オリビアがどうしたのかと言った表情でウルスラを見る。それは騎士も同じように気になって、ウルスラをじっと見ていた。
するとウルスラは突然、全身目映い光に包まれだした。
何事かと思って見ようとするも、目を開けるのも出来なくなる程の真っ白な光は、ウルスラが発光するように光り輝き、それが一気に弾け飛ぶように空へと放たれていった。
それは光の粒となり、雪のように皆の元へキラキラと降り注いでいく。
まるで葬送の儀の時のような現象が、ここ王都でも起きたのだ。
その光に触れた途端、人々が纏っていた黒い霧は光に吸収されるように一つとなった。光の粒は濁った色となり、それがまた元に戻るように、ウルスラへと帰ってくる。
その濁った光がウルスラの体に入り込んだ途端、またあの時のような、ルーファスの黒い霧を取り込んだ時のような痛みが全身を襲った。
思わずその場で倒れそうになってしまったのを、オリビアと騎士が支えてくれた。
「ウル……フューリズ様、どうされましたか?! 大丈夫でしょうか?!」
「う、ん……大丈夫……」
そうは言っても、ルーファスの時より多くの黒い霧を取り込んでしまったが為に、すぐに回復出来なさそうだった。
光りに触れ、黒い霧が無くなった住人達は、そうなってやっとフューリズの支配から逃れる事が出来たのだ。
しかし、記憶は残っている。
強制的に従ってはいたものの、それは自分の意思に反するものであり、目の前で自分の子供が、妻が、夫が、姉弟が傷付けられても殺されても、抵抗一つ出来ずに見ているしか出来なかったのだ。
その時の感情を今になって吐き出すように、その場にいた者達は泣き、喚き、叫んだ。
そして、そんな事をした張本人だと思われる黒髪の少女が目の前にいるのを見ると、皆がウルスラに詰め寄るように集まってきた。
「お前が! 私の子供を殺したんだね! 返しておくれ! 返せぇぇ!」
「よくも俺の腕を斬り落としてくれたな! これからどうやって生きていきゃいいんだよ!」
「俺は自分の妻を……お前に命令されて殺してしまったんだ……! そんな事したくなかったのに……! いっそ俺を殺してくれりゃ良かったのによぉっ!」
「お母さんはどこにいるの?! なんで殺したの?! 僕のお母さんを返してよーっ!」
至るところから罵声を浴びさせられて、まだ体の痛みも癒えていないウルスラは二人に支えられて、その様子に恐れていた。
何事かと巡回していた兵士達が集まり、その場を何とか鎮めていった。
逃げるようにその場を去るしかなかったウルスラには、憤る人達の傍に亡くなった人達が悲しそうな顔をして寄り添っていたのが見えていた。
何も出来なかった。
未だ天に還ることも出来ず、思いを届ける事も出来ずにさ迷い続ける霊の姿は哀れであり、それはウルスラの胸を締め付けた。
運び込まれるようにして、ウルスラは自室に戻ってきた。
王都があんな事になっていたなんて知らなかった。
自分がした訳ではないけれど、負の感情を向けられる事が辛かった。それ以上に人々の悲しみと霊達の悲痛な叫びが耳にこびりついて離れてくれそうになく、心に酷く突き刺さったままだった。
ウルスラの着替えを済ませ流れ出る汗を拭いながら、オリビアはベッドに横たわるウルスラの看病をする。
「ウルスラ様、大丈夫ですか?! 一体何が起こったんです?!」
「うん……黒い霧がね……王都の人達にもあってね……」
「ではあの場にいた者達は全て呪われていたと言うのですか?!」
「そう、だと思う……」
「ウルスラ様から光が出たのですが……それはもしかして……」
「あの黒いの、取り除こうって思ったらね、なんか光が出ちゃって……」
「黒い霧は見えませんでしたが、綺麗な光の粒が濁っていったのは見えました。それがウルスラ様に帰って行って……! もしかして黒い霧を体に取り込んだのでしょうか?!」
「うん……」
「ウルスラ様は呪いを全て体に取り込んだという事ですか?!」
「ちょっと……多く取り込んじゃったかな……」
「呪いを自身に取り込む等っ! それではウルスラ様はどうなります?!」
「大丈夫だよ……少しずつね、光が身体を巡ってくれてるのが分かるの……少ししたら……良くなる、から……」
「ウルスラ様……! お痛わしい……!」
「少し、休めば……大丈夫……」
そう言って何とか笑おうとするウルスラだけど、それは痛みに耐えているような感じで、見ているだけでオリビアには悲痛な思いがしてならなかった。
これが慈愛の女神の生まれ変わり……
我が身を犠牲にする等、フューリズからは考えられもしなかった。
心配させまいとニッコリ笑うウルスラが、オリビアには愛しく感じてならなかった。
守らなければ……
全てを知る自分がウルスラを守らなければ……
ウルスラの手を両手でしっかり握り締めながら、オリビアはそう決心したのだった。
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