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79話 戦闘服
しおりを挟むリュシアンの話を一通り聞いたシオンは、言ってる事の難しい部分は理解出来なかったものの、とにかくフィグネリアは悪い事をいっぱいしていて、それをリュシアンが暴いたのだと言う事は理解した。
その後、シオンとリュシアンは共にゆっくりと昼食を摂り、庭園を散歩した。寒くなってきたからと、部屋へ戻ってお茶を飲み、出されたチョコケーキを食べながら話をした。
時折セヴランがやってきてはリュシアンに何か言っているが、それを気にせずに次は執務室へ行った。
リュシアンの普段の仕事場が見たくてシオンが頼んだのだが、机に置かれた書類の多さに驚きながらも、リュシアンが領主として人々の生活を守っている事実を知ったシオンは、尊敬の眼差しでリュシアンを見続けるのだった。
「お願いします! リュシアン様! もう私では限界です!」
「せっかくノアとの時間を楽しんでいるのに、無粋な事をするんじゃない」
「てすが!」
「はぁ……分かった。そろそろ行ってやるか。ノア、部屋で待っていてくれないか? またすぐに行くから」
「リアム、やっとお客様と会う事にしたの?」
「あぁ。このまま放っておいても良かったんだが、何やらうるさくしているらしくてな。少し対応してくるよ」
「私も行く」
「え?」
「それって、フィグネリアお嬢様でしょう?」
「分かっていたのか?」
「分かるよ。リアムは人に理不尽に嫌な対応とかしないもの。よっぽの事じゃないかぎり。ね?」
「まぁ、そうだけど……でも、フィグネリアなんだぞ? 分かっているのか? あのフィグネリアなんだぞ?」
「うん……分かってる。でもね、もう嫌なの。私、逃げてばっかりで、泣いてばっかりで、守られてばっかりだったでしよ。それが自分で嫌だと思ったの」
「そんな事はない! ノアは僕を守ってくれていた!」
「でも! 私のせいでメリエルさんは怪我しちゃったの! 女の子なのに顔にあんな傷をつけられて! 私は何も出来ずに泣いてるだけだったの! それが情けなくて悲しくて、凄く悔しかったの!」
「ノア……だけど、怖いだろう?」
「怖いよ……今も近くにいて騒いでるって聞いただけでも、何かされるんじゃないかって、気が気じゃないもの。でもね、やっぱりこのままじゃいけないって思うの。私、強くなりたいの!」
「……分かった。一緒に行こう。だけど、無理はしないで欲しいんだ。怖くなったらいつでも逃げても良いし、泣いても良い。今度こそ僕はノアを守るから、ノアは思うようにすれば良い」
「うん。ありがとう、リアム」
シオンの力強い言葉に、リュシアンは折れるしかなかった。ノアであった頃から虐げられ続け、その恐怖は尋常ではない事くらい、リュシアンには痛い程分かる。
しかしそのシオンがフィグネリアに、自分に打ち勝とうとしているのだ。それを遮る事なんて出来ないとリュシアンは思ったのだ。
「じゃあ、しっかり用意しておいで。モリエール家のヘアメイク担当をすぐに呼ぶ。ドレスも装飾品も、全て最高の物にしよう」
「え? どうして?」
「女性の戦闘服は煌びやかで美しいドレスだよ。ノアは今も充分綺麗だけど、誰にも負けないくらいに戦闘服で着飾って来るといい。それまでは待たせてやるから」
リュシアンがそう言うなり、すぐにエステ担当、ヘアメイク担当、衣装担当、ネイル担当、アクセサリー担当、トータルコーディネート担当の侍女達がやって来た。
その迅速な対応にシオンは流石に戸惑ったが、あれよあれよと言う間に侍女達はシオンを磨き上げていく。
肌を整える事から始まり、メイク、ヘアセットと同時にネイルを手際よく丁寧に施されていく。その間、アクセサリー担当と衣装担当の侍女達はドレスの微調整とドレスにとシオンに合うアクセサリーの選定をトータルコーディネート担当により指示されつつ作業を進めていっていた。
その一つ一つをメリエルはしっかりと目に焼き付けていく。自分もこの技術を身に着けたいと、時々は質問を交えながらメモを取っていっていた。
シオンはなすがまま、されるがままの状態で、最初は戸惑っていたものの途中からは仕方がないとばかりに侍女達に身を委ねていたのだった。
そうして丁寧に作り込まれたシオンの姿は、誰が見ても何処から見ても、この国一番の高貴な美女となっていたのだ。
リュシアンも着替えを済ませて、再びシオンの元を訪れる。そうして巧みに仕上げられたシオンを見て、一瞬身動きが取れなくなってしまった。
「シオン……綺麗だ……凄く……」
「え? リアム? どうしてシオンって……」
「あ、いや……フィグネリアの前では前世の自分達の名を呼び合わない方が良いと思ってな」
「そっか……そうだよね。分かった。私もリアムの事、リュシアン様って呼ぶね」
ニッコリ笑って言うシオンの姿が眩しく見えて、リュシアンはクラクラして倒れそうになる。誰がノアであったとしても、もしシオンがノアでなかったとしても、きっと自分はシオンを好きになっていた。リュシアンはそう確信していた。
もちろんノアは大切な存在であり、誰よりも守りたい存在であるのは違いない。だけど前世では感じられなかった感情がリュシアンの胸を締め付けていて、自分でもよく分からない想いに翻弄されつつあった。
何も言えずに、ただじっとシオンを見つめるリュシアンを不思議そうに、コテンと首を傾げるシオン。その仕草一つでリュシアンは鼻血が出そうだと自分の顔を覆うのだった。
「リュシアン様! もう本当にこれ以上は! お願い致します! お願い致しますっ!!」
セヴランの悲痛な叫びに、さっきまで夢現のような状態にいたリュシアンが現実に引き戻された。
ハァとひと息吐いてから、リュシアンは手をシオンに差し伸べる。
「さぁ、いこうか。シオン」
リュシアンの微笑みに、シオンも思わずドキッとする。
ゆっくり差し伸べられた手に自分の手を乗せると、リュシアンは更に甘い笑顔を見せてくれる。
シオンはこれからフィグネリアと戦う事なんて、ほんの些細な事で、何ともない事なんじゃないだろうかと心強く感じたのだった。
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