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悲しくて
しおりを挟む慈愛の女神とは、人々を慈しみ、愛し、許し、癒してゆく存在である。
その力を受け継いで生まれてきた者を、同じように慈しみ愛してゆけば、その力は譲渡されると言われている。
「愛してゆけば……」
「そうだ。だから王となるお前との婚姻は必然なのだ。その力を受け継げるのだぞ?」
「待ってください! 受け継いだのであれば、その力はフューリズからは無くなるのですか?!」
「文献にはそうあった。なに、全ての力を奪う必要はない。慈愛の女神の力は膨大だと言う。その一部でも我が物にすれば良いのだ」
「女神の力を……我が力に……」
「慈愛の女神の加護があるという事を広く知らしめてゆけば、無駄に争う事など無くなるのだ。強者として知られれば脅威に晒される事などないだろうぞ」
「力を奪う……」
「ルーファス?」
「成る程、そうであったのですね。承知致しました。必ずその力を受け継いでみせます」
「うむ。頼もしく思うぞ。だがくれぐれもフューリズには優しくするのだぞ? 良いな?」
「ええ。勿論です」
フェルディナンが次期国王となる王太子と慈愛の女神の生まれ変わりを婚姻させるのには意味があった。
その力を手に入れる為に、この婚姻は必要だと考えてのことだったのだ。
これでフューリズの力を削ぐ事ができる。ルーファスはそう考えた。人を操る力。それが無くなれば、王都はまともに機能していく筈だ。
ただ、気になる事はあった。
フューリズと共に過ごすようになって、自分の体調は頗る良くなってきている。少し動くと疲れていたのが無くなり、体力も上がったように感じる。
そして、視力もかなり戻ってきているのだ。
今は色を感じる迄に回復してきている。まだ形はボヤけてハッキリしないが、今まで見えると言ってもモノトーンの世界を生きてきたのみだった。
それが色付いて見えるようになったのだ。その事に喜んだのはルーファスだけではなかった。
オリビアが我が事以上に喜び、泣いていた程だった。
それよりも不思議なのは、フューリズが近くにいるというのに嫌悪感が全くせず、忌々しさを感じない事だった。
しかし、それではいけないとルーファスは思っていた。
絆されてはいけない。こんな体にされた事を忘れて等いない。今まで犠牲になった人達の事、そしてヴァイスを葬った事を思えば、このまま許す等という事にはならない筈だ。
今は大人しくしているが、それはヴァイスの事があったからそうしているのではないか。
だから騙されてはいけない。
フューリズを名乗るウルスラと共に暮らすようになってから、ルーファスはウルスラの部屋に強力な結界を張って外出が出来ないようにした。
しかし、それはいとも簡単に破られてしまった。
高い魔力を持つ王族でさえ破れない結界を、何事もなく簡単に破り、普通に部屋を出入りする。それには力の差を見せつけられたようにも感じてしまった程だった。
しかし、フェルディナンからその大きな力を奪えると聞かされた。
今は大人しくしているが、また何をするのか分からない。これ以上フューリズにこの国を汚されてはいけない。
前にフューリズの部屋に怒鳴り込みに行ってからは会ってもいない。が、毎日報告は受けている。
それはオリビアからと、他に監視させている者からだ。
オリビアからはフューリズは、王都へ観光に行きたがり、それに付き合わされる事が多く、けれどすぐに疲れて帰って来て部屋で休む事が殆どだとの報告が。
そして監視させている者からは、フューリズが王都へ行き何か術を施したのか、辺りが光輝いてから体調を崩すようにして帰っていくとの報告が。そしてフューリズが帰った後は今まで静かだった人々は以前のように活気が戻ったように感じる、と言ってもいた。
オリビアと監視の者の言う事に相違はない。が、オリビアの報告からは足りていないと思われる事もある。
それでもオリビアを信じているルーファスは、報告しないのであればそれは必要ないと思っての事だと思うようにした。
今日も帰り部屋に入ると、体が癒されるような感覚がする。
これはフューリズの力なのか。それとも何かが起こっているのか。
何が起こってそうなっているのかは分からないが、だからこの部屋に帰ってくるのが待ち遠しくなってしまう。疲れがなくなり、嫌な事も全て無くなっていくような感じで、心身共に癒されていくのが分かるのだ。
「おかえりなさいませ、ルーファス殿下。今日はお早いのですね」
「あぁ、オリビア。仕事が早くにおわったのでな。フューリズはどうしている?」
「フューリズ様は……自室で休まれておいでです」
「また体調を崩したか。今日も王都へ行ったのか?」
「はい……」
「行かせてはならぬと申したが?」
「そう、ですが……」
「無理に引き留めるとお前に被害が及ぶ、か……」
「そうかも……知れません……」
「まぁよい。夜にフューリズの部屋に行くと伝えてくれるか」
「え……」
「まだ婚姻を結んではいないが、こうやって共にあるのだ。それは夫婦となるのに承諾していると言う事であろう? 何も問題はない」
「は、い……」
