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3話 別邸へ
しおりを挟むリュシアンを見送った後、使用人達はこちらに見向きもせずに邸内へと戻っていった。唯一セヴランだけがシオン達を伺うようにチラリと何度か見ていたが、それでも諦めるように邸へ入っていった。
シオンはリュシアンの姿が見えなくなるまで見送って、それから大きくため息をつき、ジョエルに向かいなおしてニッコリ微笑んだ。
向かったのは別邸。そこは広々としていたが、誰かが使用しているようには見えなかった。ある程度の大まかな掃除はされているが、細部には目が行き届いていないようだ。
別邸の前にも大きくはないが庭がある。そこにも草花はあったが、雑草があちらこちらに伸びており、キチンと手入れされていないのが見て取れる。
「お嬢様、本当にこちらでいいんですか?」
「ジョエル、充分よ。さぁ、早く荷物を馬車から下ろしましょう」
「しかし、誰もこちらに手伝いにも来ようとしないとは……完全に舐められてますね」
「分かりきっていた事だし、わたくしは気にしないわ。だからそんな怖い顔をしないで、ジョエル」
「……はい」
ニッコリ微笑むと、ジョエルは眉を下げながら困ったように笑い返してくれた。これからもっとジョエルには迷惑をかける事になるだろうと、シオンは申し訳なく思いながら部屋へ向かう。
ジョエルは侍従でありながら、剣術や医術、勉学にも長けていて、一人で何役もこなす優れた人物で、シオンにとってはかけがえのない人だ。そしてルストスレーム家では唯一人のシオンの味方だった。だから侍従と言えども腰にはいつも帯剣していて、一見すれば護衛騎士にも見える。
とは言え格差はあれど、シオンはジョエルを友達のように思っている。
二人で邸を探索するように進んでいくと、1階の奥の方に広々とした部屋があった。そこにはテラスがあり、大きく立派な木があった。そして庭園へと出られるようにもなっていて、陽当りがよくて風通しも良い。ひと目見てシオンはその部屋が気に入った。
「素敵な部屋ね。この部屋を使わせて頂く事にするわ」
「しかしお嬢様、エントランスからこの部屋までは結構距離があります」
「これくらい問題ないわ。それにわたくしはきっと、殆どここから出ない事になるでしょうから」
「お嬢様……」
ルストスレーム家でもシオンはあまり外に出る事はなかった。病弱を理由に社交界デビューもしなかったし、お茶会等には一度も参加したことはない。だから友人も勿論いない。
シオンには悪評があった。
我儘で傲慢。資財をドレスやアクセサリー等の私欲で使い込み、分かりもしない投資にハマって大損し、ルストスレーム伯爵家を没落寸前まで追いやった悪女。加えて男遊びも激しく、毎夜とっかえひっかえ美しい男を自室へ呼び入れ淫らな行為に明け暮れる不貞令嬢とも言われ、シオンはルストスレーム家の疫病神と呼ばれていた。
そんな疫病神を受け入れざる得ないモリエール公爵家に、世間は同情し憐れみ嘆いた。きっと公爵家の使用人達も同じように感じ、シオンを悪女と見ているのだろう。
しかし、実は投資にのめり込んだのは父親だったし、散財し男を自室に連れ込んでいるのはシオンではなく母親だった。
それが露呈すると両親はシオンのした事だと言い、自分達は被害者として振る舞った。
ルストスレーム家が没落しそうなのは両親が仕出かした事なのに、それが全てシオンの仕業であると、社交界に一切出ない令嬢だからこそ普通では考えられないような異常な噂は後を断たず、人々はそれを信じて疑わず、面白ろ可笑しく噂は広がっていくのであった。
ルストスレーム家にいた頃も殆ど外出は出来なかった。それはここでも変わらないだろうと、シオンは既に諦めていた。
「荷物を片付けたら掃除もしなくちゃね。ジョエル、掃除道具を探してきてくれるかしら?」
「……はい」
不服そうな顔をしてジョエルは部屋を出て行った。暫くして掃除道具を持って帰ってきたジョエルと一緒に、シオンも部屋やベランダ等を掃除していくのであった。
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