魔王メーカー

壱元

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第四章

第三十五話

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「あの本、難しいもんね」
あの一言。
朝起きて、疲れが取れた脳でよくよく考えてみれば、マギクは本をもう前に読んでいたのだろう。
というより、彼が大の魔導書好きで魔法好きで読書好きであることを考えれば、むしろ手を出して居ない方がおかしかったのかもしれない。
次に読もうと思っていた一冊:ログラマトの『言語史』を抱えてマギクに声を掛けた。
今回はテーマが魔法関係じゃないので断られるかもと思ったが、二つ返事だった。
「前は勝手に読んでしまってすまなかったね。でもそれは興味を惹かれて起こした行動だったから、君からそういう風に誘ってもらえたのは嬉しいな」
マギクは三白眼を細めてにっこり微笑んだ。
 昼頃には準備を整えて町を出発した。
馬車の上で二人並んで一冊の本を広げる。

 本書では、広義の「人類」ーーすなわち人間族、エルフ族、ドワーフ族、ならびに各種亜人系諸民族ーーがこんにちに至るまで、いかなる進化と変容を遂げてきたのかを、その言語的変遷の軌跡を通して明らかにしていく。

「面白そうだね」
「ですね」

 こんにち確認される「人類」諸種は、もとは共通の起源を持つ単一の祖先種に由来すると考えられている。骨格および形質の比較研究に基づけば、その祖先は、群れを形成して生活していた地上棲の小型類人猿に類する存在であり、初源的な音声ーーすなわち鳴き声ーーによって基本的な社会的コミュニケーションを行っていたと推測される。この鳴き声が、集団内の相互作用の複雑化とともに徐々に体系化・意味分化し、やがては我らの言語へと進化していったとする説が有力である。

「へぇー…」
マギクは目を見開き、静かに頷いた。
「知ってましたか?」
「いいや。恥ずかしながら全く」
マギクは教養人だ。
そんな彼でさえ全く知らないなら、やっぱりこの本に書かれているのは貴重なことなのかもしれない。

 言語の分化は、広義の「人類」が各地に拡散し、異なる形質的特徴・文化的背景・生態的適応を獲得し始めた時期とほぼ軌を一にして進行したと考えられる。すなわち、いわゆる「人種」あるいは「民族」としての差異が顕在化する過程において、それぞれの集団に固有の言語体系が独自に形成され、文法構造や音韻体系の相違が累積することにより、相互の可解性を喪失するまでに変容を遂げたのである。言語と方言、さらには同一言語・方言内における個人間の言語的差異を厳密に区別することは、理論的にも実践的にも困難を伴う課題である。これは、「言語的連続体」の存在と、言語変種の境界が本質的に曖昧であることによる。しかしながら、「相互理解可能性」という基準は、これらの区分における一つの実用的指標となりうる。すなわち、互いに近縁関係にあるとされる言語の話者同士が、それぞれ自らの母語のみを用いて意思疎通を試みた際、特段の訓練や知的労力を要することなく、どの程度の意味理解が可能であるかによって、それが独立した言語であるのか、あるいは同一言語の変種(方言)とみなされるべきかが相対的に判断されるのである。

「難しいところはないかい?」
「まだなんとか…」
「なーに読んでるのっ!」
突然私とマギクの間にリレラが入り込んできた。
「言語の本だよ。グレアさんのだけど、一緒に読ませてもらってるんだ」
「面白そうじゃん! あたしも混ぜてよ」
彼女はそう言ってそのまま半ば無理やり私とマギクの間に座り込んだ。
「大丈夫?」
マギクが心配そうに声をかけてくれた。
彼の気遣いにも感謝しつつ、
「全然大丈夫です。一緒に読みましょ、リレラさん」
私は快く答えた。
ログラマトが作り出す長い長い「知の旅」への道連れが一人でも増えるのは喜ばしいことだ。
ただ…一つ心配なことがあった。
 
 30分後、案の定リレラはマギクの膝の上で幸せそうに寝息を立てていた。
「ごめんね。リレラはこんな感じなんだ」
「いえいえ、それにしても本当にお二人は仲がいいんですね」
「まあね。昔からの付き合いだからさ」
そのうち夜になり、一旦読書は折り返しのところで切り上げることにした。
今日は久しぶりの野営だ。
 食後、マギクとリレラは一言断って二人で森の奥の方へと歩いて行った。
「ひっそりしちまって。オレらも話すか」
私もウロやジールバードと楽しく語り合った。

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