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第19章 聖夜の猛攻
眠れぬ夜
しおりを挟む「やっぱり、あの執事が、アンタの恋人なのか?」
真剣な表情で話す冬弥に、結月は息を呑んだ。
思わぬ所で、墓穴を掘ってしまった。一瞬、執事の姿が脳裏に過ぎったか、助けなんて求められるはずもなく……
すると、そんな不安の色を宿した結月を見て、冬弥が、再び語りかけてきた。
「そんな不安そうな顔するなよ。別に怒ってるわけじゃねーし、裏切ったりもしねーよ。でも、協力して欲しいって言うなら、教えてくれたっていいだろ?」
「…………」
さぁ、どうしたものか。
冬弥の言葉に、結月はじっと黙り込んだ。
必死に相手の表情を読み、最適解を導き出そうとするが、やはり執事のように、上手くはいかない。
(どうしよう……)
話すか、話さないか、結月は迷う。
だが、彼が裏切らないと言うのなら、その言葉を信じるべきなのだろう。彼とここで、信頼関係を築くつもりがあるのなら。
「わかりました。お話します。……仰る通り、私の恋人は、執事の五十嵐です」
凛とした態度は崩さず、はっきりとそう告げた。
すると、冬弥は、ピクリと眉を顰めた。
「望月くんじゃなかったのか?」
「え?」
「結婚の約束をした相手、モチヅキって言ってただろ?」
「あぁ、彼は望月くんですよ。五十嵐は、望月という名前を捨ててまで、私のために執事になって戻ってきてくれたんです。きっとこの先、レオ以上に、私のことを愛してくれる人は現れないわ。だから、私は、あの屋敷を出る決心をしたんです。親も何もかも捨てて……そういう冬弥さんは、どうなの?」
「どうって?」
「好きな方は、いらっしゃらないの?」
「いるわけないだろ。ずっと、親の決めた相手と結婚すると思って生きてきたんだ。好きな人どころか、夢も、何もない……アンタがいなくなったあと、俺はどうすればいいんだ」
自分の未来を考える。結月がいなくなって、仮に結婚が破談になったとしても、きっとまた別の令嬢に宛がわれるのだろう。
息子の意志など、一切聞かず、何度も同じことの繰り返し。
「どうするかは、自分で考えてください」
「っ……なんだよ。冷たいヤツだな」
「だって、そうでしょう。他人に意思を委ねたところで、納得のいく結果が得られるとは限りません。生きることは、考えることです。私も、あなたと同じ。記憶をなくした8年間の間、私は、考えることをやめて生きてきました。ただ流されて、言いなりになって、他人の意思を優先させて生きてきた。でも、それは、死んでいるのと同じでした」
「……」
「生きたいなら、ご自分で考えてください。ここにいていいのか? 何をやりたいのか? 考えることを放棄したら、この先も、ずっと死んだままです。今の地獄から逃げたいなら、行動するしかない。檻を壊して出るしかない。箱入り娘は、箱の中なんて望んでなかった。なら、私は好きな人の手を取って、箱からでます。冬弥さんも、嫌なら出ればいいわ。もう私たちは、親の元でしか生きられない子供ではないのですから」
「…………」
結月の言葉は、冬弥の、これまでを思い起こさせた。
確かに、もう8年前とは違う。
子供の頃とは違う。
なら、もうこの家に縋り付く必要はないのかもしれない。
無条件に親を愛していた子供の頃の自分たちは、大人になって現実を知ったのだろう。
愛は与えるだけでは、満たされないのだと。
結局、人は愛されないと、寂しくて死んでしまう生き物なのだと。
愛されたかったから、必死に──愛した。
言うことを聞いて、親の望むいい子を貫いた。
例え、その命令が、人から外れたことだったとしても、親にとって、そうする自分がいい子なら、それが正しいことだと思っていたから。
でも……
「結月」
小さく名前を呼べば、胸の奥に溜まっていた後悔をゆっくりと吐き出した。
「悪かった。あの日、突き落として……パーティでのことも、全部……全部……悪かった……っ」
紡いだ言葉は、胸の奥に広がって、同時に目頭を熱くした。
本当は、ずっと、おかしいと思っていた。
あの日から、ずっと、自分の親は、おかしいんじゃないって……
「許します」
すると、結月が微笑みながらそう言って、冬弥は目を見開く。
「許す……?」
「はい。許します。8年前のことは、故意に行なったわけではないですし、事故のようなものです。それにパーティーの日も、レオのおかげで、私は無事だったわ。だから、レオに感謝してください。それに、私とあなたは、少し似ています。私も、親にとってのいい子を貫いてきました。そのために、切り捨ててしまった友人もいます。でも、もう終わりです。もう、親の言いなりにはならない。だから、私と一緒に悪い子になってくれませんか?」
「悪い子?」
「だって、親を裏切るのは、世間一般的には、悪いことでしょう?」
確かに、そうかもしれない。親を裏切れば、自分たちは、酷い子だと罵られるのだろう。
でも……
「そうだな。でも、それが俺たちにとっての正しい生き方かもしれない」
苦しい場所に居続けても、苦しいだけ。
なら、逃げるべきなのかもしれない。
たとえそれが、親の元でも──
「ここから出たら、何をしますか?」
すると、結月がまた問いかけてきて、冬弥は静かに目を閉じた。
「……そうだな。夢なんて大層なものは思いつかないけど、一つだけ考えていたことがある。今、どこにいるのか、何もわからないけど、俺を捨てた母親に、一言怒鳴りつけてなりたい。なんであの日、俺を置いていったんだって」
あの人は、知らないだろう。
あの日、母親の手紙を見ながら、俺が、どれだけ泣いたかを。
置き去りにされて、どれだけ辛かったかを──…
「そうですね。言ってやればいいと思います。応援します。あなたの未来を。だから、どうか──生きてください。」
「……っ」
生きるのは、難しい。
いつしか人は、流されて、自分をなくして、死んだように生きていく。
この世に、自分が死んでいることにすら気づかない人間は、一体、どのくらいいるのだろう。
心を殺し、周りに同調し、死んだ状態が、当たり前になっている人間が、一体、どのくらいいるのだろう。
でも、やっと気づけた。
このままは、嫌なんだと。
初めて、自分の人生を、生きたいと思った。
「それ……読んでやるよ」
「え?」
少しぶっきらぼうに、そして、恥じらいながら冬弥が指さしたのは、結月が持ってきた少女漫画だった。
すると、結月は、その後、小さく微笑むと、冬弥の前まで歩み寄り、そっと漫画を差し出してきた。
「どうぞ」
そう言って結月が向き合えば、冬弥の視界には、結月の細い手が入りこんだ。
距離が近づいたせいか、ここまま結月の手を掴むのは、容易いことだった。
むしろ、触れてみたいとすら思った。
でも……
(きっと触れたら、結月は悲しむんだろうな)
きっと、あの執事と約束したのだろう。
指一本、触れさせることなく戻ってくると。
なら、ここで触れたら、結月のその気持ちを、踏みにじる事になるのかもしれない。
「あぁ……ありがとう」
そっと手をのばせば、冬弥は結月に触れることなく、漫画だけを手にとった。
その後、静かな室内には、ページをめくる音だけが響いた。
二人、漫画を読みながら、優しい時間が流れていく。
それは、冬弥にとって、久方ぶりに感じた、安らかな時間だった。
まるで地獄のようなこの餅津木家で過ごした、ほんの一時の──幸せな時間だった。
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