44 / 79
会えた
しおりを挟むルーファスがフューリズと婚姻を結ぶことに承諾した。
王命とは言え、無理にそうさせるのと、自らそう望むのとは訳が違う。だからその事をルーファスから聞けた事がフェルディナンは嬉しかった。
これできっと二人は幸せになれる。自分がしたことに間違いは無かった。そうフェルディナンは思った。
そしてルーファスの申し出により、ウルスラはすぐにルーファスと生活を共にする事となった。
元々のルーファスの部屋にウルスラが住まう事になったのだ。
ルーファスの部屋は広々とした居間があり、寝室、書斎、客間、別室、浴場、収納部屋等があり、そこだけで生活するのに何も不自由しない。
ウルスラの持ち物は殆どない。けれど、着替えや装飾品や小物等、フェルディナンが用意した物は多く、それが持ち込まれると収納部屋はいっぱいになった。それにはウルスラは、自分がした訳ではないのに申し訳なく思ってしまう。
ウルスラの部屋は別室となり、そこにもウルスラ用に真新しい家具が持ち込まれた。そのどれもが美しさを放っていて、曲線を描くように作られたその家具は、職人が時間をかけて丁寧に作り上げた物だと素人目からしても分かる程だった。
あれよこれよと変わっていく自分の環境になす術もなく、ウルスラはただ流れに身を任せるように従っていった。
今までもそうだった。抗おうとしても上手くいった試しがなかった。だからその時々で、自分の出来る事を全力でしてきた。今回もそうだ。
だけど今回は今までと違う。ルーファスの傍にいたいと思った。それが叶ったのだ。
ここに来るまで自分を助けてくれたルーファスを、今度は自分が助けるのだ。そうできる事も嬉しかった。
しかし、喜んでばかりはいられない。あの黒い霧は隙あらばルーファスの身体の中に入り込もうとする。それを何とかしないといけない。
そうは思っても、ウルスラはあれからルーファスと顔を合わす事ができないでいた。
ウルスラの部屋だとあてがわれたこの場所から出る事を、極力禁じられてしまったからだ。
「用がなければ外に出るな。必要な物は侍女に申せ。全て届けさせる」
そう言ったルーファスは、ウルスラの方を見ようともしなかった。それからウルスラは、一日の大半を自室で過ごすことになった。
食事も一人で部屋で摂る。侍女もなるべく近づかないように言われているようで、呼ばなければ部屋に来てくれる事すらない。
まるで囚われの身。籠の中の鳥のような状態。
それでもウルスラは、ルーファスの傍にいられる事がなにより有り難かった。
昼間はルーファスは何処かに行ってる事が多く、部屋にはルーファスの気配は感じられない。けれど、陽が暮れるとルーファスか帰ってきたのが分かる。そう感じられるのが嬉しくて仕方がないのだ。
傍にいるのに会えない。部屋から出てはいけないと言われ、誰と会うのも監視がついてしまう。
ルーファスがここまで警戒する人物。それがフューリズだったのか。そうウルスラは悟った。
ルーファスの言った事を考えると、フューリズがルーファスにあの黒い霧を纏わせた張本人。言わば、呪いをかけたという事だ。それで目も見えず話す事も出来ず……
あの時黒い霧を少し取り除けて、ルーファスは話せるようになった。だからあの黒い霧を全て取り除けばルーファスは元気になれる。だけど自分を拒否するルーファスとどう向き合えば……
部屋での過ごし方は主に読書だ。話し方や立ち居振舞いの講師の教授を受けるのに、別の場所へ赴く事はあっても、それ以外は殆ど読書に時間を費やしている。
読む本が無くなれば図書室へ行き、新たに本を借りてきてまた読書。そうやって足りない知識を吸収していった。
しかし極力外出禁止とは言え、扉が施錠されている訳ではなかった。出入りは問題なくできたのだが、実は強力な結界が張られてあって、ウルスラは部屋から出られない状態にはなっていた。
けれど、ウルスラにはそれは効果がなかった。その結界は簡単に解除でき、出入りに何の支障もなかったのだ。
日中は侍女が待機しているのみで、ルーファスの姿はない。
生活が一変してから部屋に籠るばかりになっていたけれど、ウルスラには気になる事があった。勿論、ルーファスの事も心配だったが、自分がしてきた仕事とスラムの皆の事だ。
