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80話 聖女の称号
しおりを挟むモリエール公爵家の門外に、一台のくたびれた質素な馬車が置かれてあった。
それを後に、とある貴婦人と思われる人物が一人、門番を捲し立てるように大声を出して怒りを露わにしていた。
「いつまで待たせたら気が済むのよ! わたくしを誰だと思っているの?! 早くモリエール公に……いえ、シオンに! シオンに会わせなさいよ!」
「ですからそれは何度も申し上げておりますように」
「お前じゃ話になんないのよ! ここまで来てやってんのよ! 敬意を払いなさいよ!」
「相変わらずですね」
「モリエール公……っ!」
リュシアンの遅れての登場に、フィグネリアは苛立ちで歯をギリリと鳴らしたが、自分より高位貴族であるリュシアンには、敵意を剥き出しには出来なかった。
とは言え、フィグネリアは自分の欲求に正直だ。隠す事が出来ずに、笑顔を取り繕うが頬は引きつったままだったが、リュシアンの影に隠れるようにして佇んでいるシオンの姿を目にしたフィグネリアは、一瞬何事かと放心状態になった。
そこにいたのは美しい一人の女性。銀の髪はキラキラと光に反射して輝き、それをハーフアップに纏めている。ドレスは今流行りのデザイナーの物で、金を払えば作れると言う代物ではない。公爵家という名誉があるからこそ最新のドレスを着る事ができるのだ。
ネックレスもイヤリングも、希少な宝石で巧みにカットされた巨匠と呼ばれる職人が作り出した一品。
その全てが最上級の物であり、それらを着こなしているシオンはこの世のものとは思えない程に美しかった。
フィグネリアはシオンが一瞬誰だか分からなかった。口をポカンと開け呆然と見続け、その後ようやく気づいたのである。
「シ、シオン……?」
「お母様……」
「ふ、ふん! 少しは見れるようになったじゃない! まぁ、わたくしには負けるでしょうけどね!」
「そうですね」
その答えに苛立ちが更に募ったフィグネリアは、前へズカズカと歩み寄る。
「アンタねぇ! 私がこんな状態なのに、なにそんな格好してんのよ! 少しは申し訳ないとか思えないの?!」
「はい。思えません」
「なっ!」
「お母様の今の状態は自業自得ですから」
「アンタ……っ!」
このやり取りを見て、馬車の中にいたルストスレーム伯爵と弟のアルトゥルが出てきた。
「シオン、久しぶりだね」
「お姉様、お久しぶりです」
「えっと……お父、様? と……」
「もう僕のことも忘れちゃったの? 酷いな」
「こんなに綺麗になって……幸せなんだね。お父さんは嬉しいよ」
「でも、自分だけ幸せでいるなんてズルいなぁ。僕達、今どうなってるか分かる? あの邸を追い出されて、爵位も取りあげられたんだよ? お姉様が公爵様にある事ない事言ったからでしょ? ねぇ、それは違うって、僕達は何も悪い事をしてなかったって、公爵様にお姉様から説明してよ。お願い!」
「そうだぞシオン。自分の罪を親に擦り付けるなんて、そんな悪い子だったのか? シオンは」
「何を言って……」
「お姉様、僕達は許すよ。誰にでも間違う事はあるものね。だからさ。ちゃんと公爵様に間違いだったって言ってくれないかな? お父様の投資失敗はお姉様がやらかした事で、散財も男を呼び付けたのも、全部お姉様のした事だって」
「そうよ! モリエール公! 全部不肖の娘、シオンのした事なんです! それを私達に擦り付けてルストスレーム家を没落させるなんて、酷いと思いませんか?!」
「話にならないな」
「シオンは姑息な娘なんです! モリエール公も騙されているんです!」
「まず言っておくが、ルストスレーム伯爵家が没落したのは、先程シオンが言ったとおり自業自得だ。自分達がしでかした罪を実の娘に擦り付けるなんて、あり得ない事だ」
「だから! 騙されてるって言ってるでしょう?!」
「私や国王が、何の証拠も無しにここまで出来ると思うのか」
「それもきっとシオンが……!」
「どうできるというのだ? 虐げられ続け、食べる物一つ満足に得られずガリガリに痩せて。殆ど邸から出る事も叶わずにジョエルと支え合うように生きてきたシオンに、何が出来たと言うのだ」
「ですからそれは!」
「お前達のやって来た事は、充分過ぎる位に証拠がある。周りの人達を冷遇してきた結果だな。皆が喜んで話して聞かせてくれたぞ」
「そんな訳ありません! シオン、アンタからも何か言いなさいよ!」
「私から言える事は何もありません」
「コイツっ!」
前に出てシオンを掴もうとしたのを、リュシアンが止めに入る。手首をガシッと掴んで、行動を差し止める。
「痛い! 何すんのよ!」
「これで罪が増えたな。公爵夫人に危害を与えようとした罪。前に公爵家の侍女を殴り飛ばした事もそうだ。それから国王を欺いた件。紋章を偽造した事も極刑は免れぬぞ」
「そんなの、ちょっと名前を借りただけじゃない! わたくしは国王陛下に可愛がられているのよ?! こんな事で罰をお与えになられる事はないわ!」
「その過信が身を滅ぼすのだ」
「わたくしは聖女だったのよ! この国唯一の聖女の称号を与えられたたった一人の存在なのよ!」
「貴様は聖女なんかではない!」
「は? 何を言ってるんですか?」
「それについても、すでに証拠が上がっている。孤児だった一人の少女は類稀なる能力を持ち合わせていた。それは他人に自分の魔力と能力を譲渡できるというものだ。人々の傷や病を癒やし、瞬時に願った所へ行ける能力。それを貴様が奪い、我が物とし聖女の名を欲しいままにした!」
「そんな、訳ないじゃない。あれはわたくしの能力なのよ。可笑しな事を仰るのね」
「もちろん証人もいる。それに、いくら大きな魔法を使いもう僅かにしか魔力が無くなったとしても、その属性が変わる事はない。貴様の能力は、小さな火を灯す程のものだろう? 調べればすぐに分かる事だぞ」
「し、調べる必要なんて、ないじゃない! わたくしの貢献があったから、モリエール領は大きな被害を出さずにすんだのよ!」
「それはノアがやった事だ!」
「な、なんで、その名前を……」
「年端も行かぬ幼く無力な少女から魔力を奪い、我が物として名を馳せた。だがモリエール領のルサスク地区を救ったのはノアだ! 疫病が蔓延する街に死を前提に放りだされ! 苦しむ人々をありったけの魔力を使い果し救ったのはノアだ! 貴様ではない!」
「お母様が……聖女じゃ、ない……?」
「フィグネリア……嘘だろう?」
「嘘よ! わたくしがモリエール領を救ったの! わたくしは聖女なの!」
ハァハァと肩を揺らし息をし、フィグネリアは自分こそが聖女だと主張する。
しかしルストスレーム伯爵もアルトゥルも、フィグネリアの顔を驚愕の表情で見つめている。
何かが崩れそうな、そんな状態となった二人なのであった。
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