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2話 望まれない婚約者
しおりを挟むシオンはルストスレーム伯爵家の令嬢である。生まれる前からの契約により婚約者となっていたリュシアンに嫁ぐべく、先程公爵領にあるモリエール邸に着いたばかりだ。
名ばかりの婚約者。領地が遠いわけでもないのに、会う事は今まで一度もなかった。手紙のやり取りも贈り物等も一切なく、本当に婚約しているのか疑われる程だったのだが、ある日突然シオンは両親に追い出されるように公爵家に行くよう命じられ、そして嫁ぐように言い渡されたのだ。
この時、シオンはリュシアンと初めて顔を合わせ、そして目を合わせた。しかし目が合ったリュシアンは眉間にシワを寄せ、シオンを睨み付けるように見詰めてから、ハッとしたように顔を逸らした。
リュシアンの髪は真っ黒に見えるが、光に透けると美しい赤がキラリと髪に輝く。瞳の色も赤く、これはモリエール公爵家特有の色を表している。
モリエール公爵家は騎士として名高い名家であり、その能力は代々受け継がれていく。加えて魔法力にも長けていて、その血を濃く受け継いだ者はより美しい赤い瞳を持つと言われている。
更にとても容姿が美しい。それはモリエール公爵家の者全てがそうで、尊敬され崇められ請われ焦がれ愛される家系であるのだ。
加えてリュシアンは炎を操る能力が凄まじく、戦闘では巧みで美しい炎を生み出し、それを剣に這わせて舞うように優雅に敵を薙ぎ倒すと有名だった。表情を表に出さずに敵を蹂躙していくその様から、人々はリュシアンを戦場に舞い降りた『澆薄《ぎょうはく》の鳳凰』と呼んだ。
炎を操る時、リュシアンの黒髪は鮮やかな炎の色となることからも、畏敬の念を抱きながらも皆が『澆薄の鳳凰』と讃えたのだ。
鳳凰の名が付いたのは不死身とされるからとも言われている。リュシアンは幾度の戦闘であれど、傷一つ負うことはない。病にもかかった事はない。それもあって、不死身の鳳凰のようだと崇められるのだった。
そんな由緒正しきモリエール公爵家、そして英雄として名を馳せているリュシアンとシオンが婚約関係にあったのには理由がある。それは過去にモリエール公爵家をシオンの母親が助けた事があったからだ。
この婚姻は先代公爵の遺言であり、王命のようなものだった。
だからリュシアンはシオンを受け入れるしかなかった。それは本意でないのは明白で、それが先程リュシアンがシオンに告げた言葉に繋がっている。
「承知しました……」
リュシアンに「愛することはない」と告げられたシオンはやはりそうかと、その言葉を受け入れるしかなかった。母によく似た銀の髪に煌めくアメジストのような紫の瞳。顔の作りも美しいと持て囃された母にそっくりなシオンだが、そんな自分の顔をシオンは好きにはなれなかった。
「だが公爵夫人としての対応はさせて頂くつもりだ。部屋は2階に用意してある。私とは別室で場所も少し離れているが……」
顔を見ようとはせずにリュシアンは言うが、それを遮るようにシオンは言葉を発してしまう。
「2階の……公爵閣下の部屋と近いんでしょうか?」
「階は同じだが場所は離れている。何か問題でも?」
「あの、わたくしは他の場所をお願いしとうございます」
「なに?」
不意にリュシアンはまた眉間にシワを寄せ、シオンを見る。その目付きに萎縮しそうになりながらもそれを見せないようにしてシオンは目を合わせずに、しかし言わなければならないと強い意志を固めるように息をゴクリと飲み込む。
「その……出来れば2階ではなく……あ、本邸でなくても良いのです。あちらに見える別邸で構いません、ので……」
「そうか……貴女も私と顔を合わせたくないと言うことか」
「い、いえ、そう言うことではなく……!」
「分かった。好きにするが良い」
そう言い放つとリュシアンは苛立つように踵を返し、シオンの元から去って行った。
去っていくリュシアンのその背中を、シオンは愛しそうにただ見続けるしかできなかった。
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