「極力外出はしないようにって言われたけど、外に出ても良いよね……だって用があるんだもん」
部屋からそっと出ると、居間には侍女がいた。ウルスラを見ると、どうしたのかと駆け寄ってくる。
「フューリズ様、いかがなさいましたか?!」
「え? えっと、王都に行こうと思って……あ、それと前の職場にも行きたいかな?」
「なりません!」
「どうして?」
「それは……ルーファス殿下から……そう言われております……」
「でもルーは用が無ければって言ってたから、用があれば良いって事でしょ?」
「そう、ですが……」
「あ、じゃあ、一緒に行こう! えっと、貴女の名前は……」
「オリビアでございます。ルーファス殿下につかせて頂いております侍女でございます」
「オリビア……オリビア?!」
「えっ?! はい!」
「わぁ! 会いたかった! 会いたかったの、貴女に!」
「えっ?! な、何ですか?!」
自分を見て嬉しそうにニコニコ笑うフューリズと呼ばれた少女を見て、オリビアは困惑していた。
フェルディナンより、この少女をフューリズと呼ぶように、そしてフューリズとして扱うようにと言われている。
しかし、この少女がフューリズでない事をオリビアは勿論知っている。自分の髪を無くしたフューリズの顔を忘れる筈もない。
だが、フェルディナンよりこの事は絶対にルーファスに言ってはならないと言われている。それはルーファスの為であり、この国の為である、と、そう諭されたのだ。
王から直々に声をかけて頂ける事すら叶わない侍女という身分の自分に、王命だと言われてしまえば逆らう事等できなかった。
そんなフューリズの身代わりの少女が、自分の事を知っているかのように言う。オリビアはこの少女に会ったことがないのに、なぜ自分を知っているのか疑問に思った。
「あの時はありがとう! ルーがね、オリビアが用意してくれたって言ってたの! いつもリュックに色んな食材があって、凄く助かったの!」
「え……な、に……一体……何の事を……」
「あ、服……それもルーに謝りたかったの……取られて売られちゃったから……」
「……! もしかして貴女は?!」
「あ! ……こんな事言っちゃいけなかったかな……私今、フューリズだもんね……」
「ウルスラさんですか?!」
「覚えててくれたの?!」
「あぁ……っ! やっぱり! しかし何故こんな事になってらっしゃるのですか?!」
「えっと……なんか色々あって……」
オリビアは驚いた。まさかこんな事が本当に起こるだなんて信じられなかった。そして、ルーファスが見た夢を、ウルスラも共有している事実に驚きと嬉しさが込み上げてくる。
それからウルスラは、夢を見れなくなった経緯を話した。街に行って捕らえられ、山にある採掘場で働いてた事、そこで事故が起きて逃げ出し、村を転々としながら生きてきた事、その後行商人に拾われて、王城で働く事になった事を掻い摘まんで話して聞かせた。
オリビアは終始涙をボロボロと溢し、嗚咽をあげて泣いていた。それにはウルスラは申し訳ない気持ちになってしまう程だった。
そして、自分がフューリズと名乗る経緯も話して聞かせると、またオリビアは泣き崩れる。本当に涙脆い人なんだなぁ……って、ウルスラはオリビアを暖かく見守るしかできなかった。
「ルーファス殿下は……ずっと今でも……ウルスラさんを気にかけていらっしゃって……就寝前に食事の用意をするのも、リュックに食材を用意するのも、今も変わらずされておいででございます……!」
「そう、なんだ……私の事、覚えててくれたんだね……」
「勿論でございます! あの頃……目が見えなくなり声が出なくなり、手も震えてしまい何をするのも人の手を借りる事しか出来ないご自分に苛立ち、自暴自棄になっておられたルーファス殿下の心の支えは、ウルスラ……様との日々があったからでございます!」
「そんな大袈裟なもんじゃないよ。私こそ、いっぱい助けて貰ったもの。あの夢でルーに会えたからね、一人でいてもね、寂しくなかったの」
「ウルスラ様……」
「ここがね、ルーの部屋だって、すぐに分かったの。何だか懐かしく感じて、それだけでも嬉しかったの」
「そうでしたか……そうでしたか……」
「もう、私の事で泣いちゃダメだよ? ね?」
「ですが……お痛わし過ぎて……」
「私はほら、こうやって元気だよ? それよりね、ルーが心配なの。呪いがかかってるの」