どういう心境の変化なのか。オリビアはルーファスの事が分からなかった。
しかし、夜に部屋を訪れると言うのであれば、まだ王妃ではないが、それをウルスラが拒否する事はできない。
ウルスラにその事を伝えに、オリビアは部屋を訪れる。
ウルスラはベッドでまだクッタリとした状態でいて、だけどオリビアを見ると嬉しそうに微笑んでくれる。そんな余裕はない筈なのに。
あれから何度説得しても、ウルスラは度々王都に赴いた。そして同じようにして浄化し、人々をフューリズから解放していった。
その度に倒れてしまうウルスラが、オリビアは心配でならなかった。
「オリビア……どうしたの……? そんな顔して……」
「まだお辛そうですね……やはり……」
「もうかなり、良くなったよ? どうしたの? ……ルーに、怒られた?」
「いえ! そうではありません! ただ……その……今夜、ルーファス殿下はこの部屋に訪れると……そう申されておいででした」
「え? ルーが……来てくれる、の……?」
「ウルスラ様の体調がすぐれないようでしたら、その旨お伝え致しますが……」
「ううん、大丈夫……だよ」
「ウルスラ様……その……ルーファス殿下がどういうおつもりで来られるのか……ご存知でしょうか?」
「えっと……なんだろう……?」
「それは……夫婦の営みと申しますか……その……」
「え?」
「とにかく、やはりそのお体では無理があります。その……ご用意もしなくてはなりませんし……」
「でも、ルーが来るって言ったんでしょ? ……なら……受け入れなきゃ……何をすれば、良いの?」
本当にどういう事か、ウルスラは分かっているのだろうか……
オリビアはそれが気になったが、ウルスラが受け入れると言っているのを侍女が止める事などできる訳がない。
ウルスラの体調を気遣い、湯浴みをさせ、全身をマッサージしてから香油を塗り、真っ白なレースが綺麗な寝衣に着替えさせた。
常に不安そうにしているオリビアに、ウルスラは微笑んで安心させようとする。
「オリビア、もう体調も良くなったし、大丈夫だよ? だからそんな顔してちゃダメだからね」
「は、い……ですがやはり……その……夫婦としてのあり方と言いますか……ウルスラ様はご存知なのでしょうか……」
「うん。動物とかでもする事だよね? 知ってるよ」
「そうでしたか……ですが……ルーファス殿下はウルスラ様をフューリズ様だと思っていらっしゃって……それでもウルスラ様は構わないのでしょうか……?」
「それがルーにとって必要であるなら……構わないよ」
「ウルスラ様……!」
「ルーになら……良いと思ってたの……だから大丈夫」
「差し出がましい事を申し上げました。申し訳ございません」
「ううん。私を心配してくれての事だよね? ありがとう、オリビア」
ウルスラは既に覚悟をしていたのだ。もしくは、こうなる事を知っていたのか。
オリビアも他の侍女も部屋から出ていき、ウルスラは一人になってベッドに横たわる。まだ体調はすぐれないからこのまま眠ってしまいそうになる。
その時扉がノックされ、ルーファスが入ってきた。
話すことを禁じられているから何も言わずに、ウルスラはベッドに横たわったままでいる。
部屋の灯りが消され、窓から入る月明かりのみが優しくベッドを照らす。
そんな中、ルーファスがゆっくりとベッドに近づいてくるのが分かる。
「フューリズ……私とお前は夫婦となる。これはそういう事だ。婚姻に承諾したと言うのであれば、この事も想定していたであろう?」
「…………」
「だが私はまだお前を許せぬ。愛する事も出来ぬ。それでもお前の力を貰い受けるつもりでいる」
「え……?」
「喋るなと言っておる。声を出す事は許さぬ」
「…………」
「後ろを向け」
言われたとおりにウルスラはうつ伏せになる。ベッドが軋んで、ルーファスがベッドの上にきたのが分かる。けれど、ウルスラは何も言えずにそのままの状態でいた。
「…………っ!!」
探るように下腹部を手が這ってから、それは突然のことだった。ただ強引に、それだけの行為を何も言わずにされたのだ。
下半身に激しい痛みだけが何度も波打つ。
ウルスラはそれを、ただ声を出さないように耐えるしかなかった。
こんな事を望んでいたんじゃない。ただルーファスと穏やかな日々を送ることだけを考えていた。
だけどこれがルーファスにとって必要であるならば、耐えなくちゃいけない事なんだ。
あぁ、だけど……
なんて悲しいんだろう……
なんて虚しいんだろう……
思わず涙が出そうになって、だけどそれを目をギュッと瞑って堪えて、ウルスラはひたすら我慢する。
その時、体の中にあるモノが消えていくような感じがした。
痛みと喪失感で、ウルスラの意識は朦朧とする。何が起こっているのか、もう分からなくなってくる。
そのままウルスラは意識を失うようにして眠ってしまったようだった。
気づくと陽が昇っていて、傍にはオリビアがいて涙を拭っていた。
泣きたいのは私なのになぁ……
そう思いながら、血で汚れたシーツと寝衣を泣きながら取り替えるオリビアを、ウルスラは申し訳なく見るしかできなかったのだった。
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