私の心臓をつかむあなたの手が冷たくも温かい~収穫祭~

秦江湖

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愛すべき友人・一華

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     千尋が帰った後、日本での活動を本格化するということでスポンサーが開催してくれる個展の打ち合わせをした。

     個展に合わせていくつか作品を作らなくてはいけない。

     遅めの夕食時にルイへ個展開催に向けて忙しくなるとだけ伝えた。


     創作に関して私はルイに意見を求めたことはこれまでに一度もない。

     ルイもそこは心得ていて、個展については何も聞いてこなかった。


    話題は昼間の千尋のことになる。

「あれが千尋さんね。直接話すのは初めてだけど思っていたとおりかな」

「どう思ってた?」

     ルイには私がフランスにいるころから千尋のことを見てもらっていた。


「普通の女。旦那とも仲は良いけど、裏を返せば男に媚びるのが上手いってことでしょう。ご近所付き合いも良好で、近所の主婦友からは慕われているみたいだけど、これも良い人面したいから。つまりどこにでもいる普通の女」


「千尋は男になんて媚びないわ。誰にもね」


「一華がそう言うならそうなんだろうけど、俺にはわからないよ」


     それはそうだろう。

     千尋を理解できるのは私だけだ。

      夕食を終えると「シャワーを浴びてくるから、あなたも片付けが終わったら、シャワーを浴びて、部屋へ来てちょうだい」と、ルイに言った。


     シャワーを浴びると、2階にある寝室へ。

     窓際にあるラタンチェアに座ると中学時代のことを回想した。


     私の本質を理解してくれたのは千尋だけだった。


     初めて千尋と話したとき、私は「人のことがよくわからない」と言った。

     それから数日して、放課後に二人で中庭のベンチに座り話していたときだった。


「この前、一華は「人のことがよくわからない」と言ったじゃない。あれって、わかりすぎて処理できなくなるからじゃない?」


     私は呆気にとられた。

     こんなことを言う人間は私の周りに今までいなかった。


「きっと一華は感情が人より豊かなんだと思う。そして共感力も人より豊か。だから相手に共感して感情まで同調しちゃうのよ。もしくは影響されたり……まるで鏡に映したみたいに。だから壁を作って人とあまり関わらないようにしていた。違う?」


「ど、どうしてそう思ったの?」


「ずっと見ていて思ったの。なんだか意識して人を避けているように見えたから。そこで考えたの。わざわざそうする理由は何か?それに表情が違っていた。あの人たちにいじめられているとき、言葉に対する反応が過剰だった」


「こんなこと言うと変なヤツって思うだろうけど、人の感情が自分の中に入りすぎるっていうか……それでその人の考えていることが自分の考えていることのように感じるの。その考えを想像しちゃうっていうか……、相手の表情や目からも感じて……。染まりすぎると自分が誰かもわからなくなるの」


    私の話を千尋は黙って聞いていた。ただ私を見つめながら。


     千尋の眼は優しく見守るように私を見ている。そこからは私を蔑んだりするようなものは感じない。なにも感じない。

     今までの私は人と話していると余計な情報が気になって疲れてしまっていた。

      この人の今の口調は、笑みの意味は?表情に浮かんだ険しい色は?

     そんな感じで会話にも満足に集中できない。
でも今は違った。


     私はいつの間にか、千尋の目を見て話すようになっていた。

     そして気がつくと今までの癖で目をそらしてしまう。

     初めて自分に染みついている卑屈な習慣がたまらなく嫌になった。


    一通り話すと千尋が口を開いた。


「あなたを攻撃する人が抱く浅ましい、汚い感情がまるで自分が抱いているような気になる。壁を作っても容易く侵入してくる。だったら孤立している方が楽だと考えている」

「そう。そうなの」


「あなたの持っている強い共感力は、同時に強い想像力でもあるの。自分で上手くコントロールできればとても良い方へあなたを歩ませてくれる」

「そうなのかな?」


    私にはとてもそんなプラスになるようなものには思えなかった。


「ずっと嫌な思いをしてきたから自分まで否定してしまっている。臆病で卑屈でいることに慣れてしまっている」


    千尋の言うことは当たっていた。

    私にとっては「臆病で卑屈な自分」も嫌でたまらないものだった。

     だから魔法をかけて、精神世界では圧倒的な強者でいようとした。


「でもあなた……一華は一歩を踏み出す勇気を持っている。今まではそのきっかけがなかったのよ。現状に満足しない自分がいる。自分の中にいる「強い自分」を見つめて。そして想像してみるの。強い自分を。あなたの鏡に映すのは強い最高の自分。だって鏡は自分を見るものだもの。他人の感情を映すものじゃない。強い自分をリアルに想像してみて……一歩を踏み出すの。踏み出したらあとは簡単。進むだけなんだから」


     千尋は笑って言った。

     不思議だった。千尋との会話には今まで感じた会話の集中を妨げるものを何も感じない。それが心地好く感じた。


「私にできるのかな……」

「できるよ。私が一緒に歩いてあげるから」


    この一言が、私の歩く道を指示した光だった。

「私、やってみる」

「手をつないで歩く?」

    千尋がスッとベンチから立って手を指し伸ばした。

     私はその手を握って立ち上がった。

     あの瞬間のことは今でも鮮明に覚えている。
自分のいる地獄から光への道を踏み出した瞬間だから。


     二人手をつないで歩きだした。

     下校中の生徒が私たちを見る。


「み、みんな見てるよ。大丈夫?」

     私はなんだか恥ずかしくなった。同時に千尋に迷惑なんじゃないかと思ってしまった。

「私は大丈夫。一華は?」

     さっき言われたばかりだ。私はもう卑屈になっていた。

「私も大丈夫」

    自分を奮い立たせた。


「芸能人とかみんなに注目されるじゃない?私たちもアイドルとかになったと思えばいいのよ。ほら、あの子たちも見てる」

    千尋が悪戯をする子供の様な笑顔を見せた。

「お腹すいた。コンビによって帰ろう」


     そう言うと千尋は私の手を引っ張った。

     私に他の魔法は必要なくなった。

     ただ一つを除いては。




    思考を現在に戻す。

     あのときのことは美化もされなければ劣化もせずに、私の記憶に刻まれているリアルだ。

     窓の外に浮かぶ月を眺める。

     あの月の様に私の中にあるものも変わらない。



     しばらくするとシャワーを浴び終えたルイが部屋に来た。

     月明かりに照らされる私の裸身を見る彼の息遣いが伝わる。


     ルイはガウンを脱ぐと私の前にひざまづいた。

     私が組んでいた脚を開くと、股間に顔を埋める。


     時間をかけた愛撫で仕上がった私は、ルイをベッドに腰掛けさせると、またがって唇を重ねた。

     そのまま押し倒し、嬲るように愛撫してから、ルイの性器を自ら入れた。

     理性をかなぐりすて獣のような本能に身を委ねる。


     汗ばみ、髪を振り乱し、叫び、何度も絶頂を迎える。



     千尋の夫という男を見た。

     千尋はあの男とどのように交わるのだろう?

     体制を変えて私を責めるルイが千尋の夫に見えて、私と千尋を重ねたときに激しい絶頂を迎えた。


     私の中でルイが脈打つのを感じながら、全身の力が抜けて意識が遠くなった。



     目を覚まし時計を見ると、あれから小一時間ほど寝ていたようだ。

   ルイの姿はない。

    今日のことを書き留めないと。


     朦朧とする頭を振り、ベッドから降りた。

     そのまま廊下に出るとつきあたりにある部屋に入る。


     ここは千尋と私の部屋。

     壁一面に千尋の写真が貼ってある薄暗い部屋。

     千尋の写真に混ざって無価値な同級生の写真もある。

     何人か同級生の写真の目を潰した。


    テーブルに置いてある分厚いノートをめくり、まっさらなページに千尋が私の家に来たことを記憶を総動員して事細かく書いた。


     千尋の髪の毛、肌の色艶、瞳の色、柔らかそうな唇、しなやかな四肢。

     一心不乱に書き続けていると下腹部が熱を帯びてきて、顔が紅潮するのを感じる。


     書き終わると千尋の写真、再会した日に私と千尋、千尋の夫が上手く撮られている写真をノートに貼り付けていく。

     嗚咽するような声が口から洩れた。


「千尋……千尋」

    ダメだ。

     この部屋にいるとゾクゾクしてどうにもならない。

     嫉妬でおかしくなりそうな自分を指で慰めながら唸るような声を上げた。



    ああ……千尋。

     絶対に許せない。

     愛している。

     あなたの中は私だけ。

     私の中はあなただけ。

     私はあなたで、あなたは私。

     私の脳と心臓はあなたへの想いで焼かれている。

    あなたの心臓と脳も私への想いで焼かれるがいい。

     燃える心臓を互いに食べて、二人は一つになる。
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