「呪い?! 呪いでございますか?!」
「うん、多分。それがね、目が見えなかったりさせてたんだと思うの。でもね、あれはそのままにしてちゃいけないと思うの」
「それはそう、ですね……ですが……フェルディナン陛下はルーファス殿下がああなってから、何人もの医師に診せ、祈祷師、呪術師にも診て貰い、何とか出来ないかと手を尽くされたのです。ですがそれでも変わる事なく……」
「うん……よくは分からないけど、凄く強力な呪いでね、ルーファスを黒い霧が纏ってるような感じなの……それはフューリズって人がしたとルーファスは思ってて……」
「フューリズ様であれば、そうされるのは納得致します」
「え? そうなの?」
「そういう方なんです。意に沿わない者がいれば罰を与えるのは当然とばかりに……」
そう言うと、オリビアは自分の被っていたウィッグを取り外した。それを見てウルスラは驚愕の表情を見せてしまった。
「そ、れは……」
「私が結い上げた髪型が気に入らない。そう言われて私の髪を焼いたのです。それからは髪は生えなくなりました。少し顔にも火傷の痕が残りましたが、そんな私をルーファス殿下が助けてくださったのです」
「酷、い……」
「そういう方です。私はまだ良い方です。腕や脚を斬り落とされた者、目を潰された者、耳を聞こえなくされた者や声を失った者もいますよ。そのどれも、機嫌を害されただけの理由でございます」
「…………」
それを聞いてウルスラは何も言えなくなった。そこまでする人だったなんて……ルーファスが
「外出するな」
と言うのは、
「これ以上被害を出すな」
そう言ってるんだと分かったのだ。
思わず涙が出そうになるのを何とか堪える。そして、オリビアの火傷の痕が無くなれば良いのに。そうウルスラは思った。
その途端、ウルスラから白い光が表れ、それがゆっくりとオリビアを優しく包んでいった。
突然の事で驚いたオリビアは何も言えずに光に包まれるがままになったが、それは心地よく暖かで、そのままずっと身を委ねていたいと感じられるものだった。
光が無くなってからハッとしたオリビアは、何があったのか、自分に何か起こったのかと辺りをキョロキョロ見渡して、自分の頭や顔を撫でてみた。そこにはケロイド状となっていた火傷痕が無くなっていて、元の綺麗な頭皮へと変わっていたのだ。
「こ、これは……どう、してっ?! ウルスラ様が?!」
「え? あ、うーん……よく分からないけど、治れば良いなって思って……」
「あ、ありがとうございます! 顔にあった火傷の痕も無くなってるようです! 本当にありがとうございます!」
「ううん、そんなの全然……髪も生えたら良いんだけど……」
「そこまでは望みません! これだけでも充分でございます……!」
またオリビアは涙をボロボロ流して嗚咽をもらした。
早く泣き止めば良いのになぁー……
ウルスラはニコニコ笑いながらそう思って、オリビアの背中をナデナデしながら見つめていたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
ここは少女マンガの世界みたいだけど、そんなこと知ったこっちゃない
ゆーぞー
ファンタジー
気がつけば昔読んだ少女マンガの世界だった。マンガの通りなら決して幸せにはなれない。そんなわけにはいかない。自分が幸せになるためにやれることをやっていこう。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
【完結】異世界に召喚されたので、好き勝手に無双しようと思います。〜人や精霊を救う?いいえ、ついでに女神様も助けちゃおうと思います!〜
月城 蓮桜音
ファンタジー
仕事に日々全力を注ぎ、モフモフのぬいぐるみ達に癒されつつ、趣味の読書を生き甲斐にしていたハードワーカーの神木莉央は、過労死寸前に女神に頼まれて異世界へ。魔法のある世界に召喚された莉央は、魔力量の少なさから無能扱いされるが、持ち前のマイペースさと素直さで、王子と王子の幼馴染達に愛され無双して行く物語です。
※この作品は、カクヨムでも掲載しています。
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる